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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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95話 順慶日和見できず

天正十年六月五日

羽柴筑前守秀吉は、毛利方との和睦に成功した。

お互いに誓詞を取り交わした上で、重臣を人質として交換したのであった。

これで、時間と引き換えに後顧の憂いなく畿内に進軍できるのである。

黒田官兵衛は外交交渉に敗北した事を気に病んでいたが、秀吉は意に介さなかった。自身が戻れば光秀に後れを取るはずがないという自負があったのである。


「殿……撤退の準備、出来いたしました。

恐らく和睦を反故にして攻められることはありますまい」

官兵衛が問いかけた。


「であろうな……毛利は元々防御の布陣じゃ。輝元も出張っておらぬ。

兎に角、神速で戻る事じゃ。足の速い騎馬から戻るよう差配せよ。

姫路にて合流する」


「ははっ……この時に街道を整備したのが幸い……

逐次物見を放ち、畿内の動向を探らせまする」


「頼むぞ。わしがすぐに畿内に戻る旨、各方面に書状せよ。

逡巡しておる者を少しでも取り込めれば良い。

宇喜多勢のみ残して、全軍で戻る。

野戦に投入できるのはどれほどおるか?」


「はい。宇喜多勢を残し、諸城への守備兵を最小限に押さえますれば、二万程かと……畿内の国衆が味方に付けば有利でしょうが、そうでなければ兵力は若干不利になりましょうな。あとは池田殿が頼りかと……」


「まずは初戦じゃ。勝てば日向守に同心しておる者も調略能おう?

何としても勝たねばならぬ。何においても速さよ……

休まず走らせよ」


「ははっ……」


こうして、羽柴軍は怒涛の進軍を開始したのであった。

秀吉も官兵衛も、この時は遠大な罠があろう事は想像だにしなかったのだ……





六月六日、藤田伝五行政は大和郡山城に赴いた。

筒井順慶に対し、従軍の督促をするためである。

大手門に到着すると、行政は大音声を挙げた。


「開門~~っ……惟任日向守光秀より火急の使者である。

開門~~っ」


暫く待たされたが、門は開かれ、行政は招き入れられた。

そして、順慶の宿老が出迎えたのである。


「某、藤田伝五行政と申す。惟任日向守光秀より火急の使者として罷り越した。順慶殿にお取次ぎ願いたい。御頼み申す……」


「遠路ご苦労でござった。島左近清興と申す。

我が殿はご多忙故、暫しお待ち下され」

そして、広間に通されたのである。だが、待てど順慶は姿を現さず、代わりに周囲が慌ただしく、明らかに兵に囲まれていることがわかった。勿論その事で怯むような行政ではない。


順慶は未だ迷っていたのだ。

そしてこの時も重臣たちと謀議を重ねていたのである。


「殿、如何なされます?伝五殿が来られたという事は、日向守は本気でござる。最早、態度を保留するわけには参りますまい」

左近が答えた。


「しかし、そろそろ筑前殿が畿内に戻られるのであるまいか?

さすれば、どう転ぶか読めぬであろう?」

松倉右近重信が意見を述べた。重信はギリギリまで情勢を見極めるよう進言していた。井戸義弘を儀礼的に出陣させたのも右近の献策であった。筒井家ではこの二名が、両翼として重きを成していたのである。


「筑前殿から何も伝えては来ておらぬか?」

順慶は誰何した。順慶は光秀に対して恩義がある。しかし、折角得た大和守護の座を守りたかった。そのためには絶対勝ち馬に乗らねばならない。今まで苦労してやっと得た地位である。その事が風雲告げる時勢にあって、逡巡する原因であったのだ。


「未だ何も……兎に角、伝五殿と会わねばなりますまい……」

左近はそう答えた。実は左近は早々に光秀に与力すべきと考えているのだ。


「わかった。兎に角会おう。居留守する訳にも行くまい」


こうして、順慶がやっと出座したのである。


「伝五殿、お待たせ致しましたな?前右府殿が生害されてから、一揆衆が煩くて、その対応に追われておるのです」

順慶はいきなり言い訳から入ったのだ。


「順慶殿、日向守より再三督促が行っておるはず。この期に及んでも出陣なされぬのは何か思惑がござるのか?しかも、日向守が前右府を討ったのが迷惑と言わんばかりの言動。順慶殿が大和守護を得られたのは誰のおかげでござるか?」

伝五は相変わらずの強気で捲し立てた。


「いやいや、他意はござらぬ。しかし、領内に敵を抱えておってはすぐに出陣という訳には参らぬのじゃ。伝五殿もその辺り、お口添え頂けぬか?」

順慶は言い逃れようと試みた。


「順慶殿、よくよく考えられよ。我が殿は交野城にて、津田七兵衛殿と会談し、七兵衛殿は与力為されること疑いない。そうなれば河内・摂津の国衆は雪崩を打って従いましょう。それに雑賀・根来もお味方なのじゃ。もしこの期に及んでも軍役遅滞なさるなら、日向守は摂津より先に大和に攻め入りましょうな……それでも宜しゅうござるのか?某は一命を賭して、此処に参ったのですぞ。すぐに出陣頂けるまで此処を動きませぬぞ。如何に?」

伝五は更に捲し立てた。順慶は圧倒されるばかりである。

重臣達も固唾を飲んで見守っている。


「伝五殿、では暫し時間を下され。談合してまいる故……」

仕方なく順慶はその場を立ちあがった。


「なるべく早くお願いいたしますぞ。一刻も待てませぬからな?」

順慶の後ろ姿に伝五は追い討ちをかけた。




「殿、伝五殿は何たる言い草でござるか?

使者を討ち果たし、籠城するのも手でござる」

右近は激高していた。無遠慮な伝五の言葉が我慢ならなかったのである。


「いや待たれよ。伝五殿は日向守殿の宿老……軽々に判断すべきではござらぬ。伝五殿が申す通り、現時点では畿内の動静は日向守殿の圧倒的有利。下手をすれば我が家は改易となりまする。此処は伝五殿の顔を立て、日向守殿に恩を売るべきでござる」

左近がそう語った。


「しかし、数日持ちこたえれば、筑前殿が東上するのは疑いないであろう?」


「未だ筑前殿が戻る気配などござらぬ。

手遅れにならぬうちに出陣すべきでござる」

左近も譲らない。


「殿……ご決断を?」

右近が順慶に決断を促した。


順慶は瞑目しながら、やり取りを聞いていたが、ついに決断した。

「恐らく七兵衛は日向守に同心するであろう。婿でもあるし、単独では筑前殿と戦えぬ故な……そうなれば、伝五の申すように、畿内の勢力は皆同心するであろう。わしだけが孤軍奮闘する義理などない。此処は日向守に恩を売ることとする。もし筑前殿が戻り勝つようなことがあれば手のひらを返せば良かろう?」

そう結論したのだった。


「伝五殿。お待たせいたしたな。明日にでも出陣致そう。急ぎ戻って日向守殿にお伝え頂きたい。宜しくお願い申す」

順慶は伝五にそう伝えたのである。


「ありがたや……早速そう伝えまする」

伝五はその言質を取ると、喜び勇んで帰還していった。


こうして、畿内の諸勢力は取り敢えず光秀に味方する事となったのである。

秀吉の東上の遅れが招いた幸運であり、歴史が変わる転換点でもあったのだ。

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