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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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63話 日ノ本の未来のために‥‥‥

天正十年四月二十五日

近江坂本に戻った光秀は、予想通り多忙を極めた。

甲斐武田を制した今、朝廷との間において水面下での駆け引きが待っていたからである。現在、散位となっている信長に、どのような官位を与えるか‥‥‥朝廷は悩んでいたのだ。

いや、そればかりではない。抑々、信長が官位を有難く受けるかどうか‥‥‥という懸念もあったからである。少なくとも光秀はそう感じていた。


安土に戻った折に、光秀は信長に呼び出された。

数日前の出来事など、まったく無かったかのように信長は振舞った。

勿論、信長なりの気遣いと、言えなくもない‥‥‥

その時に、信長が語った言葉‥‥‥

「わしはの‥‥‥官位など有難いとは思わぬ。

そのような物は、実力の無い者が有難がる見掛け倒しよ‥‥‥

覇者たる者に、見せかけの権威など不要じゃ‥‥‥

関白だろうが、将軍だろうが、所詮、内裏の家来ではないか?

わしは自らの力によって日ノ本を治める。天下布武とはそういう事よ‥‥‥」


光秀は、耳を疑った。確かに含蓄のある言葉であったが、信長にしか吐けない言葉であると理解したからだ。上様は、最早、「帝の権威など必要としていない」それが決定的になった瞬間でもあった。



そして、懊悩する光秀の元を、親友の吉田兼和が訪れたのである。

来訪の意図はすぐにわかった。「探り」を入れに来たのである‥‥‥

朝廷の思惑は‥‥‥「三職推任」である。これしかないと思えた。

光秀は、信長の意図を正直に伝えた。

「どの職も、お受けにならないかもしれませぬ‥‥‥」

兼和には正直に、そう答えたのだった。

それを聞いた兼和は、意気消沈して帰って行ったのだった‥‥‥



俺は、父光秀に呼び出された。坂本城の茶室である。

春の日差しは柔らかく、先日までの戦乱の痛みなど消え去りそうな緩慢さに支配されている。人間界の阿鼻叫喚など知らぬ程に、鳥はさえずり、花は咲き誇っていた。

俺は、父光秀に、すべてを打ち明けるつもりでいた。

何度も悩んでいた時期もあったが、今は告白できる気がしていた。

それだけ、大人になっていたのかもしれないし、戦国の世にどっぷり浸かり、感覚が麻痺していたのかもしれない。だが、もう逃げる訳にはいかなかった。


「父上‥‥‥初陣が叶い、ホッとしました‥‥‥」


「うむ。立派に一人前になったものよ‥‥‥

この時代では、大人になったと言う事じゃ‥‥‥

お前のいた世界では知らぬがな‥‥‥」


俺は、心臓が張り裂けそうであった‥‥‥

父の言葉が、「すべてを見通している」と悟ったからだ。


「父上‥‥‥何故‥‥‥そう思われます?」

俺は、そう言うのが精いっぱいだった。


「今だから言うのじゃが‥‥‥ずっと思っておったのじゃ。

人が‥‥‥子供とはいえ、あれほど急に変貌などするものか?

わしは、宗教など信じぬし、信心深くもない‥‥‥

だが、あり得ぬことが起こった事を現実に見ておる‥‥‥

お前を見ていて、そうとしか考えられぬからじゃ‥‥‥

お前はわしの嫡男‥‥‥十五郎光慶じゃ。そう思っておる。

だが、中身は来世から生まれ変わったのであろう?

