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9月20日-1 東京ばな奈

〈第2章 開幕〉



『一週間後より三日間、アンドロイドをこちらに預けろ』。

チームリーダーの命令。


三日預けるなんて、天地がひっくり返っても不可能だ。

その危険性は毎週日曜日に証明されている。

私が彼女に触れ合えない一日、彼女は当然メンテナンスを施されない。

月曜日の朝、私は急いでメンテナンスを行うのだが、それでもパンク寸前のデータが溜まっているのだ。

たった一日目を離しただけでこれだというのに……。

コードを自分で制御する術を、彼女はまだ持っていない。

最短でも二カ月といったが、実際にはもっとずっと時間がかかる。

コードがあふれてパンクすれば、ブレインサーバーにどんな影響が出るかわからない。



彼女の運命を決める権限など、平研究員にすぎない私にあるわけがない。

どんな不合理な決定にもしたがうことが私に課せられた義務だ。

追い詰められた私の脳は、目の前に立ち塞がる壁のおおきさに絶望し沈黙する。

手段は、誰かに頼ることただひとつのみ。

なんて情けない。

なんて非力。



それ以前に、頼れる人間と呼べる者がはたして、この研究所にいるだろうか。

元同級生のルエ。

唯一の女性仲間のレミ。

どちらも信用できるといえばそうだが、あくまで相対評価だ。

アンドロイドの命が危ないからといって、どこまで協力してくれるかわからない。

肝心のところで信用できなければ無意味なのだ。

ならば、いままでの人生で最も信頼できる人。

友達も身寄りもいない私が、頼れると思う人間……。


ふと、ひとりの顔が思い浮かぶ。

……いや。

これは、どうにかして思いつかなかったことにしたい。

わざわざ遠出してまで悪態づかれにいかなきゃならないのか。そんな殺生な話があるか。

悲しいことに、いまの私に選ぶ余地などないのだが。

いくらか逡巡した後、ベッドから引き剥がすように身体を起こした。





曇り空に覆われた20日の朝、始発電車に乗り込む。

せっかく地元に帰るというのに、5時には業務があるため用事を済ませたらとんぼ返りをしなければいけない。

お金も時間ももったいない。

それでも、リミットは刻々と迫っている。

早急に対処法を見つける必要がある。

なにより、一分一秒を惜しんで方法を探していないと、心がまったく安まらないのだ。

昨晩は頭痛でほとんど眠れなかった。




イツキに命令を下されしばらく部屋のベッドに沈んだ後、私は彼の研究室へ突入し異議申し立てを行った。

上司にたてつくのは生来悪ガキである新妻カレンの十八番だ。

当然、申し立ては却下された。

理由ももちろん説明されなかった。

「君はなんのためにこの研究所に来た。メンテナンス作業をするためだ。実験の進行を邪魔するためではないはずだ」

機械アナウンスのトーンで、まったく取り合わない。

壁を相手に話をしているようだった。

部屋を出る際、振り向きざまにこう吐き捨てた。


「地獄に落ちろ」


罵倒なんて手段が彼にまったく無効であること、そして天国や地獄など彼はとうてい信じていないだろうという判断のもと、相手の怒りを不必要に買わない形で攻撃させてもらった。

私がすっきりするためだけの、計算され尽くした一撃。

日頃の鬱憤もすこしだけ晴らさせてもらった。



いまから会う人は、頑固具合でいえば彼と同じかそれ以上だ。

しかしそれでも、私を助けてくれる可能性は想定する人物の中でもっとも高い。

おみやげの東京ばな奈も買ってきた。

なにがなんでも、交通費とおみやげ代分のの収穫は得なければならない。



車窓の外を見ると、周囲を山に囲まれた田園風景が広がっている。

生まれ故郷の景色。今回は立ち寄らずに素通り。会うべき人はもうすこし先にいる。

ぼんやりと昔のことを懐かしんでいると、ふと、クレアのことが思い浮かんだ。

あの子が外に出られる日が来たとして、遠出はできるのだろうか。

来年には学校に通うという計画をするほどだから、いつかはきっと外を歩ける。

しかし、どのくらい遠くへ行けるかわからない。



いつか教えてあげたい。

私の育った街には、建物も娯楽もなにもない。

そのかわり、星がすごくきれいなんだよ。





出発地のビル街から一転、田畑広がる風景からまた一転、まったく離れたところにあるビル街に到着した。

ひときわ目立つ黄褐色の高層ビルに入る。

懐かしき我が母校。



「平日の昼間だというのにこんなところへ来るなんて、学生時代から変わらず暇人だな」

五年ぶりの再会だというのに、川澄まどこはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「突然邪魔してごめん。緊急で頼みたいことがあるの」

学生時代に所属していた研究室の担当教員だった川澄まどこの連絡先を、私は知らなかった。

そのため、アポも取らず、一か八かで彼女の研究室を訪ねてきた。

捜しまわる手間もなく出会えたのは非常に運がいい。

「奇遇だな。私もあんたに頼みごとがあるよ。すぐに帰ってくれ。見りゃわかるだろ、この忙殺」

山積みの資料と、話しながらも止まらないタイピング。

そして、蛇さえ怯ますあいかわらずの眼力。

元担当学生を脅してどうする。

「先生にしか頼めないことなの。それもいますぐに」

「先生を便利屋扱いか。暇人ながら偉くなったもんだな」

キーボードを打つ手を止め、めがねをくいと上げた。

「シンポジウムでの発表が一週間後に控えてるんだ。だがご存じの通り、一ヶ月前はポケモンの発売日だった。一ヶ月かけて準備しなきゃいけないものをすべてポケモンに費やしたため、今日から発表の準備してるんだ」

「自業自得じゃねぇか!」

「とにかく、どんな用事だろうがどんな理由があろうが手伝わない。手伝ってちゃ私の方がヤバいんだ」

拒否されることは予想していた。

だから、作戦がある。

「……そういえば、おみやげがあるんだけど」

私は手に持っていた袋をつきだした。「東京ばな奈」

彼女は受け取り、袋の中身を確認すると、イスの背もたれに深く腰掛けた。

「用件はなんだ」

乱暴に箱を開け、早速一口ほおばった。


ちなみにお菓子による買収は、学生時代から数えて10回目。


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