1話 委員長のお仕事
「お前、学校来んじゃねぇよ。」
何度この言葉が脳裏を過ぎっただろうか。
教室は飛び交う罵声と暴力で埋め尽くされていた。
周りの人間は、僕という存在は無いかのように振る舞い、誰もこの残虐行為を止める者なんて居なかった。
何故自分だけなのだろうか。
こいつらの玩具になんてなりたく無かった。
そうやって人間を恨んだ。
そうやって世間を恨んだ。
そうやって─────弱い自分を恨んだ。
*
5月上旬
クラスの人間関係もそろそろ決まってくる時期。
当初はクラスの皆は新しい環境で緊張し、見ず知らずの人間なんかとは話そうとせず、中学時代の友人達と交友を深めており、僕みたいな奴らは話そうとはしていなかった。
だが、人間という生き物は群れたがる。
自然と席が近い人間と話したり、部活等で仲良くなったりと、会話する手段なら沢山ある。
そこから友達を作った、という人間は多いだろう。
自分もその口だ。
なにかきっかけとなる出来事があれば、会話はしやすくなる。
そうしてクラスの人間と交友を深めていく。
「ごめん委員長!シャー芯きれちゃって、数本貰えない?」
「それ、昨日も言ってなかった?」
「え…ソ、ソウダッケ?」
「まあいいけど、明日は忘れるなよ」
こんな感じで、人に何かをあげたり、されたりすると話やすくなる。次にこんなことが起きたら、話したことがない奴より、話したことがある奴の方が頼みやすい。
こいつの場合、また明日来そうだが。
因みに、彼の名前は宮多 彬。
シャー芯を渡すと「ありがと〜」とだけ言い、にこやかな表情で自分の席へと帰っていった。
周囲を見てみると、購買で買ってきたパンを食べている者や弁当を皆で囲って食べる者、もう食べ終わっている者、様々な過ごし方をしている。今は昼休み。
次の授業が始まるまで、まだ時間はある。
少し時間を潰そうと周囲の人間に話しかけようとするが、その声は校内放送によって遮られた。
『1年2組 阿切 成笹君。至急、職員室まで来てください。』
クラス中の視線が一斉に自分に集まってくる。
「呼ばれてるぜ委員長、なんかしたの?」
「なんにも。どうせどうでもいい事だと思うよ。あの先生、前もしょーもない事で呼び出してたからな。今日もそうでしょ。」
「委員長は大変だね、いってら。」
大して大変とも思っていないだろうが、励ましの言葉を貰った。
昼休みの中、自分だけ仕事だと思うと悲しくなる。
うちの私立十宮学院は、初等部から大学までの一貫校。
僕、阿切 成笹は自分を変える為にこの学校に外部入学をした。
クラスの四分の三が内部の人間という、外部入学をする学生が少なく、元々住んでいた所よりかなり遠い。
中学時代に一緒だった奴らと会わないためだ。
もう二度と、あんな思いはしたくはない。
と、陰キャは心の中で自分のカッコいい物語をつくる。
変わろうと頑張っている今でもこの病は治りそうにない。
やはり、人間はそんな簡単には変われないのだろうか。
異世界転生や魔法という便利なものは残念ながら、この世界には存在しない。
自分の力で、変わろうとしなくちゃいけないんだ。
職員室のドアをノックし、呼び出した先生を探す。
「遅い!何分待たせていると思っているの?」
いきなり甲高い声が廊下中にまで響き渡った。
その人は、椅子に足を組んで腰掛け、片手にコーヒーカップを持ち、まるでこの国の王様だ、と言わんばかりの迫力で、偉そうに待っていた。
「先生…まだ5分も経っていませんよ。」
この教師は…鏡で自分の顔を見てみなくても、今どんな顔をしているのか大体分かる。
「ごめんごめん、ふざけて言っているから大丈夫よ。」
先生は慰めるように僕に言ってきた。
やはり呆れ顔をしていたのだろう。
「それで、なんですか?わざわざ昼休みにここまで来たのに、またつまらない話だったら流石に怒りますよ。」
「今日はちゃんとしたお願いよ。先生をなんだと思っているのよ?」
溜め息を吐いてもいいだろうか。いや吐こうかな。
そうしていると、要件を話し出した
「クラスで一人だけ来てない子、居るでしょ?」
入学式から今日まで、一度も見たことはないが、名前だけは自分も知っている。内部生らしく、中等部の3年生のときから不登校らしい。クラスメイトから聞いた話だと、虐められていたとか。
「その子を学校に来るように、説得して欲しいの。」
「無理です。」
足早に職員室から去ろうとするが、その試みは先生によって阻まれてしまった。
「先生が説得しても無理だったのに、僕が出来るわけないでしょう。第一、僕は虐めをしていた奴らと同じ生徒ですよ。余計話をきいてくれるわけないでしょう。」
「でも、クラス皆んなで仲良くしたいでしょう?その為には貴方の力が必要なのよ。」
「分かりました。じゃあ生徒会に頼んでください。それでは。」
先生は縋るように僕の腕を掴み、離さなかった。
本当に帰さないつもりなのか。
「今、新しくなったばかりの生徒会には任せられないわ。仕事が沢山あるだろうし、貴方にしか頼めないの。」
他の先生からの視線が痛い。迷惑そうにこちらを見ている。
そりゃあ、職員室でこんなに大きな声で騒いでいたら、僕らを腫れ物扱いしてくるだろう。
「はぁ…分かりました。その仕事、引き受けます。」
その瞬間、先生の顔が曇りの空から快晴になった。
「ありがとう!じゃあ、放課後ヨロシクね〜。これ住所。」
と、彼の住んでいる住所が印刷された紙を渡してきた。
ん?ちょっと待て。
「今日?放課後に行くんですか?」
「当たり前でしょ?早く学校に来てもらいたいもの。」
放課後は部活の練習で忙しい、と言えばまだ断れるか。
「顧問の先生にはもう話つけてあるから、大丈夫よ。」
その希望は儚く散った。
大丈夫よ、じゃねえよ。
顧問の先生に視線を向けると、先程までこちらを見ていた先生が視線を逸らした。
どうやら、もう引き返せそうにない。
知らずのうちに魔の袋小路にハマってしまったらしい。
思わず溜め息がでてしまった。
「これで無理だったら諦めてくださいよ。」
とだけ言い残し、職員室を後にした。