でなければ、説明がつかぬ‥‥‥違うか?」

光秀は、まさに十五郎の胸中を射抜いたのである。


「父上‥‥‥父上、申し訳ありませぬ‥‥‥

ずっと申し上げるか悩み、今の今まで、お伝えできませなんだ‥‥‥」

俺は涙が込み上げた。中身は二十七歳の大人であるはずなのに‥‥‥

子供のように、拳を握りしめ、泣くことしかできなかったのだ。


「辛かったであろうの‥‥‥泣けば良いのじゃ。

わしには、弱い自分もさらけ出せばよい。

それが親子というものじゃ‥‥‥十五郎‥‥‥

わしも謝らねばならぬ‥‥‥そう気づいていながら‥‥‥

おまえに聞くのが恐ろしかったのじゃ‥‥‥すまぬ‥‥‥」

光秀の両目からも涙が零れ落ちた‥‥‥


「父上‥‥‥某は‥‥‥歴史を知っているのです。

それ故‥‥‥それ故、怖かったのです。

ですが、語らねばなりませぬ‥‥‥日ノ本の未来のために‥‥‥」


「うむ。わしも覚悟致そう‥‥‥

聞かせてくれ‥‥‥日ノ本の歴史を‥‥‥包み隠さず‥‥‥」


「はい。では長くなりますが申し上げます。

某は、今から445年先の未来の日ノ本で死を迎えました。

おそらく世界中を巻き込んだ戦禍によって‥‥‥

その時は22歳の成人だったのです。

名前は『明智恵介』と言います。

未来での父から聞いた話ですが、明智の縁者だったらしいのです」


「成程の‥‥‥わしの子孫という事じゃな?」


「わかりませぬ‥‥‥自称の類かもしれませぬし‥‥‥

で、歴史を話そうと思います。

酷な内容かもしれませぬが、隠さず申し上げます。

実は、天正十年は、日ノ本の歴史において、大きな転換点となった年なのです。

六月二日、上様は亡くなられます。

京都本能寺において、父上の謀反によってその生涯を閉じるのです」


「そうか‥‥‥続けてくれ」


俺は驚いた‥‥‥予想外に冷静な反応だったからだ。


「上様、信忠様を討ち取った父上は、京の都を制圧し、瞬く間に安土を攻め、近江を制圧いたします。朝廷からも京の守護者たることを認められますが、その後は苦戦致します。

それは、二つの誤算があったからです。

一つは、期待していた細川家・筒井家が味方になりませぬ。

日和見に転じて、動かぬのです。

もう一つは、羽柴秀吉の動きです。当時は備中高松城にて、毛利と対峙しているのですが、神速の撤退によって、数日で畿内に戻るのです。

その頃父上は、河内、摂津は手つかずで、河内衆や摂津の組下大名の去就に影響を与えられませぬ。皆秀吉を恐れていたのです。

そして。兵力的に不利なまま決戦を迎えるのです。

未来の歴史では、六月十三日の『山崎の戦い』と言われるものです。

内蔵助殿らが善戦しますが、兵力差が大きく、父上は敗北致します。

父上は、勝竜寺に撤退し、その夜に坂本目指して脱出するのですが、道中の小栗栖において、落ち武者狩りに会い落命致します。

その後、坂本にいた某、十次郎、母上も自害致します。

未来の歴史では、それが明智家の運命なのです」


「なるほどの‥‥‥過酷な結果を伴うのじゃな‥‥‥

で、その後の日ノ本はどうなるのか?」


「はい。父上が逆賊として秀吉に討ち取られた……この事実を盾に、織田家中においての後継者争いで、秀吉が幅を利かせることになります。

秀吉は、三法師様を後継者に推し、家中を牛耳ろうと致します。

そこで、柴田様と対立が深まるのです。結果、一年もしない間に大きな戦になるのです。「賤ヶ岳の戦い」といわれるものです。そこで柴田様は敗北し、越前北ノ庄において自刃し、滅亡いたします。

結果として、秀吉は上様の後継者の地位を確立するのです」


「成程の……同じ家中で浅ましき事を……

しかし、戦乱はずっと続くのじゃな……」


「はい。ずっと日ノ本は落ち着きませぬ。

此処から、秀吉の天下統一事業が始まるのです。一番の対抗馬は「徳川殿」です。

畿内の戦乱を横目に、甲信で確実に領土を広げ、勢力を増します。

そして、ついに秀吉と対決するのです。

「小牧・長久手の戦い」と言われるものです。しかし、ここでは勝敗は付きませぬ。結局、秀吉は徳川殿に人質を送り、譲歩した結果、やっと徳川殿も臣従するのです。

そして、四国、九州を従え、最後は北条を屈服させ、八年後にようやく天下統一を果たされるのです」

俺は、一気に日ノ本一統の歴史を語った。


「そうか……」

光秀はそう呟き、茶室の天井を見あげた。そして言ったのだ……


「十五郎……お前は445年後から転生したのじゃな?

随分と長い間の歴史を知っておるはずであろう?

話してくれぬか……日ノ本の歴史を……」

真剣な眼差しでそう言ったのだった……




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