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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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90話 信澄の決意

天正十年六月五日

大坂城を離脱した津田七兵衛信澄は、尼崎からの軍勢と無事合流した。

事前に準備していたこともあり、死傷者は少なかったが、殿を務めた渡部源右衛門は兵の半数近くを失っていた。


「源右衛門……苦労をかけたな。生きてまた会えて嬉しいぞ……」

信澄はそう労った。


「殿、勿体ないお言葉……某、一生殿について行きますぞ」

源右衛門はそう言って涙した。


「与三郎、此処に至り、三七殿……いや、織田家中とは敵同士という事に相成った。この上は、家臣とわし自身のために戦わざるを得ぬ。一先ず河内に進軍し、交野城を接収する。暫し休息の後すぐに出立いたす」

信澄はそう手配りした。


「しかし殿、その後は如何される?何故河内なのでござるか?

尼崎に戻り、籠城するという手もあるかと……」

与三郎は今後の戦略を疑問視したのだった。


「尼崎は、羽柴筑前が戻るまでは安泰であろう?池田殿単独では攻めはせぬ。

それよりも、摂津や河内の国衆に、わしの存在を誇示し、味方につけるのじゃ。義父殿と手合いするかどうかは語り合ってから決めたい。

それに、傍目から見れば、わしと義父殿が味方同士に見えよう?さすれば、彼奴らは容易に羽柴方に与力することはあるまい?」

信澄はそう語ったのである。


「さすがは殿でござる。御見それいたしました……

そこまでの深謀遠慮があったとは……」


「うむ。もっと褒めてくれてもよいぞ?ワッハッハッハ」


こうして、昼前には信澄の軍勢二千五百は、河内交野城を接収し、修築を始めたのである。大坂城での変報はすぐに畿内各地に伝播した。また、秀吉からの調略が伸びていた、筒井順慶や高山右近、中川清秀も容易には動けなくなったのである。





一方、此処は和泉国岸和田城である。蜂屋兵庫頭頼隆が城主を務めていたが、大半の軍勢を動員したため守備兵は少なかったのだ。

それを見た雑賀孫市は、堂々と大手門から鉄砲を撃ちかけた。所謂、威嚇射撃である。その後城兵に向かって大音声を上げた。


「わしは雑賀の孫市じゃ~~っ 蜂屋の兵達に告げる。

今すぐこの城から立ち去れ~~~っ でなければ皆殺しにするぞ~~っ」

まさに言葉での過剰な脅しである。

だが、織田家中において、「雑賀孫市」の名は鳴り響いている。

少数しかいない城兵は、この言葉で完全に戦意喪失したのであった。

すぐに城兵から城を明渡し、落去する旨、申し出があったのだ。

そして、全くの無傷で岸和田城を占領したのである。

その後、大坂城から引き揚げてきた、孫三郎の軍勢を収容し、割拠するに至った。


これ等一連の情報は、大坂城で逼塞している、三七信孝にも伝えられ、さらに信孝を追い込んでいった。丹羽長秀は、それでも信孝を励ましていたが、本人は戦う気力もなく、酒に溺れるしか術がなかったのだった。


「三七殿……この体たらくは何事でざるか?

我等、まだ負けたわけではござらぬ。何故立ち上がろうとされぬのです?

上様が何と申されようか……」

長秀は何とか信孝を励まそうと必死であった。


「五郎左衛門か? ふんっ……今更どうせよというのじゃ?

雑賀が寝返り、筑前も畿内に戻らぬ。

岸和田も落ち、周りは敵だらけではないか?

大坂に居っても、何も良いことなどないわ~っ」

投げやりに信孝は答えた。


「三七殿……情けない事を申されるな……

この城にはまだ、三千以上の兵が居るのです。

誰もが、三七殿を大将に仰いでおるのですぞ?

踏み止まれば、必ず光が見えまする」


「もうどうにもならぬわ……わしは伊勢に戻るぞ……」

信孝はそう言って、長秀の説得を撥ね付けた。

そして、早々に逃げ出す準備を始めたのである。

長秀もこれ以上の説得を諦め、仕方なく伊勢へ落去するしかなかった……




一方、惟任日向守光秀は、近江の仕置きを終えると六月五日、一万の軍勢を率いて京に向かった。神速の行軍で夕刻には京に到着したのである。そこで、大坂から戻った琴音から報告を受けたのであった。

琴音は大坂城から出た後、事の顛末を見届け、光秀の元に赴いたのだった。


「大殿様、七兵衛様は無事大坂城から脱出し、尼崎からの軍勢と合流した後、河内交野城に入られました。そこで大殿様とお会いしたいと……

城内でもずっと悩んでおられました。最後まで三七殿と合力するつもりであったようです。ですが、此処に居たり、致し方なく割拠されたと思われます」


「琴音、ご苦労であった。疲れたであろう?

