隣の彼と小説の話
それはきっと、あなたの世界を変えてくれる。
私の隣の席には、佐藤君という男子がいる。
高校三年生になって初めて同じクラスになった彼の第一印象は「いつもスマホを触っている人」だった。だって、本当にいつもそれしか見ていないのだ。授業中も、休み時間も、昼食中もずっと。
まるで何かに憑りつかれているみたいに一心不乱に指を動かして、瞬きをしてないんじゃないかと思うくらい彼の目は画面を見つめていた。
最初はちょっとだけ、いや、かなり変人だと思っていたけれど、その光景が二週間も続けば、さすがに慣れるもので、私はだんだん彼が何をしているのか興味を持つようになっていた。
でも、いくら気になるからといって、本人に直接聞くことなんて、ビビりな私には出来るわけがなかった。読書が好きと言っておきながら、ライトな小説にだけ読みふけっている女子学生の私に、コミュ力なんてものを期待されても困るだけなのだ。
そして、自分では聞けないと早々に諦めた私は、少しズルかもしれないけど、佐藤君の後ろ――つまり私の斜め左後ろに座る友人に、その全貌を聞くことにした。彼のいない間にこっそりと聞いた私に返ってきた答えは、とてもあっさりとしていて――
「え? ……あー。彼、小説書いてるみたいだよ」
……小、説?
私はそれを聞いて思わずポカンとしてしまう。だって私は、「きっとゲームでもしてるのだろう」なんて思っていたから。まさかこんな身近で、学業の時間を無駄にして小説を書くような人がいると思っていなった。というか、小説を書いているような高校生がいるなんて考えたこともなかった。
休み時間中、よくよく彼の手元を観察してみれば、友人の言う通りすごい速さでキー入力をしていて、それが小説を書いているとするなら、素人の私にでも分かるとてつもない作業量であることは明白だった。
何が彼をそこまで駆り立てるのだろう。私はそう思った。
時間を忘れ、息を呑み、ただ目前に広がる世界に集中する。その熱意が羨ましかった。
彼の目はきっと、どこか遠くの場所を見ている。この小さな学校も、常識も、自分さえその瞳には映っていないはずだ。
気付けば私は、たった二週間しか交流のない、いや、未だに一度だって会話したことのない彼の見ている世界を、知りたいと思ってしまっていた。
これはきっと、恋とかそういうものとは違うと思う。ありふれた言葉で表すなら、興味とか羨望に近いのだろう。
私は、知りたい。誰かの言葉なんかじゃなくて、彼自身の声で。
「……ふぅ」
息を吐く。呼吸を整えないと声が上ずってしまいそうだったから。
隣にいるはずなのに、どこか遠い彼と私の距離は、今座っている机の半分もない。だから、言える。
何を質問するかも考えないまま、私は彼に声をかけ――
――きっと私は、もっと小説を好きになる。