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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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93話 春日山への使者

天正十年六月五日

真田源次郎信繁は、横谷左近、吉江常陸介宗信とともに春日山城に赴いた。上杉喜平次景勝に会見するためである。景勝は一応の礼節をもって迎え入れたのであった。内容が高度な外交交渉を伴うことが予測されたため、直江兼続は敢えて人目を避けた形で自身の直江曲輪に招き入れたのであった。


「御目通りが叶い、恐悦至極にござります。

某、真田安房守が一子、真田源次郎信繁と申します。

安房守の使者として罷り越しました」

こうして信繁は平伏した。


「上杉弾正少弼である。面を上げられよ」

言葉少なに景勝が答えた。


「真田殿、横谷殿……魚津城の件、感謝に堪えませぬ。

上杉家として、御礼申し上げる」

兼続が答えた。


「ははっ……これも我らとしての思惑があっての事。

内密の話でござりますが、我が父、安房守が武田勝頼公の嫡子、信勝様を匿っておりまする。つきましては、武田家の再興を是が非でも成し遂げたいと思っておりまする。

その為のお力添えを頂けぬものかと考え、罷り越した次第でござります。

先代謙信公以来の「義」に厚い弾正少弼様であれば……

そう愚考いたしておりまする」

信繁は単刀直入に本題に入った。景勝は瞬き一つしただけで無反応である。


「成程、三月に天目山にて武田家は滅亡の憂き目をみたと聞き及びまするが、そのような裏の事情があったのですな?しかし武田の再興と申しても、親族衆は改易され、命を奪われた者も多いと聞き及びますが、例え再興したとて、命脈を保てるとお思いか?」

兼続が問いかけた。


「はい。すでに我が父が水面下で武田旧臣に接触しておりまする。

甲斐武田の屋形たる信勝様がご存命とあれば、はせ参じる者も数多おるでしょう。そして、我が真田家が全力をもって後見致す所存。

それに、畿内の惟任日向守殿とも手合いできておりまする。

現時点では、遠く離れておりまするが、近い将来畿内を掌握されることでしょう。そうなれば、此処東国においても一つの勢力を築くことが可能かと思われまする」

信繁はそう語った。


「して……左近殿が落城寸前の魚津に潜入し、落城を阻止したは、わが家に恩を売るためという事でござるか?失礼な言い方でござるが……」


「勿論否定は致しませぬ。わが武田家の再興のためには是が非でも甲越同盟の復活が必要であると思い、そのためには我等の誠意を伝えねばと思うたまで……」


「直江殿……織田の大軍に囲まれ、後詰も期待できず、主家も風前の灯であった時に、左近殿は我が身の危険を厭わず城に来られた。某を含め、城兵が如何に勇気づけられたことか……

我等は明日には腹を切る覚悟をしておったのです。しかも、左近殿は万一織田勢が攻め寄せれば、ご自身も助太刀すると申された。某はこの恩義、生涯忘れませぬ。

是非、甲越同盟の復活を、某からもお願い申し上げまする。

これは、魚津城兵すべての思いでござります」

こう言って、吉江宗信は平伏した。


「確認しておきたい事がござる……

武田家は明智殿と同盟を結ばれておると考えて宜しいのか?

実城様のお考えは、現時点では明智殿との同盟は望まれぬ」

兼続は言外に光秀との同盟は賛同しない事を告げた。


「いえ、我が父の考えでは、東国において、あくまで武田家との甲越同盟をとの事。弾正少弼様は、明智殿との同盟には難色を示されるであろうことは申しておりました。

ただ、前右府殿のご生涯により、甲信越や上野に戦乱が訪れ、恐らくは北条・徳川が攻め入るであろうと……その場合、甲越同盟は勿論武田家にとっては必須ですが、上杉家にとっても損な取引ではないであろうと……」


