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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
55/267

54話 運命の年

天正十年(1582年)が明けた。

歴史的事件である「本能寺の変」までは、あと半年に迫っている。

此処、雑賀郷にある、土橋守重の屋敷では、二人の男が密談していた。


「兄者……本当に信用してエエんか?

万が一、罠やったらどうするんや?護衛連れて行った方がエエ……」

この男は、守重の舎弟で、土橋平之丞重治つちばしへいのじょうしげはるである。

年明け早々に、雑賀孫市から「サシで談判」したい旨、提案があったのだ。


「いや。かまへん……孫市がそんなシケた策を弄するとは思えん。

それに、彼奴は昔からのダチや。お互い、雑賀の将来を思っとる事は間違いないんや。このままやったら、下手したら身内で大仰な戦になる。

それだけは回避せなあかん……まあ、大丈夫や。

万一殺し合いになっても、どっちかが死んだら戦は終わりやからな。

二人で談判すんのが一番エエんや。

おまえだけ、付いてきてくれ。向こうも息子だけが付き添いや」


こうして、守重は、弟の諌止を聞かず、孫一との談判に臨むことになったのだ。しかし、守重は、ある決意を心に秘めていた。それは、雑賀の将来をおもんばかっての事である。


天正十年一月七日子の刻

ここは雑賀郷の外れにある、とあるやしろである。

此処も度重なる戦乱によって、廃墟となっている。お互いが大事になることを嫌い、誰にも告げずに約束の場所に現れた。


「守重‥‥‥よう来てくれた。おまえと、ずっとサシで話したかったんや」

孫一の吐く息は白い。


「孫一‥‥‥久方ぶりや。二人っきりで話したいけどエエか?

おい、平之丞‥‥‥悪いけど外で待っといてくれ。

寒いのに悪いけどな。早めに終わらせるから」


「わかった。孫、おまえも待っとけ‥‥‥」


そして、二人は古びた社の中に入っていった。

孫三郎と平之丞だけが、残されたのだった。


「おい、孫三郎‥‥‥わしは、おまえの親父を信じとる。

けどもし、何かあったら、わしは絶対許さんからな‥‥‥」


「叔父さん‥‥‥殺し合いに来たんやない。雑賀の将来のために話し合いに来たんです。きっと上手くいくと、わしは信じてますから‥‥‥」

孫三郎は応えた。周りの空気は張りつめていて、針の落ちる音すら聞こえそうな静寂の中だった。そして、その静寂を破るように、孫三郎は両手を口に当て、大きく息を吐いた。



「守重‥‥‥まずは礼を言わせてくれ。こんな状況で話し合えただけで幸運や。

けど、どうにもいかん‥‥‥此処らでケジメ付けんと大戦になる。

雑賀にとって最も不幸なこっちゃ。

どっちかが死なんと‥‥‥収まらんかの?」


「孫一よ‥‥‥わしは親友のおまえと殺し合いたない。

けどな‥‥‥どうにもいかんのや‥‥‥

もう止められんし、わしは信長に尻尾振るんだけは信条が許さん」

そして、一呼吸間を置いて、一言を発した。


「孫一よ‥‥‥今わしを撃てや‥‥‥

ほんで、おまえが雑賀を纏めてくれや。

「織田に従う」いう考えは、雑賀にとって恐らく正しい。

人が死なんと、雑賀が繫栄するためには、それしかない。

それに、孫三郎が後継ぐんやったら、大丈夫や。

これ見てみぃ‥‥‥孫三郎から貰うた馬上筒や。

わしは嬉しかったなぁ‥‥‥クソガキやった彼奴がくれたんやで‥‥‥

これで、スッパリ殺ってもろたら本望や‥‥‥」

守重は淀みなく語った。


「ハハハッ‥‥‥なんや同じ事考えとったんやなぁ‥‥‥わしと‥‥‥

やっぱりおまえは‥‥‥わしのダチやの‥‥‥」

孫一の頬を一筋の涙が伝い落ちた。


「おい、孫一‥‥‥おまえが涙なんか流すんか?

