9月27日-3 あの子と生きたい
作戦に乗る、と宣言した。
レミのことを信用したわけではなく、たとえ表面上であってもメンバーが団結し始めた中、自分だけ孤立するという最悪の選択を避けた結果だ。
いつも通りの私、打算的な行動。
レミは存外ほっとした表情を見せた。
「あんたを入れて、私たちは三人で動く。これ以上人数を増やす気はない」
「理由は?」
「動きやすく、かつ上のやつらに気づかれづらい人数を考えた結果、三人がベストだったことがひとつ。これ以上信用できる人間がいないことがもうひとつ」
彼女は淀みなく答えた。
大胆だが、実は冷静に計算するタイプなのかもしれない。
「うまく逃げ出す算段はついてるの?」
「まだまだ。でも、着実に計画は進行してる」
話したくないのか、肝心なところはやはりぼかされる。
信用していいのかどうか。
疑問といえばまだまだある。
私を誘うメリットはどこにあるのか。
彼女が打算的に動く人間だとすれば、さっきのような感情論だけで私を誘う理由になるとは思えない。
リスクを増やすだけだから。
私を連れ出すメリットがあるということだろうか。
「疑ってるみたいだね」
レミの冷たい声。
「ま、いきなり信じるわけないのはわかるよ。本当に私の気まぐれだから、信じられないようならいますぐ抜けてもらってかまわない」
「……ごめん」
「仕方ないって。てかそれくらい慎重じゃないと、逃げ出せるもんも逃げ出せないよ」
疑ってしまうのは癖みたいなものだ。
こちらに非がないとはいえない。
良心というやつのせいか、レミに対しての申し訳なさが芽生えた。
私は、もうひとつ心に浮かんだ疑問を口にした。
「クレアはどうするの?」
「クレア?」
レミはきょとんとした顔をしてみせる。
私ははっとして、慌てて手を振った。
「ちがっ、ちがうのっ」
完全に油断した。
レミは、物陰に隠れている子供を見つけた鬼のような顔で、にたぁっと笑った。
「ほぇー、あの子にそんなオサレな名前つけてんのかぁー。あんたもなかなかやるねー」
いやみったらしく目を細めながら、猫なで声を出した。
「あらら、顔真っ赤にしちゃって。そんなに恥ずかしいことかねー」
「ほんとに、ほんとにそういうのじゃないから」
「いいじゃないいいじゃない。初恋の人の名前書いて相合い傘するようなもんだよ」
「それとは全然違うでしょ!」
思っていたよりおおきな声が出てしまった。
というか、こんなに全力で否定したら図星ってことになるじゃないか。
周囲の好奇的な視線を痛々しく感じながら、顔を手で覆った。
「ごめんごめん。で、クレアちゃんがどうしたの?」
クレアという呼び方を使うあたり、まだ茶化されているようだ。
「……あの子のことを置いていくのかどうか」
「あんたがクレアちゃんにお熱とは知らなかったからなぁ。うーん」
腕組みをしてレミはうなった。
当然といえば当然だが、クレアのことは見捨てるつもりだったようだ。
私を誘ったことをすこし後悔しているかもしれない。
長考の末、彼女はこう結論した。
「どう考えてもクレアちゃんを連れ出すことはできそうにない。残念だけど置いてくよ」
「……そう。だったら私は降りる」
「どうして」
レミは体を前にのめらせた。
「いったでしょ。殺されるかもしれないんだよ、私たち。逃げること自体とんでもなく難しいのにらあの子を連れて行くなんて無理なの。わかるでしょ」
私の瞳を、瞳の奥の心まで射抜く強気な目。
それでも、私の心はすこしも動じなかった。
「はじめて好きになれたの。いままで誰も信用できなかった私がはじめて信用できた」
「人間じゃないんだよ。アンドロイドだよ」
「関係ない」
いや、関係ないどころの話ではない。
彼女がアンドロイドだからこそ、アンドロイドである彼女に、私は好意を抱いた。
「あの子の代わりはこの世のどこにもいない。私はあの子と生きたい」
恥も外聞も捨て、強く宣言する。
打算的な自分が、せっかく与えてもらったチャンスをふいにして、思うが通りに行動を起こせるほど、感情は激しく燃えていた。
嘘偽りのない言葉。
「……協力する」
「え?」
「私はあんたに協力する」
レミの眼光が、私の瞳孔を貫いた。
目の奥がちらと熱くなった。
「イシオになんていわれるかわからないけど、私はあんたの目的に協力する」
「それって……」
「あの子もいっしょに助けてみせる」
疑いようもない、その言葉が本心であることを証明する強い語気。
心強いという感覚を、心の底から実感できたのははじめてだった。
いつの間にやらご飯を食べ終えていたレミが席を立つ。
彼女が来てから一口も進んでいなかった私はあわててご飯をかきこむ。
理由もわからず、鼻の奥が熱くなった。
*
「所長」
ルエは所長室に入るなり、そういった。
「どうした」
「新妻カレンの動きを封じるためのアイディアが……」
ルエは所長権限のコンピューターにアクセスし、勝手に操作を始めた。
「PT49の意識コードに仕掛けをします。普通のコードではなく意識の深奥、新妻カレンの扱うコンピューターでは届かないほどの深層に、無意識に記憶を蓄積できるようにします。彼女にもPTにも悟らせないまま、彼女らのやり取りをすべて把握することができます」
「ほう。そんな手間をかけねばならんほどに、彼女は要注意人物か」
「念のためです。私と比べればまるで賢くありませんが、時折常人では考えつかない突飛なことをしでかすので」
ドウズは深く息をつくと、ルエに訊ねた。
「君は、彼女のことが嫌いか」
「……強いて答えるのなら、無関心です」
コンピューター画面に、アンドロイドの深層意識空間が表示された。
ルエはすらりと細長い指で、アンドロイドの独自意識言語に基づくプログラムを入力し始めた。