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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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83話 天下布武の継承

天正十年六月三日早暁である。

備中高松に在陣する羽柴筑前守秀吉はしばちくぜんのかみひでよしの元に使者が駆け付けた。

伊賀忍軍、三左の配下である。京で本能寺が焼け落ちると同時に、急ぎ早馬にて駆け続けたのであった。秀吉はすぐに人払いを命じ、陣幕の中には秀吉と、黒田官兵衛、蜂須賀正勝のみが残された。


「遠路、大儀であった。詳しく状況を聞かせよ……」

秀吉は使者に問いかけた。明け方の生暖かい風に五三桐ござんきりの陣幕が揺らめいている。


「ははっ。上様におかれましては、昨日未明、京の本能寺にてご生害あそばされました。寺は炎上し、焼け落ちましてござります。また嫡子信忠様も二条新御所にて、ご自害された由……

首は見つかっておりませぬが、あの様子では……」

使者は息も絶え絶えに答えた。


「相分かった。陣所にて休息せよ」

秀吉は使者を労うと、すぐに後ろを向き陣幕の中の二名に命じた。


「すまぬ……ほんの少しで良い。一人にしてくれぬか……」

官兵衛と正勝は顔を見合わせ、頷くと席を外した。


秀吉は、拳を握りしめたまま瞑目していた……

「上様……ハゲネズミめは、謀により上様のお命をもてあそびました……

わかっておったのです……上様を弑逆したのは某も同じ……

上様は、某のような卑しき身分の者を此処まで取り立てて下さりました。

某を笑いながら呼ぶ上様のお顔を……もう見ることは叶わぬのですな……

ですが……後悔は致しませぬ……

某が新しき日ノ本を作りまする……天下布武を掲げて……」

その後、秀吉は言葉が続かなかった……

ただ、誰にはばかることも無く、泣き崩れた。

秀吉の声は陣所の外にまで聞こえたが、官兵衛も正勝も瞑目したままだった。

そして、しばらくの時が流れた……


「官兵衛……羽柴秀吉はたった今死んだ。

織田信長の家臣、羽柴筑前守秀吉に別れを告げたのじゃ……

わしは、上様の後を継ぎ、天下を目指す……

恨みも、嘆きも一切合切わしが引き受ける。

わしの……いや、わしを頼りとする家臣たちのため、鬼になろう……

手を貸してくれ……この通りじゃ……」

秀吉は跪き、官兵衛と正勝に頭を下げた。


「殿、お顔を上げてくだされ……我等元より一蓮托生。

どこまでもお供いたします故……」

蜂須賀小六正勝は、即座に答えた。


「殿、上様を弑したのは日向守ですが、その策に便乗するよう進言したのは某……天罰は某が蒙りましょう……殿は我等家臣を鼓舞し続けてくだされ。

策は我が脳髄から絞り出しましょう……

それを小六殿始め、家臣一同が一心不乱に相努めましょうぞ」

官兵衛も感極まって答えた。


「わかった……ありがとうな……わしはよい家臣を持った……」

秀吉も素直に感謝の気持ちを吐露したのだった。


「然らば、早速毛利との交渉を始めたく……恵瓊殿を呼びまする。

殿は送るべき書状、今一度検討してくだされ」

官兵衛はそう言って、早速毛利へ遣いを送ったのだった。



一方、小早川左衛門佐の陣所である。

そこには羽柴方から談合したい旨、使者がやってきていた。

隆景は恵瓊を呼び出し、密談に及んだ。


「御坊……やはり明智からの書状、真のようだの……

京からすぐに使者が駆け付けたのであろう?

我らが未だ知らぬのを前提に、談合したいのであろう……」

隆景は、予想通りとばかり、恵瓊に問いかけた。


「ご明察かと……羽柴殿としては一刻も早く畿内に戻りたいはず。

和睦の条件……緩められるかと……」


「では、勿体を付けて、すぐに会わず駆け引きしてみるか……」


「左様ですな……相手を疑心暗鬼にさせるのも手立てにござる。

拙僧が少し、臥せっておることにし、半日ほど待たせましょう」


「うむ。御坊が頼りじゃ……良しなに頼み入る」


こうして、羽柴方は待たされることとなったのである。

意気込んで和睦をする予定だった秀吉は肩透かしを食らう事になった。


「官兵衛、どういう事かの?未だ知るはずはあるまい……」


「確かに……予見しておった我等でさえ知ったばかり。

使者を遮る手立ても万全なれば、あり得ませぬ……

まことに恵瓊殿がすぐに来れぬのでは?」


「だと良いがな……どうも腑に落ちぬ」


「万事につき鈍重な毛利にござれば、案外、和睦の内容を思案し紛糾しておるのではありませぬか?お家の大事故……吉川殿などとは意見が合わぬはず」


「うむ。待つしかあるまい……此方が催促などすれば足元を見られ兼ねぬ」


こうして、待つしかなかったのだ。

わずかな時間が長く感じられたが、詮無き事であった。




六月三日夕刻になっていた。

満を持して、安国寺恵瓊は羽柴秀吉の陣所を訪れたのであった。

秀吉や官兵衛も待ちくたびれ、そのせいで要らぬ思案が巡っていた。


「お待たせしたようでござるな……

拙僧も年故、体が言う事を聞きませぬ。お許しくだされ……」


「恵瓊殿、待ちくたびれましたぞ……

折角我が殿に御骨折り頂き、良きお話を取り付けましたに……」

官兵衛は、チクリと嫌味を言った。


「おおっ……良きお話とは如何なる事でござるか?」

恵瓊は探りを入れた。


「和睦の条件にござる。当初の条件から割譲を二か国減じ、備中・美作・伯耆の三か国の割譲と清水宗治殿の切腹で如何でござろうか?

我が殿も毛利家が滅亡するのは忍びないと仰せにござる。

その条件であれば、上様に何とか掛け合おうと……」

官兵衛は条件を伝え、恵瓊に合意を迫った。

この条件なら、毛利家中も纏まろうと思ったからである。


「左様でござりまするか……筑前殿には感謝せねばなりませぬな……」


「されば、これで手打ちという事でよろしゅうござるか?」

官兵衛は更に同意を求めた。


「待たれよ……拙僧に決定権はござらぬ。

持ち帰り、左衛門佐殿や駿河守殿にも相談いたさねば……」


「御坊……何のための使者でござるのか?

予め、ご相談も致さぬまま、この陣中に参られたのかな?」

官兵衛は少し焦れて、恵瓊を皮肉った。


「官兵衛殿ご存じのように、家中が割れておるのです。

何卒、ご猶予頂けませぬか?早速戻り談合いたします故……」


「頼みましたぞ。いつお返事頂けますかな?」

肝心なところなので、官兵衛は念押しした。


「それは、なるだけ速くとしか……

拙僧が根回しいたす時間も必要ですし、宗治殿とも……」

恵瓊は、あくまでへりくだって答えた。


「では、遅くとも明日の朝までにお願い致す。

それ以上は待てませぬのでな……」

官兵衛は半ば強引に期限を切ったのである。

恵瓊は、会釈だけすると毛利の陣中へ戻っていったのであった。

だが、内心ではほくそ笑んでいた。此処からが外交僧の本領発揮である。

秀吉の中国大返しはこの時点から狂い始めている……


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