10月?日-3 全部受け売りなんだけどね
「信じられないって……私のことが?」
いたいけな表情に神妙を映し、クレアは頷いた。
閉じられた瞼は震えている。
「信じたい気持ちがあるのに、なぜか心の奥で疑ってしまうのです。カレンのことを、疑いたくなんてないのに、理由もわからずに……」
声が震えそうなのを必死にこらえ、平静を保って私はいった。
「……ね、クレア。私が最後まで疑われて、あの嵐に襲われて、目の前からいなくなったら、あなたはその後どうするつもりなの?」
「私は……このまま、永遠の孤独を迎え入れます。それが誰も不幸にならない選択……」
「自分の感情を何もわからないまま?」
「そうしないと、それ以外に方法が……」
しきりに涙を拭う。
彼女は耐えている。
得体の知れない感情と、ひとりになる選択に。
私よりずっと素直で、ずっと臆病で、それなのに。
そんなに弱いのに、どうしてそんなに強くいられるんだ。
そんな彼女を見るのはもう限界だ。
「ね、すこしだけ私の考えを話していい?」
私はおおきく息を吸って、押しとどめるかどうか迷っていた胸中をぶつけた。
「あなたのことを縛っているのは、恐怖だと思う」
「……恐怖」
「私にとってはね、コードはただの記号じゃない。触れるだけで声が聞こえるの。最初は翻訳機を使ってたけど、いまじゃまったくいらないもん。でね、さっきコードの嵐にあったとき、あたなの声が聞こえた。何かに襲われて、我を忘れて叫ぶ声。鎖に縛られているのは私じゃなくて、きっとクレアのほう」
戸惑いも、混乱も、恐怖も、すべて聞こえていた。
私を襲ったのは、自分ひとりですべてを抱え込むため。
どこまでもついてくる私を消すことで、永遠の孤独を手に入れようとした。
そんなことはまったく知らなかったが、覚悟の熱と、ともにある恐怖はしっかりと伝わっていた。
だから倒れるわけにはいかなかった。
彼女のために生きると決意した私が、彼女の痛みに耐えられないなんてことは、そんなことはあり得ない。
誰かを失う怖さ、ひとりになる怖さ。
求め合えば埋まるはずの穴が、どうしてこんなにも深いのだろう。
私はただ、答えが知りたい。
「こ、来ないで、またカレンを……」
クレアの足下から、白く輝くコードが再び湧き出す。
とぐろを巻き、目にも止まらぬ速度で襲い来る。
私は、そこに向かって真正面から歩いている。
おおきな恐怖は、ちいさな恐怖を凌駕する。
四肢を、胴体を抉らんとコードは凶暴な体躯をうねらせる。
やがて鋼鉄の刃となり、私の体をあっけなく貫いた。
しかし、私の体は傷つかない。
体を抜けたコードは、直後に命を失うように光の塵へと四散した。
「私だって怖いんだよ。ひとりになることが。あなたは逃げるけど、私は求める。心から拒絶されない限り。優しいあなたとちがって、私はわがままだからね」
あなたが逃げるから、どこまでも追うしかない。
いっそ嫌ってくれたら、昔に戻れたのにな。
「自分の感情を理解できない恐怖。私を傷つける恐怖。いろいろあるだろうけど、そんなもの、ひとりじゃ耐えられないよ」
目の前にいる彼女に届かないなんて。
こんな宇宙にまでやってきたんだ。
どこまで逃げようと、宇宙ごと捕まえてやる。
「う……うあああぁぁ!」
いままで聞いたことのないような、感情が爆発する音。
大気が震えた。
コードから電撃が迸り、暗闇を裂く雷光として明滅した。
--複雑で強い感情は、心が耐えきれずやがて爆発する。
それは決して悪いことではなく、感情を受け入れる第一歩を歩んだともいえる。
想いの質量を知り、一度は苦しむ。絶望する。
その後が大事なんだ。
爆発が鎮まった後、誰がそばにいてくれるか。
「……なんて。全部受け売りなんだけどね」
『re:unknown』のアンドロイド・クレアも、感情の爆発を機に主人公とわかり合う。
正面から向き合う。
いままですれ違っていたことにようやく気づく。
どこまでいっても、私はあの小説を頼ってしまうらしい。
暴走するコードは収束した。
残ったのは私と、私の大切なひとりの女の子。
こうしてみると、長いようで短い旅路だった。
ようやく出発点にたどり着いた。
この体に触れられること。
強く抱きしめられること。
背中に回るちいさな腕の感触で、瞼が熱くなること。




