10月?日-5 ナナちゃん
目覚めたのはとある部屋だった。
木目調の床がきしんで音を立てる古い家。
私の記憶にこんな家を見たことはない。
ということは、私の作り出した宇宙とはまた別の時空だということだろうか。
私は腰掛けた覚えもないイスに座っていた。
この場合は座らされていた、というほうが正しいかもしれない。
大量の本棚、そこに鎮座する本に囲まれて。
床と同じくアンティーク調の四角いテーブルをはさんで、ひとりの女の子と対峙していた。
「あなたは誰……?」
私が問いかけると、彼女は鼻を鳴らした。
「教える義理はないけど、一方的に知ってるっていうのも悪いからちょっとくらいは答えようかしら。ねぇ、新妻カレン」
古くからの知り合いであるかのように、彼女は私の名前を呼んだ。
もちろん、私は彼女のことを知らない。
「あたしはアズサ。ナナちゃんの、たったひとりの友達」
言葉の端々に表れる感情に、友好の色は感じ取れない。
あきらかに敵意、いや、それにも満たないかもしれない。
軽蔑するような、対等な存在だとすら認識していないようだった。
誰かの視線に怯えるような生き方はしていなかったつもりだが、彼女の視線にだけはすこしの恐怖を覚えてしまった。
それほどまでに冷たい目をしていた。
「ナナちゃんって……」
「あんたが勝手に変な名前をつけたあの子だよ」
思い当たる人物はひとりしかいない。
しかし彼女が持っている名前なんて、私のつけた名前と、型番のPT49以外にないのではないか。
いや、存在するはずがないのだ。
「あなたは何者なの?」
「答えてあげるべきなんだろうけど、どうもその気が起きないんだよね」
彼女はそういって、イスから立ち上がった。
何か目的があるわけでもないようで、ぐるぐると部屋を回る。
体を揺らしながらぶらぶらと歩く姿は、十歳にも満たないような幼い顔に似合ったものだった。
だが、十歳であることを仮定しても、その喋り方には違和感を覚えるばかりだ。
自分のような周囲の人間より優れた頭脳を持っていた人間でさえ、十歳時点であんなに流暢に喋ることはなかった。
「さっきもいったけど、友達っていうだけで、本当にそれ以上でも以下でもないんだよ。ただあんたよりずっと長い時間を過ごしてきたってだけ。人に愛されたこともなかったから、ほんのすこし優しくされただけであの子にゾッコンになっちゃったあんたと違って、あたしはずっとあの子といっしょに生きてきた。あんたにいいたいことは、あの子のことを理解しているって勘違いをあらためてってことだけ」
勘違い、という言葉に背筋がぞくりとした。
気づいていなかった、いや、気づいていて蓋をしていた真実を掬い出された気分だった。
少女は私の後ろで立ち止まると、両肩に手を置いた。
耳元に近づき、一言一言を噛み締めるように囁く。
「あの文字の鎖、コードに表れるのは、すべて意識できる範囲のもの。怖いとか、苦しいとか、すべて感じ取ったこと。無意識に生じていることは何も表れてはこない。ナナちゃんの無意識は、この空間そのもの。つまり、どれだけコードを弄っても改変できない記憶が……傷が、ここにはある。あんたが知らないことを、本はすべて知っている」
「それって、どういう……」
「見た方がはやい」
いつの間にか私の背後から立ち去り、私から見て正面の本棚の前に移動していた少女は、背伸びをして一冊の本を取り出した。
表紙に文字さえ書かれていない、古びた本だった。
それを無造作にテーブルの上へ投げ出し、指を指していった。
「触ってごらん」
少女の目を一瞥する。
何の質問も受け付けない、という突き放すような目だった。
覚悟を決めて本を手に取ると、本は強く光り出した。
反射的に目をつぶる。
次の瞬間、脳へ直接、無数のイメージが飛び込んできた。




