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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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71話 甲州風雲前夜

天正十年五月十七日


光秀は、急遽信長に呼び出された。饗応役罷免の件であることは、予め聞いていただけあって、心の準備は出来ていた。信長はいつものように胡坐をかいている。

その横では、森蘭丸成利が大きな扇で風を送っていた。

初夏にしては、かなり暑い日であった……


「上様……お召しにより参上仕りました」


「うむ。家康の饗応役……大儀であった。

だが、その任を解く……中国への出陣を命ずる……

ハゲネズミが泣きついて来おっての……手に負えぬらしい

先に行って、ヤツを助けてやれ。精々励むがよいぞ……」

信長は澱みなく語った。


「ははっ。ですが、三河守殿への接待は如何相成りましょう?

某に不手際でも?」

光秀は尋ねた。


「だから、申したであろう?秀吉への援軍が必要なのじゃ。

饗応役など誰でも勤まろうが……見事中国を切り取って見せよ……

出雲・石見は切り取り次第と心得よ……励めよ……

丹波と志賀郡は召し上げる故……」

いとも簡単に信長は言ってのけた。

二か国切り取り次第は、確かに出世ではある。だが、心血を注いで治めてきた丹波・志賀郡を召し上げるのは厳しい話で合った。光秀自身は聞いていたこともあり、然したる衝撃は無かったが、家中の動揺が大きい事は容易に想像できた……


「ははっ。誠心誠意励みまする……では……」

光秀はそう述べて、席を立った。


「キンカン……ワシも後で見分のため出陣いたす。

それまでに、毛利が屈服すれば良いの……ワハハハッ……」


光秀が去った後、森蘭丸は信長に語り掛けた。

「上様……日向守殿への仕打ち……少し酷ではありますまいか?

差し出口を致しますが……」


「いや。あれでよい……あやつには更に上を目指す気概が無ければの……

内裏との繋ぎごときに、あやつを遊ばせるのは勿体ないのよ。

そのような事は春長軒に任せればよい。

それにな……わしは明智光秀という男をもっと評価しておる。

中国二か国などは、取敢えずの事よ……

いずれは、九州を与えるつもりよ……唐入りのためにな……

それにな……あやつの跡取りは我が婿じゃ……」


「上様はそこまでお考えでしたか……

某の不明を恥じるのみでございます」


こうして、光秀は一度安土を離れ、坂本に帰還した。

中国出陣の準備他、やるべきことが多かった。

内密の事も多く、まずは明智忍軍と長安を呼び、擲弾兵部隊の創設と訓練を指示した。そして、源七の配下で事情を知る三名を呼んだのである。


「その方等は、十五郎より、すべてを聞いておるとの事……

特別に任務を与えるが良いな?」


「はっ。この時を待っておりました。何なりとお申し付けを……」

弥一が答えた。


「では申し付ける……弥一は配下と共に、変の後、徳川殿の討伐をしてもらう。今はまだ伝えておらぬが、源三の組と協力して成し遂げてもらいたい。困難な任務であるが、頼むぞ……

だが、相手も人数がおろう?命は粗末にせず、すぐに撤収する判断もするのじゃ……よいな?」


「承知……必ずや……」

弥一が答えた。


「疾風には、瀬田橋を落そうとする山岡勢を討ち取ってもらう。

源八と源九の組と共にな……手榴弾を使った攻撃で奇襲せよ。

上手く討ち取れれば、瀬田橋を確保するのじゃ。

暫く辛抱すれば、左馬助の軍勢が向かおう。何としても成し遂げよ」


「承知……一命を賭して……」


「最後に琴音……大坂に潜伏し、変の直後に七兵衛に次第を伝えよ。

三七殿に命を狙われること、伝えるのじゃ……

わしが書状をしたためる故、持参してもらいたい」


「承知いたしました……」


「皆、わしの一世一代の仕事である。頼み入るぞ……

そして、命を粗末にせず、必ず生きて戻れ……よいな?」


「ははっ。我ら日頃の恩に報いる時。必ずや……」

疾風が勢いよく答えた。


そして、それぞれが自身の配下と準備に入ったのである。




同じ頃、上州岩櫃では、真田安房守昌幸と二人の息子達、そして武田信勝が話し合っていた。計画間近であり、方策を打ち合わせるためである。


「信勝様……時期も迫って参りました。武田家再興の時にござる」

昌幸はそう語った。


「盾無は無くなりましたが、風林火山の旗を密かに作ってございます。歴史上では信長生害の後、滝川殿は北条に敗れ、河尻殿は武田旧臣の一揆にて落命いたします。その時こそ、信勝様がこの旗を掲げ、甲斐武田の復活を宣言為されませ……

武田旧臣は挙って馳せ参じましょう。

我ら真田が全力を以ってご後見仕ります……」

源三郎が方策を語った。


「安房守、源三郎……それに源次郎も……

わが武田に対する忠義、お礼の申しようも無い。

この上は、不肖ながら精一杯努めよう……

また、源三郎の申す、未来の歴史のため、明智と同盟し尽くそうではないか……そもそも一度は滅びた身の上、お家を再興出来ただけで本望……

安房守を父と思い、努める所存。力を貸してくだされ……」

信勝も、武田再興を誓った。


「では、具体的な手段ですが、恐らく当面の敵は北条と徳川になりましょう。当然ながら、対抗できませぬ。そこで、上杉家との間に甲越同盟を復活させまする。

ここは、未来知識を最大限に利用させてもらいます。

まずは、魚津城です。六月三日に落城する予定ですが、此処に潜入し、落城前に十三将に『本能寺の変』を知らせるのです。信長生害が柴田軍に伝われば、すぐに兵を引くはず。

少し延命すればよいのです……

この仕事は、横谷左近に頼みます。

そして、柴田軍が引き上げた時期を見計らい、春日山に使者を送ります。源次郎に頼みたい……できれば、魚津城将の口添えもあれば、尚良いでしょう」


「兄者……景勝殿は、養父謙信公譲りの義に厚い人物と聞き及びます。また北条や徳川との取り合いを考えれば、損な取引ではないはず……

必ずや、ご後援頂けましょう。ご安心召されよ……」

源次郎が請け負った。


「よし、ではワシは武田旧臣の動きを掴もう。

すでに北条や徳川に召抱えられた者もおれば、いずれは利用価値もあろう?」


「安房守殿……某のような名籍だけの若輩に、旧臣達は従ってくれましょうや?

世知辛い戦国の世で、そのように上手くいきましょうか?」

信勝が心配そうに言った。


「若殿……信勝様は今は名籍だけやもしれませぬ。

ですが、信玄公、勝頼公が築き上げた武田の家は、捨てたものではありませぬぞ……我が真田が根回しは整えます故お任せあれ……名と実が伴えば、皆喜々として従いましょう……」


「わかった。頼み入るぞ……その方等だけが頼りじゃ……」


「勝算あればこそ、信勝様に生きて頂いたのです。

絶対に後悔はさせませぬ故、お信じ下さりませ……」

源三郎は信勝を励ました。


こうして、甲斐周辺でも歴史が動こうとしていた……







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