6話 謁見
近江坂本城内の一角から、気合と歓声が沸き上がっていた。
久々に叔父上とお会いできたのだ。叔父とは他でもない。
明智家中随一の勇将、「明智左馬助秀満」である。
俺は歴史的事実として、彼の事を知っていた。色々な文献で。
そして、脚色された小説や、はたまたゲームの世界で……
若いころは憧れたものだったのだ。それが転生した今の時代において、自分の身近に、しかも叔父として此処にいるのである。
「十五郎……しばし見ぬうちに腕を上げたではないか?」
正直な性格の叔父は、素直に俺の剣術の腕を褒めてくれた。
家中でも一、二を争う腕前の秀満から、1本だが、勝てたのだ。
「はい、叔父上……某も嬉しゅうございます」
「それに背も伸びたのーー?真っ黒に日焼けまでしやがって……
まあ、1本でも取られたのは悔しいが、嬉しくもあるなぁ。
囲碁やなんかではすでに勝てんからのう」
秀満は、屈託のない笑顔を作って見せた。
俺が知る歴史的事実以上に、この叔父は好漢なのである。
「それはそうと、殿もそろそろ安土から戻られるのではないか?
わしも愛妻が待っておるから、お暇しようかの……ハッハッハ」
「姉上をよろしく頼みます。十五郎からこれを……」
俺は城下で買った、螺鈿の装飾の櫛を秀満に渡した。
「おっ……食えぬヤツめー ありがたく貰っといてやる……
ではな?明日にでもお伺いすると殿に伝えといてくれ」
そう言うと、万事に行動の早い秀満は愛馬にムチを入れて駆け去っていった。
前後するように、光秀の近習が俺を呼びに現れた。
「殿がお戻りになり、至急若殿をお呼びです」
「おかえりなさいませ……父上」
俺は、当たり障りなく告げた。
「うむ……」
「何かお悩みでもおありですか?」
「……」
「父上……如何なされました?」
「十五郎よ、よく聴いてくれ。安土で上様にお会いしたのだが……」
「上様が、おまえも登城させよと……おまえの噂を聞いて、興味を持たれたらしいのだ。
この意味がわかるか?」
俺は父のいう意味が、なんとなくわかった気がした。
「それで、私は如何相成りましょうや……」
「上様のお召しとあらば、行かねばなるまい……
これは戦と心得よ。よいな?」
父の心根は痛い程わかる。しかし、対処のしようがないのだ。
呆けたフリをすれば、廃嫡せよと言われるかもしれぬ。
また、噂通りの神童と思われれば、下手をすれば命がないのだ。
だが、俺の腹はすでに決まっていた。
上様に対し、取り繕ったところで無駄であると……
どのようなことを聞かれるかわからないが、思うところを披瀝するしかない。
ただし、「未来の事」は一切秘すこと……
◇
数日後、俺は安土に到着した。
といっても、近江坂本からは指呼の距離である。
坂本城の水郭から、船で数刻なのだ。
「本当に巨大な城だ……」俺は思わずため息を漏らした。
それに、城下で行き交う人々の熱……
如何にも日ノ本の中心という感じだ。京の都より、ある意味賑わっている。
そして父と共に登城し、謁見の間に通された。
信長はいつものように胡坐をかき、上座に座っていた。
傍らには小姓の「森蘭丸成利」が、無表情に控えている。
無表情だが眼だけが異常に鋭く、獲物を狙う鷹のようだ。
「お召しにより参上仕りました。
惟任日向守が一子、十五郎光慶にござりまする」
「面を上げよ……」
俺は素直に信長に向き直った。
「キンカンには……あまり似ておらぬのう?
噂通りの武者ぶりじゃ……ハハハッ」
「痛み入りまする。某などは、未だ初陣もせぬ若輩にて……」
「阿呆がーー!合戦なんぞは、天下を統べるための一つの方便に過ぎんわ」
「ははっ……某の不明を恥じるのみにて」
「ところで、十五郎よ。その方に、いくつか尋ねたい事がある」
「何なりと……」
「巷の噂では、その方は神童と呼ばれておるそうだの?
わしの耳にも届いておるぞ……だが、わしは巷の噂なんぞ信用せぬ。噂を利用はするが……な?」
怖い……マジで恐ろしい……やはり信長は常人ではない。
「そなたは、予言めいた事をキンカンに助言し、それがほとんど的中するそうだの?
ハゲネズミから聴いたが、家中の家老どもまで知っておるぞ?
で……それは何故じゃ?何故先の事がわかる?」
「某は、先の事などわかりませぬ。人より書物を読み、父より、戦の談義を聴き、見様見真似で碁盤に碁石を置くがごとく、遊んでおる次第にて。
それに尾ひれが付き、上様のお耳に及んだ事と……」
信長の顔つきが、いつの間にか変わっていた。
心の奥底を見通すような眼だ。
そして、声色を変えて言った。
「十五郎よ。心して答えよ……命を賭けて……な?
日ノ本は……天下とはどうあるべきか?
日ノ本に住まう一人の人間として如何に?」
漠然とし過ぎていて、どう答えたらいいんだ?
俺は自分の考えはとうにできている……「あるべき天下の形」
しかし、どうあるべきかと問われると、事の善悪を含めて自信がないのだ。
なぜなら、歴史を変革しようと画策しているのだから……
しかも、そのことにより多くの人が死ぬかもしれないのだ。
だが、答えねばならない。
「上様のご下問の真意はわかりませぬが、僭越ながら、某の考えを……
天下とは、日ノ本の天下と言えばそこが天下であると言えましょう。
ですが、某は天下が「ひとつ」とは思うておりませぬ。
上様の傍らの地球儀が如く、日ノ本以外にも、唐の国、伴天連……
様々な国があり、人々がおりまする。
幾百の天下がこの世には存在し、そして、まだ見たこともない土地がこの世にはあるのかと……また人々も。
ですから、天下のあるべき姿も幾百もあるのかと……思いまする」
自分でも話していてわからなくなってきた。伝わるのか?
「ワッハッハハ……天下は無数にあると申すか?
面白いのーーー!キンカン?おまえの息子は。
キンカンよ、十五郎をわしの馬廻りにくれぬか?」
「はっ、いや……ははっ」
光秀は冷や汗をかいている。
「上様……僭越ながら、お願い申し上げまする。
某、一刻も早く戦場にて、父を助け、上様に、まずは日ノ本の「天下様」になって頂きたく……粉骨し、働きたく存じまする。
そして、日ノ本以外の天下を征服するあかつきには、上様の御側にてお仕え致したく……」
「……」
信長は無言である。
斬り捨てられるか?とも思ったが、常人では及びもつかない目つきで俺を凝視している。
「天晴じゃ……十五郎よ……ワッハッハハ……
だがの?わしは日ノ本すら統べておらぬ。ましてや今の日ノ本では、わしが思い描く天下の在り様は無理じゃ」
「十五郎にはわかるであろう?答えずとも良いが……な。
まあ、キンカンを助け、せいぜい励むがよい。
今日は楽しかったぞ?大儀であった」
信長はそう言うなり、立ち上がり、大きな足音をたてて退出した。
俺は平伏したまま、それを見送ったのだった。