隣の彼と悩みの話
私の隣の席には、佐藤くんという男子がいる。
趣味は小説、好きなものは小説、将来の夢も小説家、三度の飯より小説という、物書きの鏡のような彼は、学生として下級生の鏡となるかと聞かれれば全然そんなことはなくて、授業中はいつもスマホを取り出して小説を書いてるし、私以外の生徒と学校で喋っている姿も見たことがない。
当然、学校行事に参加するぐらいなら小説を書いていた方がマシと思ってるのか、大体そういう時は学校にすら来ない。
学生としては若干どうかと思うけど、確かに彼の小説への思いは強くて、私みたいな凡人からしたら、何かに夢中になれることは、すごく羨ましくて、格好よく思えた。
そんな彼が、今まで見たことがないようなしかめっ面をしながらスマホと睨み合っているとなると、それはまぁまぁ異様な光景であるわけで。
「……えっと、どうしたの?」
文字を長時間打っていない光景なんて、初めて見たから思わず声をかけてしまう。……小説を書いていない彼な不安を覚えるなんて、私も十分毒されているみたいだった。
彼は幽霊みたいに青白くなった顔をゆっくりと上げて、
「……祭りの場面が、上手く書けない」
「……なるほど」
……あー、うん。そういう時もあるよね。いくらフィクションで物語を作るのが得意でも、想像での創作には限度があるから仕方ない。仕方ないんだけど――
「佐藤くん、学生になってから、お祭り行ったことある?」
「……ない」
だよね。小さい頃に親と行った記憶しかないんだよね。……なんか、聞いてるこっちまで辛くなってくる。
能動的にしろ受動的にしろ友達を作らなかったから、祭りに誰かと行ったことがないなんて。そのせいで高校生が楽しむ祭りの場面が全然思いつかないなんて。
小説にしか興味が持てなかった弊害が創作に出てきちゃってるし、当事者の彼も「それは考えてなかった」みたいな顔してる。……たぶん彼、キャンプとか海水浴の場面も書けないと思う。こっちも辛くなるから聞かないけど。
うーん、どうしたものか。なるべく手伝ってあげたいけれど、具体的にどうすればいいんだろう。きっと彼は人混みが苦手そうだから、一人では祭りに行こうとは思わないだろうし、想像だけで書き切ると言うのは、彼にとっては納得いくものではないだろう。だからこそ今悩んでるのだから。
だとしたら、選択肢なんて一つしかなくて、同時にそれは私にとって難易度の高いもので……
「……私が祭り、一緒に行こっか?」
私たちの住む町で毎年行われる春祭りは、それなりに大きな行事で、日本の三大祭りとやらに数えられるんだとか。
そんな 祭りに参加すれば、きっと彼もこのスランプから脱せると思った。必要なのは、私から提示することだけ。そうすれば彼は、もう悩まなくて済むはずなのだ。
だから、私は答えを待つ。断られたのなら、それはまぁ、私の日頃の行いが悪かったと諦めることにする。決めるのは彼だから。
隣の席の彼は、何故か少しだけ驚いた表情で私を見ていた。そして、一瞬だけ視線を彷徨わせたあと、
「……そうしてくれると、すごく助かる」
そう言って頭を下げてきた。
……そこからのことは、あんまりよく覚えていない。二人ともペコペコお辞儀しながら「よろしくお願いします」なんて言っていた気もするし、待ち合わせ場所と集合時間を決めたりしていた気もする。
まぁ、なんだろう。
明日、私は彼と祭りに行くみたいだった。