「確かに。それは道理じゃ……上野や北信濃への出兵、あるいはその地域が攻められた場合、甲斐武田と真田殿が味方であれば、心強い。

では、武田家が再興された暁には、甲越同盟を復活させる旨、請け負いましょうぞ。ですが、明智殿との三国の同盟は現時点ではしないという事で宜しゅうござるか?」

兼続が結論を申し述べた。


「ははっ……有難き幸せ。宜しくお願い申し上げまする」


「うむ。良しなに頼み入る。今後は直江と打ち合わせて下され」

最後に景勝が一言だけ語った。


こうして、武田家の復活後には、甲越同盟が復活する事に決まったのである。





六月五日、此処は大坂城である。

織田三七信孝は、敗残兵を纏め伊勢へ落去しようとしていた。三千はいた兵も逃亡が相次ぎ、僅かの間に数百にまで激減していた。益々、引きこもり喚き散らすだけとなっていたのである。


「三七殿……準備が整い申した。伊勢まで落ちれば立て直し能いましょう。大坂を去れば雑賀衆も深追いはせぬでしょう。堂々と兵をお引き下され」

丹羽長秀はそう言って慰めた。


「ふんっ……誰もがわしを裏切る不忠者ばかりじゃ。

伊勢に落ちたとて、仇討ちなど能うものか……」

信孝は投げやりに吐き捨てた。


「三七殿……織田家の三男が言う言葉ではござりませぬ。

某、伊勢にて残存兵力を糾合し、時期を見て近江に進軍する所存。

三七殿が、三介殿と手を取り合い、逆賊明智を成敗するのです。

そうなれば、味方も馳せ参じましょうぞ」

長秀は今後の方策を語った。


「伊勢の兵力を集めたとて如何ほどのものか?

五千も集まれば良い方であろう?何故そんな危険を冒すのじゃ?」


「三七殿、織田家の連枝が此処にありと世に示すのです。

羽柴殿や柴田殿、徳川殿も大義名分を担がざるを得ませぬ。

力を示さずして、何故彼らを率いる事能いましょう?」

長秀は理を解いて更に宥める。


「ふんっ……父上亡き今、彼奴等が我らに従う道理があるか?

各々が野心剥き出しで出しゃばるに決まっておろうが?」


「左様です。ですから、彼らの惣領であることを示さねばなりませぬ」


「兎に角じゃ……わしは勝てる戦しかせぬ。

彼奴等が明智と戦い、有利に事が運んでから動けばよい」


「それでは、遅うござる。

最初が肝心なのですぞ?彼らは三法師様を担ぐこともできまする。

織田家の跡取りを目指すならば、引きこもっていてはなりませぬ」


「もう良い……兎に角伊勢まで戻る。それからでよかろう……」


長秀が必死に説得しようにも、信孝は日和見に固執しそうであった。



一方、和泉岸和田城には根来衆が合流した。

孫三郎や善之助、雑賀孫市達は、岸和田で様子見をしながら待っていたのである。


「パパァ~~ン」

「どや、善之助、これでわしの勝やな?」

「うっし、したら掛け金倍で再戦や」

鉄砲上手達は、射撃の腕を競い、博打に興じていたのだ。


「なんや、お前ら……まだまだやの~貸してみぃ」

「パパパァ~~ン」

「どや?ど真ん中や。鉄砲はこない撃つもんや」

間に割って入った男がいきなり話した。ざんばら髪はそのままに、日焼けした肌を露出したままキセルを咥えながら男は指を立てた。


「叔父さん、お久しぶりです。さすがです」

善之助がすかさず追従する。


「皆、元気やったか?わし等が来たら戦力は三倍にはなるやろ?

ワッハッハッハッハ」

男は、根来衆の津田杉之坊照算である。当時根来衆も雑賀衆と同じく傭兵として活動していた。孫市などと並ぶ当時随一の鉄砲上手である。


「お~~やっと来てくれたか?照算殿……

三七殿は大坂から逃げ出したらしいぞ。

進軍して押さえよか?」

雑賀孫市が提案した。


「了解や。今まで見せ場が無いし、羽柴とやり合うのが楽しみやの。

全軍の指揮は孫市殿に頼みますわ。明智殿との取次もあることやしな……」


「わかった。したら及ばずながら指揮さててもらいますわ。

準備して、大坂まで押さえましょ。

孫……善之助も頼むぞ」


こうして、岸和田城には守備兵だけを残し、雑賀根来連合軍四千が大坂城に向けて進軍を開始したのである。この時点で和泉から河内中部までが勢力圏に入ったことを意味し、河内の国衆や、大和の筒井勢にも大いなる牽制になったのである。


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