10月?日-4 約束
嵐の中で叫んでいた。
痛みをこらえるように、それでもこらえきれず泣いていた。
だというのに、絶対に助けを求めようとしなかった。
自分の中のある感情に殺されないため、叫ぶことで掻き消していた。
私にとって、それがどれほど辛かったか。
「ね、ちゃんとお話しよ。いわなきゃわからないこと、たくさんあるんだから」
残念ながら、肝心なところはすべてごまかしている。
本当はクレアの気持ちを何も理解できてなどいない。
恐怖の正体が何なのか、混乱の原因は何なのか、何もわかっちゃいないのだ。
話してもらわないとわからない、鈍感なやつ。
それでも、抱きしめなければいけない。
いまの私にはそれしかできないから。
「自分の感情は、やっぱりわかりません。唯一わかっていることは、私のせいで誰かが不幸になることが怖いってこと……」
不幸になんて……。
そんな過去があったのか? 私の知り得ないところで。
だとしたら、私はそれだって知らなきゃならない、と考えてしまう。
「私は、クレアのために生きたいと思ってる。クレアはどう思ってる?」
背後で沈んだはずの太陽が再び背後で昇り始めた。
この宇宙は物理法則ではなく、私の思いを映して動いている。
「ただひとこと、助けを求めてくれれば、私はクレアの味方でいるから。どれだけ疑われても、最後まで守ってみせる」
胸の中でちいさく震える命。
背中に回された手がぎゅっと握られる。
「カレン……た、たすけて……」
「了解」
ようやく捕まえた。
ようやく強く抱きしめられる。
人よりすこしだけ低い体温。
熱い涙。
それが彼女の生きている証。
こんなに遠回りしてしまった。
ようやく出発点に着いたに過ぎないというのに。
これからが本当の、旅の始まり。
エゴだってかまわない。
迷惑だってかまわない。
誰かの幸せを叶えるためにここまでやれた。
味わったことのない感慨に、いまだけは浸りたい。
ここからが勝負。本当の戦い。
想いだけじゃどうにもならない世界だ。
それを知っているから、私は諦めが悪い。
クレアの髪を撫でると、糸を撫でるような重たい感触がする。
手入れされておらず、ほとんど飾りに過ぎない。
まずはここから手入れしないとな。
二人の体を日の光が照らす。
私の腕の中がすこし軽くなる。
クレアは光の粒になり、きらきらと空へ向かう川を作った。
クレアは、私の名前を呼ぶとこう続けた。
「わからないことだらけですが、わかっていることもあります」
「何?」
「外の世界に出ることができたら、レンコンが食べてみたいです」
「……はい?」
……レンコンって、あのレンコン?
「レミから聞きました。東京スカイツリーの近くに、無断でスカイツリーの名前を使ったパチモンのレンコンがあったって。すぐに販売中止になったらしいんですけど。パチモンのくせに信じられないほどおいしいって、何度も話してくれました。いつか、外の世界で食べてみたいです」
……ああ。
とうきょうすかいれんこんって、遠い昔にあなたがいってたね。
まだ名前をもらう前。
まさか実在するなんて思わないよ。
「いつか、連れて行ってほしいです」
あなたにとってはきっと、笑われたくない立派な夢なんだろう。
「ふふ。うん、約束」
ムードがやや台無しになってしまったが、光の粒はなおも綺麗に宙を漂う。
販売中止だろうが生産中止だろうが、脅迫してでも手に入れてみせるさ。
あるべき肉体の元へ還る彼女の意識。
見上げると、粒は宇宙の背景に溶け、綺麗な星になった。
だけど、外の世界は、こんな宇宙よりずっと広くてずっと綺麗なんだ。
「クレア、ここから出よう。ふたりで、自由な世界に……」
--なんか納得できないなぁ、それ。
「え?」
頭上から降った謎の声。
次の瞬間、地面が揺れた。
揺れに耐えきれず、体勢を崩してへたり込んだ。
みるみるうちに地面がひびを作って割れる。
急いで逃げようと地面を掴んだが、地割れは強大な引力を発し、あっという間に引き摺り込まれた。
叫ぶこともできず、直後に意識はブラックアウトした。




