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10月1日-1 これだけは脱ぎたくないなぁ

人間の威厳とはなにか。

服を着ていることだと私は思う。

室内裸族を否定するわけではない。

自分の部屋には特別な自由が与えられているべきだ。

ただ私は、たとえ自分の部屋の中であっても、必要もないのに裸になる勇気をもっていない。

それだけのことなのです。

人間の人間らしさとは服を身につけてこそ顕現するのではないか?

人を人たらしめる衣服とは、単なるアクセサリーの領域を超えて人類と歴史をともにしてきた。

いや、温泉という空間は裸になることを是とされているため裸になることに抵抗はないのだ。

問題は場所。

室内裸族の存在を認めはするが、国民の大多数は室内であっても裸にはならない。

なんなら私の場合は背徳感すら覚える。

背徳感の生まれる原因は社会通念にある。

人間は服を着ているものだという人間社会一般の認識が、個人の内面にまで浸透し不自由を課す。

悪いことではない。

その不自由を誰も不自由とは感じていないのだから。

そんなことより生来悪ガキの謀反者である新妻カレンが社会通念に縛られるのか、という意見について。

ビビって悪いか。

悪ガキというのはきまって、常に怯えている子犬なのだ。

怯えているからこそなんにでも吠えるし噛みつく。

外面で鳴いて、内側で泣いているのだよ。



さて。

どうしてこうも無意味な自己問答を長時間展開しているのか。

私はいま、自宅でも銭湯でもない場所で全裸になるという宿命を課せられている。

世界でただひとりの友人のために服を脱がねばならない、といえばわかりやすいだろうか。

そんなことはないか。

ともかく、自宅でも銭湯でもない場所ですっぽんぽんになる必要に迫られているわけだ。

さらにそのうえ、その恰好のまま花笠音頭を踊る。

いくら悪ガキだといっても、恥じらいとかそういったものはちゃんと持ち合わせているから、その葛藤の結果が先ほどの問答に表れているというわけ。

机の上には50度を誇るウィスキー。

これも必須アイテムなのだが、恥を忘れるためにも役立ちそうだ。



と、ここまで現実逃避的に考え事で頭をいっぱいにしてみたが、本当に気がかりな問題ももちろんある。

これより、『ダイブ』というできるかどうかもわからない、かつ危険極まりない試行をする。

命の保証がない、というところでの緊張はもちろん存在する。

意識を混濁させることによって、対象との意識の融合を図るという大胆な実験。

しかし、それ以上の懸念がある。

ダイブを行ううえでの条件というか、これがなければダイブに成功したとてなんの成果もあげられないという条件。

すなわち、アンドロイドであるクレアに、深層意識なるものが存在するのかということ。

ダイブの目的は、対象の深層意識、その人物の核となる精神に相見えること。

コンピューターで干渉できる意識は人工物で、本物の人間とはまるで違う。

核が存在しなければ、この実験は根底から失敗ということになる。

自分自身の命さえどうなるかわからないというのに、そのうえ成果を得られない確率が極めて高いのだ。

どれだけ弱音を吐いたとて、事態は好転しないのだが。

本当はこの事実から目を背けたいだけだ。





循環する思考を断ち切るべく、アンドロイドの電源を入れた。


「おはよう、クレア」


「おはマルチパンダ。ダッフンダ」


起動した彼女の意味不明な言葉を一切無視して、コンピューターの操作にかかる。

意識を保たせたまま、意識レベルを低下させる。

すると、彼女の挙動が覚醒状態のままピタリと止まった。

それを確認し、続けて電極を自分の首へ貼り付けた。

微弱な電流を感じる。

さあ、もう後戻りはしない。



ウィスキーをちびちびと口に含む。

一滴の量でさえ口の中が熱くなる。

酒自体普段から飲まないというのに、久々の体には堪える。

涙目になりながら必死に飲み進める。

横目でドアの施錠を何十回と確認する。

だいぶ酔いが回ってきたところで、白衣のボタンに手をかけた。


「……これは、これだけは脱ぎたくないなぁ」


せめて白衣だけは纏わせてくれ。

下は全部脱ぐから。

といっても、下着を脱ぐためにはまず白衣を脱がなくてはならないのだが。

白衣を脱いだ後、できるだけ速い速度で乱暴に布を取り除く。

病的に白い肌がみるみる露わになっていく。

三十秒足らずで見事なすっぽんぽん。



……わー、まじで裸になっちゃったよこの女。

なぜだか、自分の姿に幻滅してすこし呆然としていたこんな奇跡的なタイミングで。

部屋めがけて迫り来る足音が廊下から聞こえてきた。


「まってまってやだやだやだやだやだやだストップストップストップストップ」


閃光を追い抜く速さで、藁に縋る思いで白衣を纏った。

散らかった安物の下着類は、人目につかない机の下へ押しやった。

足音はどうやら部屋の前を通過しただけのようだが、そういう問題ではないのだ。

脱力して深く息をついた。



裸の上から白衣という、ある意味全裸より奇怪な恰好の変態が完成した。

ウィスキーの効力により多少抵抗はなくなっていたが、それでもかすかに残る理性が顔を真っ赤にしている。

もう考えてはいけない。

何も考えてはいけない。

自分は無だ。

宇宙の藻屑だ。

踊り落ちるただの枯葉だ。

心赴くまま踊ろうじゃないか。

…………。


「ア、ア……ア〜〜めでためでたぁのぉわかまつさまよぉ、ぁえだも~チョィチョィ〜」


なにかの間違いで誰かに見られたらその場で自害しよう。


「さか~え~て~はもぉしげる~、ハァヤッショーマカショ」


天国のおじいちゃんおばあちゃん。

そんな目で見ないでください。


「……はなのやまがた……もみじのてんどう…」


ああ。

もうなんか、もうどうでもいいや。


「あー……ゆき、ゆきを……あ、チョィ……チョィ……」


ねむい……。



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