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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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88話 中国大返しは神速ならず……

天正十年六月四日

羽柴秀吉の陣中から安国寺恵瓊が戻ってきた。

条件交渉において、清水宗治の切腹と、三か国割譲を天秤にかけるような条件であった。恵瓊は内心で、羽柴側が未だ信長生害の事実を伏せて交渉しているのを嘲笑っていたが、おくびにも出さず帰ってきたのである。

そして、吉川元春や小早川隆景も同席の上軍議を開いた。


「官兵衛殿は今となっても強気にござるな。憐れに思えるほどにて……

宗治殿の切腹か、三か国割譲を選択せよと。

もう一息ですな……引き延ばせば更に条件は緩みましょう」


「左様か……一層の事こちらが知っておることを告げればどうじゃ?

さすれば、対等の和睦ができるのではないかの?」

元春が改めて語った。


「兄者……それでは筑前殿の顔が立ちませぬな。

意地でも引き返さず、全面衝突になるやもしれぬ」

隆景が懸念を表明した。


「良いではないか?望むところよ」

あくまで強気な元春である。


「兄者……損して得獲れと申す。

徒にこちらが戦力を消耗することは無い」


「拙僧の考えを述べてよいですかな……」

恵瓊が腹案があることを匂わせた。


「拝聴しよう……」すぐに隆景が言う。


「もう少し間を引き延ばした上で、我らが事実を知ったことを打ち明けまする。その上で少しだけ、筑前殿の顔を立てれば宜しいかと……

宗治殿始め、高松城兵は総赦免のうえ二か国割譲に致すのです。

糺し、これは一時的なもの。筑前殿が畿内を制した後には返還頂くことにするのです。

拙僧の勘では、この条件を呑むかと思いまするが……」


「成程……それはよい。兄者は如何かな?」

すぐに隆景は同意した。


「御坊、もし筑前が畿内を制することができねば何とする?

画餅に帰すではないか?」

元春が疑問を呈した。


「駿河守様……畿内を制することが出来ねば、筑前殿の負けと同じこと。

そうなれば、いずれ筑前殿は滅びましょう。

元々美作・伯耆は治めるのに難儀致しましょう。

一次的に預けると思えばよいのです」

恵瓊がしたり顔で答えた。


「兄者……わしは良策と思う。後は如何様にもなろう?」


「ふんっ……ではそう致せ。恵瓊殿頼みましたぞ……

それ以上妥協は致さぬ故な……」


こうして、家中の意見が纏まったのだった。

そして、隆景は十五郎を呼び出したのである。


「明智殿……陣中にてご不便をおかけ致したな?

ようやく家中もまとまり、我が家の危機は避けられそうじゃ……」


「毛利家中は如何されるおつもりですか?」

十五郎は即座に尋ねた。


「羽柴殿と和睦いたす。大幅に条件譲歩させてな……

我が家としては、最良の選択と思うておる。明智殿には遠路の注進を頂き、申し訳ござらぬが、手合いすることはできぬようになり申した。毛利家としてお詫び申し上げる……」


「左様でござりますか……致し方ござりますまい。

それぞれ立場も違うというもの……

我らは自力で何とか対処致しまする。

それとご存知かもしれませぬが、淡路に長宗我部軍が上陸したはず。

もし羽柴殿が知れば、尻に火が付きましょう。

駆け引きの材料になるかと思いますが……」

十五郎は新たな情報を提供した。


「何と……そこまで示し合わせておられるのか?

羽柴殿はすぐにでも畿内に戻りたいであろうな……

して、明智殿は今後如何される?」


「実は此処まで人目を避けて来たのです。

瀬戸内の海岸まで船の迎えが来ておるはず……

某はその船にて、淡路の長宗我部軍と合流致す所存」


「承知した。では、そこまでお送り致そう。

馬も用意致す故、気をつけて行かれよ。

万一、羽柴殿の軍勢に見つかれば生きて戻れまい」

隆景が厚意を示したのだった。


「忝く思いまする……

実は某、少し不安だったのです。

もし、毛利家が羽柴殿と同盟した場合、生きて戻れぬかもしれぬと……」

十五郎は正直に告げた。


「ハハハッ……成程。某も見くびられたもの……

例え我らが同盟したとて、命がけで来られた使者を捕らえたりは致さぬ。

それに……毛利家は明智殿と直接敵対する訳ではない。

明智の嫡子たる十五郎殿を人質に等する訳がない。

まあ、これは余所行きの言葉ですが……

本音を申さば、明智殿と敵対したくはないのですよ……」


「さすがは左衛門佐殿。お心遣い感謝いたします……」


「されば、早速発たれよ。すぐに護衛の兵と馬を用意致す」

そう言って隆景は微笑み返したのである。









同日、此処は塩飽諸島にある、宮本伝太夫道意の屋敷である。

山地九郎左衛門は人質としてここに軟禁されていた。

と言っても、罪人ではなく伝太夫の話し相手である。

この日、本能寺の変と、長宗我部軍の淡路占領が伝えられたのだった。


「九郎左衛門……時代の変遷とは恐ろしいものよの……

織田前右府殿が本能寺にて生害された。重臣明智光秀によってな……

示し合わせたように、長宗我部軍も淡路を切り取ったとの事じゃ。

お主は知っておったのであろう?」

伝太夫はそう語った。


「某が知っていたのは、我が家が織田家と対決を決意した事のみ。

使者の渡海を請け負ったのも、関連はあるとは思っておりましたが……」

九郎左衛門も知る限りを答えた。


「あの使者は何者なのじゃ?当然、明智方であろうの?」


「恐らくは……それも身分のある者かと。

しかし、伝太夫殿はこの乱世……今後如何様に処される?

