70話 英傑達の宴
天正十年五月十五日
俺は、讃岐に陸路で到着した。四国の辻である白地城を経由してである。
白地城は、大幅に縄張りが強化され、拡張されていた。
此処を拠点にして、元親は四国統一を目論んでいたのだ。
途中まで、出迎えが来ていた。
弥三郎の弟である、香川五郎次郎であった。
「御初に御意を得ます。香川五郎次郎親和にござります。
実は、父と兄からお聞きしております。
極秘事項とのことですが、ご安心下さりませ‥‥‥」
「明智十五郎光慶にござります。それを聞いて安堵いたしました。
お世話になりまする‥‥‥」
「大望を叶えるため、危険を厭わず邁進される姿‥‥‥
某も憧れます‥‥‥配下や養父には、未だ明かすわけには参りませぬが、某が万端整えますのでご安心を‥‥‥讃岐水軍の小早にて、お送りいたします。
頭領の山地九郎左衛門には、言い含めておりますので、直々に出向きましょう。頼りになる男ですし、万一見咎められても、毛利や塩飽水軍に伝手もあるので何とかなります」
「左様ですか‥‥‥甘えます。良しなに‥‥‥」
「まだ日はありますが、天候と対岸への警戒を見ながら渡海日を決めますので、それまでは、某の屋敷にてお寛ぎ下さりませ‥‥‥では、参りましょう」
こうして俺は、五郎次郎の屋敷に招かれたのである。
だが、外に出る訳にはいかぬし、結局、源七や五郎次郎と色々話しながら過ごす事になったのだった。それはそれで、楽しい時間ではあったが‥‥‥
同じ頃、安土では二人の英傑が相対していた。
未来では、戦国三英傑の内の二人である……狭い部屋で二人……
旧交を温めるように座っていた。
「上様……甲斐武田を平らげた由、改めておめでとうござります。
残すは西国のみ……天下布武も半ば完成したも同然。
また、駿河一国拝領の儀、改めて有難く……」
家康は恭しく礼を述べた。
「竹千代……思えば、このような日を迎えるとは思わなんだのぅ?
あの頃は、わしは尾張すら統べておらなんだ。
お前は……今川家の人質の身……
それが今、手を携えて天下を我が物にしようとしておる。
時の経つのが、これ程早いとはのぅ……」
信長は敢えて、家康の幼名を使った。
魔王たる信長でも、感傷的な気持ちになる事もあるのであろうか……
「吉法師様……思えば、かの田楽狭間がすべての始まり……
某も、耳を疑ったものでござる。お聞きしたかったのですが、あの時……本気で勝てる確信はあったのですか?某なら、籠城致したかもしれませぬ」
「籠城すれば勝てるのか?延命されるだけであろう?
ワシも勝てるとは思ってはおらなんだ……
だが、籠城すれば確実に負けよう?
一世一代の勝負を打ち、偶々勝てただけの事よ……
が、今にして思えば、その偶然が何度となくワシに起きておる。
金ヶ崎の退き口でも然り……三方が原の時もそうじゃ。
信玄坊主が遠行するなど、誰も思わぬであろう?
勝つべくして、勝を得る戦など、ここ最近の事よの?
最近ワシは思う……天が味方しておるのよ…………
天が、日ノ本の主になれ……とな……そうとしか思わぬ」
信長は独り語った。
「確かに……吉法師様の強運は天が味方したが如し……
某もそうとしか思われませぬ……」
「うむ。そして……
日ノ本の天下を制すれば、次は唐の国の天下を統べようと思う。
その次はエウロパよ……幾百の天下を制するのじゃ……
天下は一つではないと吹きおった者が居っての……
その者と共に日ノ本以外の天下を統べると誓ったのじゃ……
面白いであろうが……ワハハハハッ」
「幾百の天下と……そのような事を申す者がおるのですか?
某も一度語りおうてみたいもの……」
「で……あろうが?それも年端もいかぬ童よ……
世の現実などわかっておらぬ者よ……
だがの……そのような壮大な気宇を持たねば、日ノ本の天下すら統べられぬ。
人は皆、目先の事ばかり考えおる。我が家臣にしてもそうじゃ。
だが、そのような事を吹聴する童が居るだけでも嬉しいものよ……」
「その童とは何者でござりますか?」
「ふんッ……日向守の小倅よ……明智十五郎じゃ。
来年には、わが婿になりおる……
日ノ本以外の天下を、ワシと一緒に寝とりたいそうじゃ……ワハハハッ
面白いであろうが?」
「確かに……面白うござる。
しかし、日向守殿のような生真面目な御仁の子息に、そのような変わり者……いや失敬……気宇の壮大な者が生まれるのですな?これまた不思議な事……
これも、天が与え給うた奇跡でござるな……」
「で……あろうが?あやつは現世の人間では無いように思うのよ……
神童なんぞと、昔から噂されておったらしい。
見た目には、優男にしか見えぬがな……
だが、このワシの前で大法螺を噴く度量は見上げたものじゃ……
そこが気に入って、婿に貰うのよ……
ワシの息子であったらの……と思う事しきりよ。
信忠には、日ノ本の天下を与える……そして……
ワシは日ノ本以外の天下を征服する。面白いであろうが?
で、竹千代には、信忠と共にまずは日ノ本を治めてもらいたい。
あやつに力を貸してやってくれ。お前が居れば安心よ……」
「ははっ。某の全力を以って、信忠様を盛り立てましょうぞ……」
「うむ。頼み入るぞ……」
こうして家康は信長との会見を無事終えたのである。
そして、贅を尽くした宴が催されたのだった。
「日向守殿……斯様に贅を尽くした接待……お礼の申しようもござらぬ」
家康は、正直に光秀に礼を述べた。
「三河守殿、某も慣れぬ仕事にて、至らぬ事多いはず。
最後まで、誠心誠意努めます故、ごゆるりと過ごされよ……」
光秀も、こう応じた。
「有難い事……ゆっくりさせて頂きまする……
して、先般上様と昔語りなどいたしました。
上様は、ご子息の事、しきりに話しておいででした。
余程気にかけておいでのようですな……
これで、御家も安泰にござりますな?」
「いえいえ、あれは少々変わり者でして……
容易に人様に会わせるのが、気が引けまする。
そこが、上様のご興味を引いただけかと……」
光秀は内心、冷や汗をかいていた。
「左様ですかな?上様の人物眼は確かと思いまするが……
また、一度お引き合わせくださりませ」
「はい。機会がありますれば是非……
三河守殿のような武将に育ってほしいもの……」
「何の……某などは上様の御威光でここまで来れただけ。
日向守殿こそ、上様の天下布武へのご貢献多大でござろう?
某の倅共にも、爪の垢煎じて飲ませたいくらいでござる」
「何にせよ、今後も力を合わせましょうぞ……」
こうして、光秀は家康との会話を終わらせた。
多くを話すと、何かを見透かされそうであったからだ。
だが、二日後、歴史通りに光秀は饗応役を罷免されることとなる。
秀吉からの救援要請が届いたからであった……




