表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/40

9月27日-2 逃げる

「メンバーのひとりが消えてるの、気づいてた?」

最小限に声を抑えて、レミはいった。

私がちいさく頷くと、レミは箸を置き、訥々と語った。


「私、所長に訊いたんだよ。そしたら別場所での作業だっていうの。所長、表情にも挙動にも感情が出ないからわかりづらいけど、確実に嘘をついてた」

所長に訊いたということが事実なら、相当な肝っ玉の持ち主だと思った。

上司に刃向かう程度のことは私でもするが、身の危険を感じることであれば当然ながら躊躇する。

彼女の挙動には、普通の人間にはない大胆さを感じる。

「研究所内を注意深く見渡せば、あっちにもこっちにもおかしなものばかり。『他人に干渉するな』っていうこのチームの方針は、研究所の中にある誰にも知られたくない秘密を守るためにある」

私だってそれくらいのことは考えていた。ここにいる人間であれば誰でもそうだろう。

しかし、恐ろしくて誰にも話せなかった。

彼女の明け透けな態度は勇敢さからくるものなのか、それとも考えなしなのか。


「でも、肝心なところは何もわかってないんでしょ? この不穏な空気の、正体……みたいなものは」

「うん、でもわかってることもある。ここにいたら危ないってこと。いつか自分の身にも危険が降りかかるってこと」

いかにも自信ありげな風だった。

「根拠はあるの?」


「不快にさせたらごめん。あんた、身寄りいる?」


その質問を聞いて、思わずはっとした。

「やっぱり」

私の反応を見てレミは眉をひそめた。

「私も他のメンバーも、みんないないの」

「……私もすこしだけ感づいてた。そのこと」

「じゃあほとんど確定だね。みんながそう思ってるなら」

私は額を抑えた。

「……この可能性だけは信じたくなかったな。勘違いであってほしかった」

「たとえ勘違いだったとしても、平和的に納得する理由は他に見つからない。事情はわからないけど、この研究所では、人が殺される」

私と彼女、二人の思考を通ずるひとつの答えを、レミが結論として言い放った。

沈黙が訪れた。

周りを見渡しても、普段と変わらない雰囲気。

考えてみれば、人が消えている不自然さには全員が気づいているだろうに、反応をおくびにも出さない態度は不自然そのものだ。

「でも、どうするの? その事実がわかったところで、やるべき仕事は変わらないんじゃ……」

私のその言葉を待っていたかのように、レミは厳然としていった。


「ここから逃げる」


一瞬、冗談かと思ってしまったほど大胆な布告。

「逃げる?」

「そう。文字通り、逃げる」

「この研究所から?」

「うん」

彼女の自信はどこから来るのだろう。

私がおかしいのか?

「勝算は?」

「もちろんあるよ。いまはまだ話せないけど」


顔を手で覆って、しばらく考えこんだ。

彼女を信用していいのか。

彼女が何を思っているのか。

自分が信用すべき人物は誰か。

昨晩、イシオがいっていた言葉が脳裏をよぎる。

『誰が敵で誰が味方か、見極めろって話だ』。

「イシオはあなたの仲間?」

そう訊ねると、レミは目を丸くして驚いた。

「イシオのやつ、勝手に接触しやがったな……」

ぶつぶつとつぶやいた後、こう続けた。

「仲間といっていいのかわからないけど、手は組んでる。同じ作戦に協力してるってだけ」

なんとも歯切れの悪い返し。

あまり話題にしたくないことらしい。

それなら反撃だと、次は私の方から切り出した。

「いままで半年、アンドロイドがここにいなかった準備期間の半年間、お互いほとんど話さなかったでしょ。なのに急に話を持ちかけてくるなんて、どういう意図なの?」

するとレミはあきらかに動揺しだした。

「そ、それは、ほら……前は話しかけづらかったっていうか……」

「話しかけづらかった?」

「あんた最近明るくなったから、話しかけやすくなった」

彼女の言葉に、私を取り込もうなどという打算的な響きは感じられなかった。

私が、新妻カレンが明るい。

もちろん相対的に昔より、という意味にちがいないが、その意味でさえ、いままで一度も指摘されたことのない言葉だ。

たとえ本当にそうだったとしても、自分で気づくことはなかっただろう。

きっかけがあるとすれば、やはり彼女の存在。

クレアという、この世でひとりの友達。

「心強い唯一の女性仲間ってのもあるけど、話してたらわかる。あんたいいやつだ。私の良心があんたを放っておくなっていってる」

「人のこと疑うのに?」

「うん」

「すぐ嘘つくのに?」

「そうだ」


歯に衣着せぬ物言い。

明け透けな態度。

そのうえで、こちらを信頼してくれる彼女。

だというのに。


心中に巣くう疑念の質量が一グラムとして減らないことに、我が事ながら驚いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