5話 第六天魔王
いよいよ信長様のご登場です。
天正八年(1580年)六月二日
ここは、何とも見晴らしの良い部屋である。
眼下には、琵琶湖の雄大な景色が一望された。
欄干に手をかけ、景色を見たままその男は光秀に語り掛けた。
「キンカンよ……長宗我部との交渉はどうなっておるか?」
「はい……某の被官である内蔵助の縁者が、元親殿に輿入れしておりまする。
その縁を頼り、石谷兵部を遣わそうかと。必ずやよい返答を得られるものと……」
「フッ……で……あるか?励むがよい……期待しておるぞ……キンカンよ」
そして、徐に光秀に向き直り、胡坐をかいた。
およそ日ノ本で「最も天下に近い男」の所作とは思えない。
そう……かの男こそ、「第六天魔王」と揶揄される、織田信長である。
「キンカンよ……そちの息子……なんといったかの?
神童とか噂されとるらしいのう?
ワシの耳にも聞こえておるぞ?近いうちに連れてまいれ」
光秀は背中に冷や汗が流れるのを自覚した。そうなのだ……上様は、神のごとき軍略をもって、日ノ本を席巻している。
もちろん光秀も、この信長に自身の飛躍を賭け、そして現在のところ、昇龍のごとき出世をしているのだ。
家柄が重要視されるこの時代にあって、上様は能力主義を貫き、貴賤を問わず重用なされる。
元々、浪人だった自分しかり……貧農の出自である羽柴秀吉しかりだ。
しかし、同時に嫉妬深い性格でもあるのだ。理由はわかりきっている。
上様は天才であるが、跡継ぎに恵まれないのだ。
もちろん、跡継ぎにふさわしい能力を持った後継者という意味である。
そこに光秀の危惧があったのだ。
しかし、拒否できないことも、当然理解していた。
「はっ、まだ不肖の息子でございますが、上様に拝謁が叶うとは、望外の喜び。これに勝る栄誉はござりませぬ。必ずや、近日中に登城させまする。
もしご無礼があれば平にご容赦を……」
「きっと申し付けたぞ……いかなる知恵者か、語り合うてみたいものじゃ」
「そのような者ではござりませぬ。理屈ばかり捏ねますもので、某も控えるよう、叱りつけておる次第にて……」
「益々もって面白いではないか……理屈っぽいとは、キンカンに似ておるのぉ?
ハハハッ……」
信長は高笑いし、上機嫌であった。
光秀は安土城よりの帰路、考え込んでいた。
如何に切り抜けるか……
わが息子ながら、十五郎の器量はこのワシでさえ舌を巻くほどだ。
その知識ばかりではない。
思うに……先の事を見通す戦略眼が、尋常でない程的中するのだ。
それも3年前の「あの日」から……
惰弱だった少年が、人が変わったように文武に励み、歴戦の武将顔負けの男に成長しているのである。
まあ、顔だけは幼さの残る童顔で、厳つさの欠片もないのだが……