58話 姫若子の心
天正十年一月某日
冬の太平洋は荒波であった。
孫三郎は土橋守重を伴い、土佐の浦戸の港に到着した。
雑賀の商船によって上陸を果たしたのである。当時、雑賀と長宗我部は友好関係にあり、商取引も頻繁に行われていたのだ。孫三郎は港の守衛に来訪を告げた。事前に告知してなかったので、暫く待たされることになった。
「おお~~これは、孫三郎殿‥‥‥お久しゅうござる」
寒風吹きすさぶ中、池四郎右衛門が出迎えてくれたのだった。
「此方こそ、突然の訪問、申し訳ござらぬ」
孫三郎は詫びた。
「何の‥‥‥いつでも歓迎でござるよ。
して‥‥‥此度は何かござりましたか?」
四郎右衛門は、当然驚いて尋ねた。
「実は、お願いの儀がございまして、罷り越しました。
例の計画のため、人を一人匿っていただきたく‥‥‥
それと、弥三郎殿にもお取次ぎ願いたい」
「承知いたした。差し支えなければ、そのお方‥‥‥
どなたかお聞かせ願いたい。某の屋敷に逗留していただきます故‥‥‥
おい、ちと周りに人を寄せ付けるな」
四郎右衛門は、さりげなく人払いを命じた。
「お気遣い痛み入る。
某、雑賀郷の住人にて、土橋若太夫守重と申す。
故あって、例の計画に参画させて頂きまする。良しなに頼み入る」
守重が、身分を明かし礼を述べた。
「何と‥‥‥土橋殿と申されたか‥‥‥
大いに心強い。信親共々礼を申す。この上は共に力を合わせましょうぞ」
四郎右衛門は驚いた。存外の大物であったからだ。
しかも、味方になるからには大幅な戦力になるのだ。
「四郎右衛門殿、土橋殿は某の師匠のような間柄‥‥‥
信用して下され。お世話になり申す‥‥‥」
孫三郎も礼を述べたのだった。
それから暫くして、守重は四朗右衛門の家臣と共に、その場を離れた。
前後するように、弥三郎が現れた。
「お久しぶりです。今丁度、試験航海から戻りました。
と言っても、目につかぬように近場の沖合に出ただけですが……
見に行きましょうか?」
「おお。頼む……一足違いで残念やった。実は一人協力者が増えたんや。
知ってるやろうけど、土橋若太夫守重や。四朗右衛門殿に匿ってもらう。
実は、細工して、死んだことになってるんや」
孫三郎が説明する。
「成程……つまり、本能寺の変まで、死んだ事にして、その後に復活して味方してもらう……そういう事ですよね?」
弥三郎が言い当てた。
「ご名答……さすがや。雑賀が一枚岩になったら強いぞ。
まあ期待してくれ……ワッハハハハハ」
「じゃあ、行きますか?出来るだけ人目に付かんように、わざわざ船隠しまで作って係留されてるんです。勿論、警護も十分にしてます」
弥三郎は、そう語った。
馬で暫く駆けると、船隠しがあった。1隻は完成しており、他の4隻も完成間近のように見受けられた。その完成した1隻の軍船を見て、孫三郎は驚愕した。
というより、どこかで見たような記憶があったからである。
「実は、思ったより時間がかかって、やっとできたばっかりなんです。
途中から、設計変更したんですよね。櫂を無くして、割り切りました。
『コンスティチューション』って知ってます?
