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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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67話 朝廷の思惑

俺が土佐に向けて旅立った五月六日、近江坂本城に来客があった。

神祇管領の吉田兼和である。光秀は茶室にて出迎えたのだった。

光秀は思った……何やら深刻な面差しである……と。

長年友誼を温めただけあって、その辺りの機微を心得ていたのだった。


「神祇管領殿……何度もお運び頂き恐縮にござる。

して、また京で何やらございましたでしょうか?」

取敢えず、光秀は話を振ったのだった。


「日向守殿……実は内裏において、重大な路線変更があるやもしれぬ」


「……と申されると?」

光秀は思いの他緊張した。


「内裏の思惑は……信長殿とは相容れぬという判断です」


「その場合、如何相成りましょうや……」

光秀は問いただした。


「日向守殿だからこそ申し上げます……

内裏は信長公に対し、あらゆる手段を以って対抗致しましょう。

まずは、人物を見定め、信長公のお命を狙う……考えに……」

兼和はついに方策を吐露したのだった。


「それを某に……という事でござろうか?」


「これ以上は申し上げられませぬ……

ただ、もしそのような人物を推挙せよと言われれば……

日向守殿を挙げましょうな……」

兼和はさすがに公家らしく明確な言質は与えなかった。


「して、仮に上様を討った者が現れた場合、内裏からはその後ろ盾を頂けましょうや?それが重要に思われますが……」

あくまで第三者的に光秀は問いただした。


「おそらくは……

しかし、日向守殿……今から申し上げる事は友人としてでござる。

恐らく内裏は事の成就があったにせよ、その権力が強く、また内裏の思惑と一致せねば、容易に権威の後ろ盾を与えますまい……そこが狡猾なところでござります。

お察しいただけぬか……」


「はい……某もお答えは致しかねまする……事が重大にて……」


「お気持ちはお察しいたします……されど……

内裏は他にも斯様な話……致しておりましょう……

恐らくは、今備中におられるお方……」


「何と……」

光秀は冷や汗が一気に噴き出した。


「という事は、そのお方にも某への話が筒抜けと?」


「恐らくは……近衛殿辺りが絵を描いておられるはず……

あの方は上様とご昵懇にもかかわらず、斯様な謀をしておられます。

人無き世の獣の如きにて……ご注意召されよ……」


「承知致した……」

光秀は答えた。また、兼和の忠告は有難かった。


「上様が京に上られる時が好機に……」


「いえ。某の口からはこれ以上は……」

光秀はあくまで明確には答えなかった。


「日向守殿……期待しておりまする……」


そう言って、兼和は帰っていったのだ……



光秀は一人茶室で瞑目した‥‥‥

秀吉はどう考えるであろうか?あるいは官兵衛は?

おそらく、秀吉がこの機会に上様に謀反するなどあり得ない‥‥‥

するとどうするか‥‥‥

恐らくは、ワシが上様を討つのを待ち、その仇討ちを望む‥‥‥

正に十五郎が言っておった筋書き通り‥‥‥

あるいは、ワシが動かなければ、謀反の疑いありと上様に諫言する‥‥‥

そんなところか‥‥‥

という事は、上様に援軍を要請し、隙を作り、ワシの謀反を導く‥‥‥

成程の‥‥‥そういう絡繰りであったか‥‥‥

望むところよ‥‥‥秀吉の意図が読めた上で敢えて誘いに乗り‥‥‥

そして、天下を統べ、歴史を変える‥‥‥

これしかあるまいな‥‥‥

これが天がワシに与えた使命じゃ‥‥‥

そして、光秀は瞑目から覚めた。

もう迷いはない‥‥‥十五郎‥‥‥これで良いのじゃな?

光秀は遠い南の空を眺めた。この空は土佐へと続いている‥‥‥





光秀が眺めた空ではなく、別の空の元‥‥‥此処は備中高松である。

この日、人を遠ざけて二人の男が語り合っていた。

羽柴筑前守秀吉と黒田官兵衛孝高である。

無論、内裏からの話‥‥‥この件であった。


「官兵衛‥‥‥近衛殿からの話、他に聞こえれば一大事じゃ。

しかし、この期に及んでは歴史が動こうな?」


「はい。只事では済みますまい‥‥‥このような話があった‥‥‥

それ自体が問題に成り得まする‥‥‥」

官兵衛は淡々と答える。


「官兵衛、如何様に処すべきかの?」


「殿‥‥‥殿はどれ程の覚悟がお在りか?」


「うむ。今の時点で上様に弓引く事‥‥‥無理じゃ。

今後いくらでも機会はあろう?上様亡き後でも遅くはあるまい?」

秀吉が思惑を述べた。


「ご明察かと‥‥‥只、これを好機にすればよろしくはありませぬか?」


「どういう事じゃ?」

秀吉が首を傾げた。


「例えばでござる‥‥‥

今のこの状況。毛利とは膠着状態にござる。そこで‥‥‥

そこで、上様に援軍を要請するのです。

「手に負えぬ‥‥‥」と泣き言を言うのです‥‥‥

これは、殿なればこそ出来うる事‥‥‥

上様は嬉々として来援下されましょう。

『ハゲネズミがワシに花を持たせるのか‥‥‥』と思われるはず。

すると如何相成りましょう?」


「上様に隙が生じる‥‥‥という事か?

畿内には誰も主だった軍勢がおらぬ‥‥‥」


「左様です‥‥‥日向守殿を除いては‥‥‥」


「この好機を光秀がどう見るか‥‥‥であるか?」


「ご明察かと‥‥‥お膳立てをすればよいのです。

後は殿が、仇討ちを旗印に‥‥‥」

官兵衛が不敵な笑みを浮かべた。


「じゃが、光秀が動かねば何とする?」


「その場合は、内裏を取り巻く陰謀が存在する旨、上様に申し上げればよいかと……日向守殿への話は、神祇管領殿を通してのはず。恐らく日向守殿は上様に何も申し上げますまい。

どちらにせよ、我らにとっては渡りに船の話にて……」


「なるほどの……わしと上様の関係でしか、言えぬという事か?」


「左様です。そしてあらゆる布石を打つべきかと……

まずは、畿内までの街道を急ぎ普請させまする。

上様をお迎えする名目にて……

そして、亀山から京を三左に監視させまする。

逐一状況を報告させるのです……

更に、毛利に対しては厳しい条件の和睦を提示致します。

事が起これば条件を緩め、早期の和睦を約す……

もちろん、毛利への使者を徹底して捕らえることも肝要ですな……」

官兵衛の頭は高速回転し、迅速に策を編み出した。


「さすがは官兵衛じゃ。して、畿内へ戻ってからの方策は如何する?」


「そこが難しい処……状況を見てからしか判断致しかねますな……

信忠様の生死がわからねば……

ですが、どちらにせよ、表立ってはご子息の方を旗印に仇討ちを……」


「うむ。日向守ほどの男なら、仮に謀反致さば信忠様も生きておるまい。

片腹痛いが、三七殿を立てるしかあるまいの……

まあ、返って都合が良いかもしれぬがな」

秀吉も見通しを語った。


「そして、上様生害の事実が分かり次第、多方面に書状を……

予め準備して下さりませ。一時が惜しゅうござります」


「相分かった。差配は官兵衛に任せよう……」


本能寺の変まで一月……水面下では駆け引きが錯綜していた……




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