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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
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79話 新たな歴史の始まり

天正十年六月二日

稀代の英雄、織田信長は歴史通りにその生涯を閉じた。

所謂、『本能寺の変』は成功を見たのである。

しかし、その歴史を取り巻く環境は異なっていた。

即ち、21世紀から転生者により、水面下で変革されていたのであった……


時系列は少し遡る。六月二日早暁であった。

明智忍軍の忍びである琴音は、光秀からの書状を携え、大坂の地にいた。

津田七兵衛信澄つだしちべえのぶずみへの使者としてである。

信澄は四国遠征軍の副将として、渡海の準備に入っていた。

取り急ぎの兵五百と共に、大坂城(本願寺跡地)に陣を張り、軍勢の到着を待っていたのである。琴音はその様子を伺っていたのだった。そして、時期を見計らい、陣所に駆け込んだのである。


「私、惟任日向守より、津田七兵衛様への書状を持参いたしました。

火急の用件にござります。この書状を御目通し下さりませ」

琴音はそう言って平伏した。上目使いに周囲の様子を伺う。

陣所は側近と護衛兵以外は見当たらない。横木瓜よこきうりの陣幕がわずかに風を受け揺れていた。琴音は多少緊張しながら、待ち続けていた。


津田七兵衛信澄……織田信長の甥であり、近江大溝城主でもあったが、本願寺が退去した後は大阪と摂津南半の支配を任されていた。信長の実の弟である、勘十郎信行の息子であり、信長に背いた謀反人の子息であったが、幼少だったため生きながらえていた。そんな信澄を信長は取り立て、実の息子よりも好待遇していたのだった。また、当時の有力家臣だった明智光秀の娘を娶り、家中でも重きを為していたのである。


「与三郎……人払いせよ。護衛の兵もじゃ。お前だけが傍で控えておけ」

そう言って、その書状を腹心の津田与三郎に手渡した。

一読するなり、与三郎は唖然とした顔つきになり、人払いを命じた。


「さて、其方は義父おやじ殿のくノ一であろう?

他に何か言っておられなかったか?

此処に記されておる事は真であるのか?

詳しく聞かせよ……」


「はい、書状の内容、私は詳しくは存じ上げませぬ。

ですが、今頃京の都は大変な騒ぎになっておるものと……」

琴音は当たり障りなく答えた。


「この書状には、この謀反はすでに成功した様に書かれてある。

何故そう言い切れるのじゃ?それに、三日後にわしが生害されると……」


「はい、実際にそのような運命になろうかと……」


「兎に角、其方は陣中に控えておれ。

今、この書状を見ただけでは何も始まらぬし、信用できぬ」

信澄は、書状の内容には動転したが、不思議と狼狽うろたえはしなかった。

余りにも驚天動地な内容すぎて、現実感が伴わないでいたのだった。

しかし、書状は間違いなく光秀のものと思われた。


「与三郎、他言無用じゃ。そして、すぐに尼崎に早馬を出せ。

一度軍勢をすぐに出陣できる体制のまま待機させよ。

仮に謀反が真実であれば、三七殿が警戒されよう……」


「ははっ。左様計らいまする……しかし、真でござりましょうや?」

与三郎は半信半疑であった。


「わが義父殿ならば、いざ謀反致せば、上様は討たれよう……

水も漏らさぬ軍略が其処にはあるはずじゃ。

それに三七殿ならば、わしを亡き者にせんとするやもしれぬな。

日頃から、わしに含むところも多かろう?

養父が叔父を討ち取り、従兄が寝首を掻こうとする……

もし事実であれば、織田の家は終わりじゃ……」

寂しそうに信澄はそう語った。



そして、数刻が経過した。すでに正午になろうとしていた頃である。

信澄の陣中に、『信長生害』の事実が伝えられた。

同時に大坂周辺の織田家傘下の武将たち、大坂、堺の町衆にも伝播していった。当然、蜂の巣を突いた様な大騒ぎになり、四国遠征軍は瓦解しようとしていた。

三七信孝、丹羽長秀は共に渡海を取りやめ、大坂に舞い戻り陣を張った。

しかし、寄せ集めに過ぎない信孝軍は逃亡兵が相次ぎ、人数を六千にまで減らしている。信孝は意気消沈し、引き籠ってしまったのだった。

丹羽長秀はこの状況に舌打ちし、善後策を考えていた。

事前に子細を書状で知っていた信澄も、腹に思惑を持ったまま、哀れな信孝を励ましたのだった。信澄はこの期に及んでも、迷っていたのである。

陣所に戻った信澄は、密かに琴音を呼び出した。


「やはり、義父殿の言う通りになったの……

琴音とやら……わしは義父殿の事を尊敬致しておる。

だが、同時に亡き上様に多大なご恩を蒙った身の上じゃ。

今や敵同士となった方々には、共に恩義があるのじゃ。

義父殿にお味方する訳には参らぬ。そう伝えよ……」

一介の使者に、素直な気持ちを吐露したのであった。


「わが殿は、七兵衛様と直接語り合いたいと仰せでした。

何があろうとも、必ず生きてほしいと……

捨て鉢になり滅びよう等と決して思わないで欲しい……

その事だけは、しかと伝えよと申し付かりました」


「成程の……義父殿らしいわ……

わしも一廉の武士もののふなれば、無為に滅びる道は選びはせぬ。

だが、やはり義父殿には……今はお味方は出来ぬ。

某は、自らの道は自分で処す……そう伝えてくれぬか?」

信澄は決断したのだった。そして、琴音はその場を辞したのである。



信澄の元を辞した琴音は、その足で鈴木孫三郎重朝の元へ走った。

大坂城には、信孝軍に随伴して雑賀衆一千が付き従っていたからである。

孫三郎は、瓦解する信孝軍にあって、丹羽長秀から依頼を受けていた。

即ち、恩賞を特別に用意する故そのまま従軍せよと……

長秀としては、蜂屋頼隆はちやよりたかが未だ合流せず、当面の兵力を補いたかったのである。蜂屋勢が合流すれば一万近い兵力となり、明智勢に対抗できるからであった。

そして、頼隆だけでなく、孫三郎を通じて、雑賀孫市・根来衆にも従軍するよう働きかけたのだった。


「おぉ~琴音……久しいの。七兵衛殿は何と?」


「はい。取敢えずは己の道は自分で処すと……」


「ふぅ~~ん。わからん御仁やな……命狙われるんやで?」


「それは注意喚起しましたので、大丈夫かと。

唯、その後どうなさるのか、わかりませぬ」


「まあ、何か考えがあるんやろ……

雑賀が動くとなったら、様子見の蜂屋も旗幟を明らかにするやろ。

そこでやな、親父に遣いしてくれんか?

蜂屋が出陣した時期を見て、岸和田城をぶん取れってな……

そしたら、根無し草になって、コッチ来よるやろ?

そこで、どんでん返ししたるんや。

もし信澄が生き残ったら、当然信孝は追い討ちしよるやろ?

そこで、狙ったる。任せとけ」


「承知しました。すぐに雑賀へ向かいます」

こうして、息つく暇もなく、琴音は雑賀郷へ向かったのだった。

大坂周辺を取り巻く状況は、混沌としていた……


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