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9月19日 クレアです

一週間かけて、この前買った三冊の小説を読破した。

もとより小説を読むのは遅い。

そのうえ三冊とも英語で書かれているから、辞書を片手に読まなければならず時間がかかった。

しかし、どの作品も買ってよかったと思えるもので、労が報われた気分だ。



素直じゃないというか、意地っ張りというのか、いままで集めていたものから一変、アンドロイドが登場しない作品だけを選んで買った。

同じSF小説ではあるが、スペースオペラやスチームパンクものにした。

いままでアンドロイドという存在に無意識ながら執着してきた自分がすこし恥ずかしくなったのだ。

ジャンルの偏りにいちゃもんをいう人なんかいないだろうが、いるとしたら自分だ。



どの小説にも、「星」の話が出てきた。

どの小説の人物も、星に神話を見出し、星を頼りに海を渡り、星に願いをこめていた。

実のところ私は、星についてほとんど興味がない。

植物にも興味がないことを考えると、自然について関心がないのかもしれない。

すこし偏屈な嗜好かもしれないが、星に興味がないといいながら、宇宙論はずっと好きだ。

簡単に説明すると、宇宙がどのようにはじまりどのように終わるかについては気になるが、夏の大三角はどれとどれとどれなんて話になると途端にどうでもよくなるのだ。

名前なんてどうでもいいから、その仕組みに目を向けたいと。

……これはべつに伝わらなくてもいい。

要は、小説を読んでいるうちに、「星の名前」について生まれてはじめて真剣に向き合ったのだ。

人類は、星に名前をつけることで自分たちを位置づけた。

名前がなければ、星は星でしかない。

星に意味を与え指針とするのは、疑いようもなく名前だ。

人類とともに歴史を刻み、移り変わりを見守ってきた星と、その「名前」について、はじめて向き合ったのだ。




「ねぇ」

カプセルの中で横になるアンドロイドに呼びかけた。

「なんでしょう」

「星って見たことある?」

しばらく考え、彼女は答えた。

「星は、宇宙空間に散らばっている岩石やガスの集合体で……」

「そうじゃなくて」

私はくすりと笑った。

見た目が10歳の少女にそんな解説をされてはかわいげがない。

「地球から見た、夜空にうかぶ星。白くてチラチラしてるの」

「この部屋の窓から見えます」

彼女は身体を起こし、後ろを向いた。

その視線の先を見やると、窓越しに澄んだ星空があった。

「外には出られないので、窓から毎日ながめています」

外には出られない。

彼女は現状、外に出ることができない。

ウイルスの漂う外気に対して免疫系を整える必要だったり、外出中の不具合が起きる危険性を考えたりすると、まだ外出できるほど安定していないのだ。

運動も室内のトレーニングルーム内に限っている。

外に出られるのはいつになるかわからないが、数ヶ月か、ずっと先のことになるだろう。

「さびしい?」

「いいえ。ただ」

「ただ?」

「一度くらい、外から見てみたいとは思います」

「……そう」

私は彼女の方に向き直った。

「星はね、外で見るときれいなんだよ。私は星座とか星の名前とかくわしくないけど、それでもきれい」

この部屋の窓はいかんせん汚れている。

いや、かりにきれいだったとしても、外で見る景色にはかなわない。

「星には名前がついているのですね」

彼女はぽつりとつぶやいた。

「あんなにたくさんあるのに……。人間と同じですね。人間も七十億人以上の数がいるのに、みんな名前をもっている……」

私はしばらく黙りこんだ。

すこしずつ、本当にすこしずつだが、自分で物事を考える力が、彼女の中に芽生えている。

こんなに長い、たった20日弱、彼女は成長している。

こんなに狭い世界で……。




私は立ち上がり、おもむろに窓を開けた。


アンドロイドは、現段階では外に出てはいけない。

「なにを……」

だったら、この部屋をすこしだけ「外」にすればいい。



ーー微涼。

秋のはじまりに鈴虫の鳴き声。

車の排気と、だれかの談笑。

やわらかく壮大な大気の流れ。

すべて外の景色。

自然も人工も、音も空気も、彼女にとってすべてがはじめてのもの。



カプセルにつながれたコンピューターの画面に、サファイア色の文字が現れた。

彼女の意識言語だ。

いつもの白や金の文字列とちがうのは、その動き。

黒い空間を慌ただしく駆け巡る白や金の文字列の間を、うつくしい青の文字はみな優雅にただよう。

世界を理解するのではなく、世界を全身で「感じる」ように。

小魚の群れと、くじらのコントラスト。

音のない海。

彼女の世界。



窓の前に立って風を感じていると、後ろから歩いてくる気配がした。

すこし横にずれると、少女は窓枠に手を置き、空を仰いだ。

「外には出てないから問題ないよ」

屁理屈といいわけの使い手、生まれ持った悪ガキ根性が顔を出した。

口をひん曲げて笑う私のとなりで、彼女はしずかに星空を見上げる。


すこしの静寂。

彼女の短い髪と、羽織る薄いガウンが揺れる。


彼女はようやく、世界の一員になった。

やっとこの世に生まれた。

この瞬間、ようやく。




「クレア」


私の口からこぼれた言葉。

「クレアって呼んでいいかな。あなたのこと」

「……クレア」

彼女はちいさくくりかえした。

「私の名前、ですか」

「うん」

コントラストに欠けた機械的な彼女の目が、わずかに揺らめいたように見えた。


【re:unknown】の主人公アルフが、アンドロイド・クレアに心を開いた瞬間。

最後まで他人を信じられなかった彼が唯一信じたアンドロイドという存在。

なぜ、信じることができたのか。

それは……。


少女の微笑みが花開いた。



「クレアです。よろしくおねがいします」



それは、鏡だから。

アンドロイドは鏡。

消えそうな自分の想いを、消したくなかったから。



「カレンって呼んで。よろしく」



ほとんど無意識のうちに、私はクレアの手を取っていた。

やさしく握り返す手のひらから、ちいさな鼓動が聞こえる。

そして、温かい。



夜は更け、星空は輝きを増していく。

名前をもった少女の瞳に、星が灯った。







「彼女のメンテナンスを休んでほしい。三日でいい」

自室に戻る途中、廊下で声をかけられた。

チームリーダーのイツキだった。

「どういうことですか」

「彼女が自律的に自身のプログラムを整理できるか確認したい。できれば一週間以内に」

私は首を横に振った。

「それは難しいです。まだまだ情報の整理には私のサポートが必要です」

「他者のサポートは禁止だ。君にもいっさい干渉してもらわない」

「無茶です。最短でも一ヶ月、いえ、二ヶ月は待っていただかないと……」

そこまでいって、私は口をつぐんでしまった。

彼の凍てつくような視線に、心がすくんだのだ。

「一週間だ。それまでに準備をすませておけ」

イツキはまるで取り合わず、そう言い残して去って行った。




一週間後に彼女をひとりにする? 三日も?

不可能だ。

三日どころか、二日ですら目を離すことはできない。

コードがあふれてパンクすれば、ブレインサーバーにどんな影響が出るかわからない。

最悪の場合……。



どうすればいい。

どうすれば……。

おぼつかない足取りで部屋へ入る。

「クレア……」

視界がぐらりと歪み、倒れこむようにベッドに沈んだ。






〈第1章 終幕〉

第1章、完結です。



【ガールズラブ】タグついてるのに男研究員ばっかり出しててすみませんでした。

なんとなく引け目に感じてましたが、第2章からようやく百合のスタートです。

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