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9月24日 行き詰まり

メンバーのトーリが消えた。

その理由をどれだけ訊ねても、ルエはずっと口を閉ざしていた。

「触れるなといったろ。絶対にいわない」

「私がひとりで動くかもよ」

「それもするなといっている」

一切の事実を隠そうとするルエに、私はすこし苛立っていた。

「じゃあルエはどうなの。あたしと同じくらい『無知』に対して臆病なあんたが、このことに関わらないでいるつもり?」

「そうだ」

返事はあいかわらずそっけない。

「知的探究心はあっても、命まで差し出そうとは思わない。危険を感じればすぐに引き下がる。業務に徹するだけだ。お前も……」

「そうね。私だって自分の探究心のためなら、命を懸けようとは思わない」

それだけ言い残して、ルエと別れた。


私の懸念は、その触れてはいけない危険というやつが、彼女に降りかかる可能性だ。





一日が過ぎ、また一日が過ぎる。

時間は加速度的に速さを増していくようだった。

実験の日まであと三日。

三日後には、クレアは私の元を離れていく。



しかも、昨晩になってクレアがとんでもないことを言い出した。

「私はこの敷地からは出られませんよ」

「え?」

私と先生が計画している旨を話していたときだった。

「私が研究所から一歩でも出ると建物の非常ベルが鳴ります。GPSも私の内部に埋め込まれているので、どこに逃げても常に監視されています」

それを聞いて、思わずため息が漏れた。

なんて初歩的で簡単な問題を見落としていたのだろう。

冷静になれていない証拠だ。

自分の間抜けさに頭痛がした。

「じゃあ、なんとかして先生を研究所へ連れてこなきゃ」

「それも無理です」

クレアは冷静にいった。

「メンバーもしくは政府以外の人間が研究所に入ったときも同様に建物のセンサーが反応します。一般人を入れることは不可能です」

私はぎゅっと目を閉じた。

「行き詰まり……」

打つ手なし。

先生とクレアを会わせることができなければ、協力をあおぐことはできない。

スタートラインにすら立てないということだ。

黙りこくって何か手はないかと考えていたとき。

「ひとつ、思いついたことがあります」

そういってクレアは、自らの意識を制御するコンピューターの前に立つと、ゆっくりとパネルを操作し始めた。





「すごいクマだな」

東大の構内にて、会うなり先生はそういった。

「作り物してて。二日寝てない」

「そうか。で、アンドロイドはどこだ」

「声静かに……実は、ここにはいない」

「いない?」

「彼女を連れ出すと研究所の非常ベルがなるってこと、昨日知って……」

「私がそこに入ることもできないのか」

「うん」

先生は不満げに頭を掻いた。

「そんな初歩的な課題を見落とすのか」

うっ、と言葉に詰まる。

こればかりは責められてもしかたない。

「それは謝る。だから、これを作ったの」

そういって、バッグからタブレットを取り出す。

この薄っぺらい端末の中に、クレアはいま存在している。

「彼女のコピーを作った。かなり簡素化したけど」

タブレットの中で、彼女は昔懐かしいドット絵の姿になっている。

容量を最小限するための、彼女自身のアイディアだ。

「居心地はどう?」

「快適です。身体の重量がないと楽ですね」

普段より快活な表情で、クレアは空間をすいすいと泳いでいる。

彼女自身が考え、思いつき、実行に移したこの作戦。

コンピューターをあっさり操作できたのは、私の作業をいつも後ろから覗いていたかららしい。

しかし、常人がその風景を見ていたところで理解、ましてや真似なんてできるはずがない。

彼女の進化には目を見張るものがある。


「これがアンドロイド?」

先生は懐疑的な面持ちでいった。

「これじゃあアバターを持った只のAIと何も変わらないな」

「わかってる。でもこれ以上は……」

「あーわかったわかった。いいから私の仕事を教えろ」

あきらかに苛つく先生を横目に、タブレットを操作し別画面を開いた。

クレアの意識コードのコピーだ。

本来のコンピューターでの振る舞いと同じく、宇宙のような暗い空間で無数の文字列が絡み合うように泳いでいる。

「この文字列がアンドロイドの疑似意識。私が毎日メンテナンスをすることで整理されているんだけど……」

「放置したら二日でパンクするな」

あっさり答える。

この人には敵わないな、とあらためて思った。

「そう。だから対策を考えてもらいたいの。メンテを施さなくてもパンクしなくてすむような」

先生はあごに手を当てた。

「このデバイスがそのままバックアップになるんじゃないか?」

「それはできません」

先生の問いに答えたのは、タブレットの中のクレアだった。

「研究所のコンピューターは無限に等しい容量のクラウドと繋がっています。半永久的に増え続ける私のコードもそのおかげで整理することができています。一般的なデバイスやクラウドでは容量が絶対的に足りません」


缶コーヒーを飲みながら、先生は説教する口調でいった。

「カレン、お前は賢い。しかし不利な状況に追い詰められたとき、思考が一気に止まる」

私は思わず息をのんだ。

「……もしかして」



「要は、コードがパンクしないよう、記憶を保存できるデバイスを仕込めばいいんだ。こいつの中に」



先生はタブレット画面に映るドット絵クレアを指差しながら、口の端をにやりと吊り上げた。


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