7話 画策
安土からの帰路、俺は父光秀と共に御座船のなかにいた。琵琶湖を船で、坂本まで帰るのだ。
水面に浮かぶ船は、あたかも、今の自分のように感じられた。
そうだ……歴史の波間に浮かぶ小船だ。
今は天正八年(1580年)六月……あの日までは二年足らずである。
書物を読み漁り、戦の在り様を秀満叔父や、父の光秀、伝五、庄兵衛などから聞きまくり、それなりの知識は得たつもりではある。
だが、理想とする歴史変革を成し遂げるには、足りないのだ。
そして何より、心の底を打ち明けるべき友がいないのだ。
当たり前だ。「俺が450年後の未来から転生した人間である」と告白すわけにはいかない。
ましてや、言ったところで狂人としか誰も思わないであろう。
ただ一人、『あの男』を除いては……
「父上……十五郎から一つお願いの儀がございます」
俺は改まって光秀に言った。
「なんじゃ?申してみよ」
「某、この戦国の世をもっと知りたいと思うておりまする」
「わしに言わせれば、そなたは十分広い目を持っておると思うがの」
「いえ、まだ足りませぬ。情報の重要さは父上が一番わかっておられるはず……
織田家中はみな、上様の軍略故に盲従するところがござります。
広い視野を持ち、常に情報を得る努力をしておられる方は、父上の他は、羽柴殿以外は浮かびませぬ。他家もまた然り。没落する大名家はみな、影働きを軽視したが故と……某は思うておりまする。源七とその配下の者……某にお貸し下さりませ」
「其方が使いこなすと申すか?」
「はい……某は源七を兄のように思うておりまする。源七も、某を弟のように思うてくれておりまする。
必ずや命を賭して、働いてくれるものと……」
「間者というものは、情を以って使うものではないぞ?」
「はい、ですが、源七は違うと思いまする。源七は、父上の事を実の父のように思うておりまする。
必ずや、期待に応えるものかと思いまする」
「…………」
光秀は腕を組んで瞑目した。
光秀にとっても、源七含め甲賀組の面々は無くてはならない存在なのだ。
「わかった。源七とその配下四名をおまえの配下に与える。
源三他、他の面々は今まで通りわしの影働きをやってもらおう」
「有難き幸せ……必ずやお役に立てるよう粉骨致しまする」
「堅苦しいことを言わんでもよい。おまえは我が跡取りじゃ」
「だが、一つだけ伝え置く。今まで通り、お前の得た情報は隠さずワシに伝えよ……それが条件じゃ。よいな?」
「はい、お約束いたしまする」
父に嘘をついてしまった……
まだ今は父に話せないことを、俺は探ろうとしているのだ。
そう、諸国の人材を発掘すること。それは、淡い期待を抱いている俺と同種の人間……未来から転生した者を探し出すということなのだ。存在する根拠がある訳ではない。だが、あの時同じ場所で死を迎えた者達……何某かの非科学的力が働いて、俺をこの時代に転生させたのであれば、他の者もこの時代の何処かにいる。そんな気がするのだ。
◇
数日後、他国から戻った源七を呼び出した。それも人目を避けた坂本城下の外れにある、とある豪農の空家である。
俺は庄兵衛の目を盗んで、屋敷から抜け出してきたのだ。
「若殿……困ります。庄兵衛殿から私が叱責を受けまする」
「固いことはなしじゃ、源七……実は父上から、お前たちを我が配下にとのお許しを頂いた。以後よしなに頼むぞ?」
「まことでござりますか?いや、しかし左様な事が……」
源七は信じられぬと言った面持である。
「まことじゃ。今後はお前達に影働きを頼み入る」
配下の四名は目を白黒させているが、無言である。
「わしの心根を包み隠さず申す故、力を貸してほしい」
「若殿のためならば、某、死をも厭いませぬ。その心根をお聞かせ下さりませ」
「父上には、より多くの情報を他国から得るためと言っておる。
じゃが、それ以外にもう一つ、人を探したいのじゃ。
何でもよい、普通では考えにくい技能を持つ者……わしのように神童などど噂されるような変わり者じゃ」
「配下にせよとは言わぬ。その者の素性、何処に住まうのか、どういった変わり者なのか……それが知りたいのじゃ」
「何と……影働きとはまた違った役目にござりますな?承知いたしました。これより日ノ本をくまなく探しまする。どこまで拾えるかはわかりませぬが」
「源七、頼み入る……弥一、疾風、初音、琴音……お前達も頼み入るぞ?」
こう言って俺は頭を下げた。
「承知……」皆が一斉に唱和し、風のように消えていった……