しかし、七兵衛は不器用な男じゃ……事前に打ち明けられなかったわしの責任じゃな。申し訳ない事をした。じゃが、羽柴筑前が戻れば、尼崎は落ちるであろうし、七兵衛は明らかに織田家の敵となった。単独では戦えまい?

何としても、わしに与力してもらわねば……

一度じっくり話して説得するしかあるまいな……」


「はい。ではその旨、私が使者としてお伝えいたしまする」


「琴音……とにかく休め。いくら若いお前でも限界というものがあろう?

明日には河内へ出陣する故、わしと同道するのじゃ。よいな?」

光秀は強引に琴音を引き留めたのだった。



同じ頃、河内交野城に軍勢が駆け付けた。

関万鉄斎盛信率いる、七百である。盛信は大坂城内で後衛に居たのだが、雑賀衆の寝返りを見るや、すぐに城外に脱出し、情勢を見極めていたのである。

そして、大坂周辺が信澄と雑賀衆に固められたと見るや、信澄に与力を申し出たのであった。すでに老境に達している盛信が、信澄に相対した。


「七兵衛殿……此処に至っては某も同心したいと思い馳せ参じました。

過去の遺恨を水にして頂き、お願いいたしたい。

と申しても、某も成り行きで三七殿に従ったまで……

七兵衛殿や、日向守殿と事を構える気は毛頭ござらぬ」

盛信は悪びれずにそう語った。


「入道殿のお気持ち、某、嬉しく思う。

この上は、力を貸していただきたい。良しなに頼み入る」

信澄も快諾した。


「ありがたや……三七殿にも七兵衛殿ほどの器量があれば……

今更言っても詮無きことでござるが……」

盛信はそう嘆息して見せた。


「三七殿は憐れな御仁じゃ。わしは恨んでも居らぬ。

この上は、わしも乱世を一人の偉丈夫として生きるのみにて……」


「頼もしい限りでござる。ですが、今後の方策はおありか?

羽柴殿が戻れば、些か厳しい戦いを強いられましょう?」

盛信は肝心な話に踏み込んだ。自身の命運も関わるからである。


「さての……ただ、今更織田家と同じ船に乗る訳にもいかぬであろう?

まずは我が父、日向守と話してみるつもり……

上様弑逆の意図を確かめたいのじゃ。

大儀の無い謀反であれば従う訳には……わしの矜持が許さぬ」

信澄は素直な気持ちを吐露した。


「七兵衛殿のお考え、確かに立派でござる。

されど、老婆心ながら申し上げる。

我らだけでは、織田方に立ち向かえますまい。

命脈を保つためには選択肢は一つしかないように思われますが……」

盛信は内心では光秀に与力したいと思っているのだ。


「忠告は有難く聞いておこう……

それより、領国は如何される?伊勢は織田方の巣窟。

此処に居っては心もとないであろう?」

信澄は盛信に気遣いを見せた。


「お心遣い、痛み入りまする。

されば、お許し頂ければ、息子を帰し、備えたく思いますが……」


「万鉄斎殿は伊勢にお身内も多かろう?

その方々に同心するよう説得して頂けぬか?

左様動かれた方が今後のためにも良いと思うが……」

若さに似合わず、信澄は情勢を読み取っていたのだ。


「成程……さすがは七兵衛殿。

後ろにも目がついておられるのですな?

お任せ下され。伊勢で反織田の勢力を築いて見せましょうぞ」


「うむ……頼み入る。そして、万一わしや、義父殿が敗北するようなことがあれば、ご自身で行く道を決めて下され。このような事で家名を無くすことはない」


「はははっ……重ね重ねお礼申し上げる。

ですが心配はご無用。某は先日来、七兵衛殿をずっと見て参ったのです、

信頼し、命を預けられると思うたからこそ与力を申し出たのです。

期待を裏切ることは誓って致しませぬ」

盛信は意気を感じ、忠誠を誓ったのである。


天正十年六月五日。すでに覇王信長がこの世を去って三日である。

戦国の英傑たちの思惑が交錯し、絡みだしていた。

そして、未来からの転生者ははどう動くのだろうか……


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