隣の彼と試験の話
私の隣の席には、佐藤君という男子がいる。
彼はいつもスマホで小説を書いていて、授業を真面目に聞いているところは見たことがない。学校のルールに従わない不良か、と聞かれればそうではないけれど、確かに周りとは違うと私は思う。
無表情で無協調。人間性を創作の世界に置いてきたかのような人で、返答はいつも「あぁ」とか「うん」だし、質問しても私の方を見向きもしない。彼が見ているのは小説の中の登場人物だけなのだろう。
当然のことだけど、授業中もずっと小説を書いているから、彼のテストの成績はそんなによくない。留年ギリギリで三年まで進学したらしい。強者である。
勉強は、どうやっても学生とは切り離せないものだ。将来とか人生とかそういうあやふやな、だけど生きていくためには絶対に必要なものを形成する要素の一つで、これを怠ると、その後の全てを棒に振ることになる。それを私たち子供は親とか教師から教えられてるし、なんとなく分かっていたりもする。
けれど、私の隣の席の彼は、決して勉強しようとはしない。自分のしたいことをしたいようにやっている。怖くはないのだろうか。これからの人生とか、就職とか、未来とか。
でもきっと、彼にそれを聞いたって仕方ないだろう。少なからず誰もがテストや人間関係に悩むこの教室で、たった一人、何にも囚われていない彼が、そんなことに悩むわけもないのだから。
「ねぇ、小説って書いてて楽しいの?」
「……うん」
あぁ、やっぱり、私の方は見てくれないみたいだ。せっかく授業中にこっそり聞いている私がバカみたい。
「どこが楽しいの?」
「全部」
視線をずらさずに即答。こういうところは純粋にすごいと思うけど、もう少しなんかこう、楽しそうに言ってほしい。機械と喋っているみたいで味気ないし、いつか私の心の方が折れそうだ。
「勉強はしないの? いつも小説を書いてるけど」
「別に。学校でやらなくても点数取れるから」
「ふーん……え?」
一瞬納得しかけたけど、彼は何を言っているんだろう。冗談とか言うタイプに見えないし……
「……ん」
「何これ」
成績表、なのかな。文字を打ち込みながら器用に私へ突き出されたそれは、どこかの塾で使われているやつだったと思う。
おずおず受け取ってみる。たぶん、見ろってことなんだろうけど、これを見て私にどうしろってことなんだろ。
「……えっ、すごい……」
そこには今年の外部模試の成績がまとめられていて、様々な大学の合格判定が記載されている。私が目を見張ったのはテストの点数。全教科がほぼ満点に近くて、順位も当然県内で一桁台に入っている。これなら有名なT大学とかK大学にも行ける学力なんじゃないだろうか。
――あれ、もしかして彼、家では真剣に勉強してる人なの? と、内心驚愕しつつ、同時に湧き上がった疑問を問いかける。
「……えっと、何でいつものテストは真面目にやらないの?」
「学校は小説を書く場所って決めてるから」
なるほど……とはならない。自分なりのポリシーがあるのは分かるけど、そんな理由で毎回生徒に留年されそうなことに冷や汗をかく先生たちが少し可哀そうにも思える。……彼ぐらいなら学内テストぐらい楽勝だろうに。
「もしかして、問題用紙に小説を書いてるの?」
「……うん」
やっぱりか。テスト中はスマホが使えない分、思いついたことを問題用紙に書きつけているのだろう。発想が絶えないところも凄いけど、そんなことが真顔でできる太い神経が何より凄かった。
どうして彼は、そこまでして小説を書きたいのだろう。やはり将来の夢がそういった関係の仕事なのだろうか。
もしそうだとすると、何にも囚われない人なんて、どこにもいないのかもしれない。佐藤君もきっと、私とは違うところで何かに悩んでいる。どれだけ強く見えても、私と同じく常に迷いながら生きている。
そう思うと、どこか遠くに感じられた彼という人が、私と変わらない人間なんだと安心する。と同時に、彼の信念の強さはやっぱり私には真似できないもので、少しでもそこに近づきたいとも思う。
つまり、なんだ。
私は、もっと彼のことが知りたくなってしまっているみたいだった。