塩飽も中立というわけには参りますまい。

我等に与力して頂ければありがたいが……」

九郎左衛門は語った。


「九郎左衛門……それより御身の心配はなされぬのか?

あの使者が戻らねば……」


「そうでござったな。失念しておりました。

ですが、某は主家に命を預けており申す。

万一此処で首を刎ねられても本望。

そうは申しても、伝太夫殿が某の首を刎ねるとは思いませぬが……」


「ワッハッハッハ……さすがよの。

確かに……使者が戻らずとも、そうはせぬ。

あの者を試してみたくなったのよ」

そう言って、二人は談笑していた。




一方、俺は小早川左衛門佐の陣所を後にすると、全速で瀬戸内の待ち合わせ場所に向かった。夕方近くになって漸く戻ると、予定通り迎えの船が待っていた。

入江四朗右衛門が首を長くして待機していたのである。


「お待たせいたしましたな……四郎右衛門殿。間に合い申した」

俺は息を切らせながら、詫びた。


「お~~本当に戻ってきたのじゃな……半信半疑で待っておったに」

四郎右衛門は笑いながら答えた。


「山地殿の命が掛かっております故……安堵いたしました」


「うむ。ご立派じゃ……お主の事を好きになったぞ……

塩飽に戻れば、酒でも酌み交わそうではないか?」


「はい。あまり飲めませぬが、ご相伴させて頂きます」


こうして、すぐに入江四朗右衛門の船で塩飽に戻ったのだった。

六月四日、すでに日没になろうとしていた頃である。

俺はすぐに伝太夫の屋敷に出向き、挨拶をした。


「伝太夫殿、漸く使者の役目を果たし戻りました。

入江殿にも対岸でお待ち頂き面倒おかけ致した。

山地殿のお命、約束通り放免して頂けますな?」

俺はすぐに伝太夫に問いかけた。


「約束じゃ。勿論違えたりはせぬ。

だが、お主はそうは参らぬぞ……

わが塩飽の命運も掛かっておる故な。

すでに畿内での変事は此処にも伝わっておる。

まずは、お名乗り頂こうか?」

伝太夫はそう語ったのだ。


「某、惟任日向守が嫡子、明智十五郎光慶と申します。

先般は名乗る事能わず、失礼いたしました」

俺は澱みなくそう述べた。


「何と…………」

伝太夫はそう一言を放ったが、他の者は茫然としていた。


「某は、わが父の命により、毛利家への使者として赴いたのです。

目的は毛利家との手合いをする事でしたが、能わずでした。

ですが、使者の役目の半分くらいは果たせたように思います」


「明智殿、これまでの非礼お詫び申し上げる。

まさか明智の嫡男たるお方が使者などと思いませなんだ」

伝太夫は素直に答えた。


「いえ、某が手前勝手を致したのです。

お詫びせねばならぬのは此方でございます。

つきましては、某、今後淡路に向かいたく思いまする。

長宗我部水軍に合流致し、弥三郎信親殿と行動を共に致す所存。

前右府殿亡き今、塩飽に対する朱印状も反故になり申す。

今後は如何に処されるおつもりですか?

もし、羽柴殿に合力されるおつもりなら、某の身は手柄になりまする。

ですが、わが明智には内裏の後ろ盾がござります。

是非、塩飽水軍にお味方頂きたいですが……」

俺は、この機会に精強な塩飽水軍を味方にすると思い立ったのだ。


「確かに、朱印状は反故になりまするな?

明智殿が代わりに塩飽に対する朱印状を頂けますのかな?

にしても、今後の展開次第……

我等の命運も容易には決め兼ねまするな……」

伝太夫は当然のようにそう答えた。


「承知致した。なれば、一度長宗我部水軍を見て頂けますか?

我が明智と長宗我部家は固い絆で結ばれており申す。

その水軍を見て決めて頂きたい。

精強な塩飽水軍であれば、見れば我らが勝馬であると理解されるはず」

俺は、未来チートな艦隊を見せることで塩飽水軍を抱き込もうと考えた。


「ワッハッハッハ……それは面白そうじゃ。

四郎右衛門もそう思わぬか?

我等は塩飽水軍じゃ。誤魔化し等効かぬぞ。

じっくり見聞してくれようぞ……

早速船団を率いて同道しようではないか」


こうして、俺は塩飽水軍の艦隊と共に淡路に向かう事になったのだ。


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