隣の彼と将来の話
私の隣には、佐藤くんという男子がいる。
……って、いい加減この下りにも飽きたかも。かといって事実しか言ってないし、他に言うことも特になくて。だからまぁ、このままでもいいかなって思ったりしてる。
で、彼を一言で表すなら、「女子の恋人理想像(小説以外無関心だけど)」かな。イケメンで、頭がよくて、無協調で、軽くスマホ中毒で、授業をロクに受けなくて……。これ以上言うと、彼の評価が暴落していきそうだから止めておく。でも、最近は私とも少し喋ってくれるし、他意はないんだろうけど、メッセージIDも教えてくれた。まぁ、逆に他意があっても困るんだけどね。主に私のメンタルが。
いつも通り内心で色々呟いて心を平静にしてから、私は隣の彼へと声をかける。顔を向けると見えるのは、常に変わらず、凄まじいスピードで文字を打つ彼の異様な光景だけど。
「佐藤くんの小説、休日に読んだよ」
「……うん」
反応が薄いなぁ。もう少し緊張してくれてもいいのに。
しかし文句を言っても聞き流されるだけだろうから、私は完結に言いたいことだけ言うことにする。それだけで軽く目眩がするんだけどさ。
「面白かった」
ただ純粋に。文章の書き方とか、話の構成とか、そういうこと以前に、うまく言い表せない安心感みたいのが、彼の作品にはあった。登場人物たちは皆、どこか彼と同じように周りに無関心なのだけれど、確かな自分らしさを持っていて、世間に左右されずに生きている。難病モノにありがちな展開を守りつつも、感情を機微に描写していく様は、言いようもない感慨を私に抱かせてくれた。
まだ完結されていない書きかけの作品だったけれど、十分に私は楽しませてもらったし、同時にもっと、彼の小説が読みたくなっていた。…。なんだろう、こういうのがファンになったってことのかな。
「全部書き終わったら、もう一回読ませてよ」
「……分かった」
素っ気なくそう言う彼の表情は、少しだけ嬉しそうで、私も直接感想を伝えて良かったと思う。……そういえば、
「ねぇ、佐藤くんは、何で小説書くの?」
何となく、ずっと聞きたいと思っていた。学校での生活をすべて費やしてまで、彼が小説を書く理由を知りたかった。初めて会ったときから少しだってブレていない彼の強さ。それに私は憧れたのだから。
彼は、本当に相変わらず無表情な顔で、はっきりと答える。少しだけ熱の入るその声が、何故か好きだった。
「小説が好きなんだ。格好いい理由とかはないけど、本当に」
「小説家になりたいの?」
「……うん。僕には、それしかないから」
私は、何か勘違いしていたのかもしれなかった。佐藤くんは、他人に無関心だったんじゃない。興味が持てなかっただけなんだ。彼が関心を持てるのは、小説の世界だけだった。それだけ。
普通であろうとして、現実に生きようとして、自分の見ている世界との落差を知った。伝えたいことは虚構の中でしか表現出来なくて、笑い合えるのは、自分の空想を形にしている時だけだった。
だから彼は、小説だけを愛して、自分が自分であるために、作品を書き続ける。誰かに伝えたかった言葉を、作品に込めて。……でも、
「そんなこと、ないよ」
きっと彼は、小説の中でしか生きられない人間なんかじゃない。誰にも関心が持てなくたって、確かに今、私とこうやって喋っているし、彼の言葉は、小説だけじゃなく、現実の言葉で私に伝わっている。
「佐藤くんにだって、何かあるよ。絶対に」
私だって本当は、そんなに他人に興味なんか持てない。自分のことで精一杯だ。でも、誰かと繋がらなきゃ、人は生きていけない。人生は、ずっと独りで背負うには重すぎるから。誰かに言葉で伝えなきゃ、きっといつか壊れてしまう。
こんな私だって、支えながら、依存しながらどうにかここまで生きてきた。だからきっと、彼にだって誰かに言葉を伝えることが出来るはずだ。小説だけじゃなく、多くの方法で、人は人と関わっていけるから。
そんな彼が、自分を卑下するのはおかしいと思った。私にないことをたくさん持っている彼には、もっと胸を張ってほしかった。
「応援してる。だから、頑張って小説家になってよ」
彼が有名になったら、もっと遠くへ行ってしまいそうで少し寂しいけれど、同時に私は、彼の小説がもっと多くの人に読まれてほしいとも思ってしまう。我ながら中途半端な考えだ。
でも、彼には夢を叶えてほしいと、本当に思う。隣の席のクラスメイトとして、作家の彼のファンとして、一人の友達として。
「……うん」
躊躇いがちに頷いた彼は、一瞬だけ私から顔を背けたあと、またいつも通りスマホに視線を戻す。
私の言葉は、彼に伝わっただろうか。友達らしいことは出来ただろうか。ちょっとだけでも、彼が自信を持てたのなら嬉しいのだけれど。
「……よしっ」
変わらないようで、少しずつ変わっていく日常の中で、私は今日も、些細な幸せを見つけていく。
明日は、何を見つけられるのだろう。