アメリカ海軍の最古の現役艦で、超有名な帆船です。
まあ、帆船と言えば、この船……ってくらい有名です。
18世紀末に就航した船なんで、大分時代を先取りですね。
しかし……本来は52門も大砲積んでたんですが、これは無理でした。
それでも、なんとか30門積むんですけどね。
アウトレンジ戦法で使います。接近戦にならんように、距離を保ちます。
大砲で打撃与えた後は、通常の軍船で戦う予定です」
一通り、弥三郎が解説した。
「凄すぎやな……開いた口が塞がらん。反則や……」
孫三郎は、ポカンと口を開けていた。
「けど、あとの4隻は櫂を持つ新発想の船ですよ。
大砲は少ないですが、小型で帆走との併用です。
それでも、この時代の日ノ本にはない火力と速度ですよ……
三月頃には完成しますね」
「まあ……こりゃ凄いわ。しかし、大砲はどうするんや?」
「何とか、作れました。構造的にはわかってたんです。
ただ、今後大量の銅が必要になるんで、別子銅山を開発したいですね
大久保准教授に力借りますわ……」
「あ、知ってたんやったな?他の転生者の事……」
「ええ。恵先輩から書状貰いました。甲賀の忍び衆が届けてくれたんです。みんな力合わせる事が出来てよかったです。これで百人力ですね……」
「そうあって欲しいな……純一も折角此処までの船作ったんやから」
「あと半年も無いんですよね……『本能寺の変』までは……」
そんな会話がなされていた時、弥三郎に小姓が来て耳打ちした。
「巧さん、すみません。親父が来たみたいです。
なんか、緊張します……」
「わかった。ゆっくり見学してるわ」
そう言って、孫三郎が片目を瞑った。
「父上……ご機嫌麗しく……やっと船の試験航海も終わりました」
弥三郎は、型どおりの挨拶をした。
「暫く二人で話さぬか……
弥三郎と話がある。誰も付いてきてはならぬ。よいな……」
元親はそう告げると、弥三郎と共に、ほど近い海岸に誘った。
「弥三郎よ……そろそろ良かろう?
わしは黙って、お前の好きなようにさせてきた。
お前は本当に、わしの息子なのか?弥三郎信親であるのか?」
それは、唐突に訪れた……
「父上……私は……」
「お前は『弥三郎信親』に見えるが、実は違うのであろう?
ずっと前から気づいておったのじゃ……そう、五年近く前からな……
お前の考える事が、あまりに突飛であり、現実離れしておったからな。
だが、それを実現しておる。
お前が、この現世の人間には思えぬのじゃ……辛かろうな……」
元親は、土佐の海を眺めながら語った。
「父上……申し訳ござりませぬ。
もうすぐ……暫くすれば告げるつもりでした……
私は……弥三郎信親ではありませぬ……」
弥三郎の両目からは、涙があふれた……
「そうか……良いのじゃ……
わしにとっては、お前はかけがえのない息子じゃ……
そう思わせてくれ……
お前に夢を託しておるのじゃからな……」
そう言って、元親は弥三郎の頭を撫でた。
「よくぞ申してくれた……
この上は何も聞くまい……わしは、お前に家督を譲ろう。
以後はお前の影となり、支えるつもりじゃ。
わしが抱いた夢を叶えてくれ……」
元親もそう言いながら、涙ぐんでいた。
「父上、是非聞いて頂きたいことがございます。
私は、四百五十年先の日ノ本から生まれ変わってきたのです。
そして、日ノ本の歴史を改変すべく動いておるのです……」
遂に、弥三郎は告げたのだった。
「そうか……なるほどの……
して、どのように処すのか?」
元親は静かに語り掛けた。
「話は長くなりますが、お聞きくださりませ……
実は、今年の六月二日に、織田信長公が亡くなります。
京都「本能寺」にて、明智殿の謀反に斃れるのです。
そして、その後天下は「羽柴秀吉」より統一されるのです。
勿論、その過程において何度も戦があり、明智殿は逆賊として討たれ、その後の織田家中の権力争いにて、柴田殿も討たれます。権力を握った秀吉は、織田家の跡継ぎを立てることなく、自身が関白となり、日ノ本を統一するのです。
我が長宗我部家は、信長公亡き後、権力の空白を幸いに、四国を統一致します。ですが、その後中央の権力を握った羽柴殿に降伏することになります。
土佐一国を安堵されて……」
そしてさらに続ける。
「秀吉に臣従した後は、臣下として各地を転戦いたします。そして、九州征伐において島津と戦うことになり、私、信親は天正十四年末、「戸次川の戦い」において討ち死するのです。
私の死によって、父上はお人が変わられ、以後長宗我部家は衰退していくことになるのです。これが、未来の私が知る歴史です」
「なんと……そのような過酷な運命が待っておるのか……」
元親は天を仰いだ……
雲一つない空では、弱々しい日輪が二つの影を作っていた……