らしくないのぉ‥‥‥わかったら、早うせんかい?

決意が鈍るやないか?」


「もうエエ‥‥‥もうエエんや‥‥‥

わしも織田と戦う決意できとるんやから‥‥‥

只なぁ‥‥‥どうしても聞いてほしい事があるんや。

守重‥‥‥これからわしが話す「与太話」を信じてほしいんや」


「わかった。冥途の土産話に聞こうやないか‥‥‥」


「実はな、今年の6月2日に信長が死ぬらしいわ‥‥‥

明智の謀反で、本能寺で斃れよる。

これはな、孫三郎から聞いた話や‥‥‥」


「おまえ、何言うとるんや?」


「まあ聞いてくれ。孫三郎は、実は450年先から生まれ変わったらしいんや。彼奴が言うには、450年後にこの世の人間が全部死に絶えるらしい。それを阻止する為に、歴史を作り変える計画をしてるいう事や。孫三郎の他にも生まれ変わりがおって、明智の嫡男や、長宗我部の嫡男もおるらしい。

それで天下を統べて、日ノ本を世界の強国に仕上げて、人の世の滅亡を阻止するらしいんや。それにな‥‥‥このままいったら、秀吉が天下取って、雑賀は根絶やしにされるそうや。

俺も最初はありえん‥‥‥思ったけど、話が具体的過ぎるんや。

それに、善之助もこの話を信じたらしい。実際に土佐に行って、元親の息子が作ってる軍船を見たそうや。とてもこの時代のモンとは思えん船らしいわ。安宅船より巨大で、大筒をいっぱい積んどるらしい」

孫一は一気に語る‥‥‥


「それにな‥‥‥コレ見てみぃ」

そう言って、孫一は最新の馬上筒を渡した。


「銃口の中に溝が掘ってるやろ?それが今の日ノ本にない技術や。

ライフリングっていうらしいけど、撃った時に銃弾が回転して、命中精度と初速が上がるらしい。未来では当たり前の細工らしいけどな‥‥‥」


守重は、その馬上筒をじっくりと観察した。前に話していたように銃身が延長され、落下防止の紐が取り付けられていた。


「いずれは火縄を使わん銃も作るらしいぞ。それに、同じ転生者が新しい武器も作ってるらしいわ。一気に何人も吹っ飛ばせる爆弾らしいぞ‥‥‥」


「確かに見た事ないモンやな‥‥‥

何か訳がわからんようになってきた。それで、結局どうしようって言うのや?」


「おう‥‥‥守重、半年だけ死んでくれんか?

わしが粛清したことにして、まずは織田家に従ったように見せかける。

で、信長が死んだら、明智の天下取りに協力するつもりや。

その後、海を越えて、新大陸に行くんや。

なかなか夢が広がるやろが?」


「ハァ~~ァ‥‥‥なんやアホらしなってきたなぁ。

折角悩み抜いて、ワシにの命晒したら何とかなる思うて‥‥‥

こんな話聞かされるとは、開いた口が塞がらん。

けど……やってみよか?どうせ一度捨てる覚悟した命やしなぁ。

けど、与太話は完全に信じた訳やないからな‥‥‥」


「よし、決まりや。ほんなら半年間どうするかやけど、例えば土佐に隠れるのはどないや?孫三郎に繋ぎつけてもろて、長宗我部信親を頼るんや。田舎やし、幾分安全やろ?

ついでに、その軍船見せてもろうたらエエやろ?

わしも見た事ないけど、代わりに見てきて欲しいんや」

孫一が、そう提案した。


「わかった。どこでも行こうやないか。

で、平之丞に土橋一党を纏めてもろうて、根来に落ち延びさせる。

そういう事でどないや?」

守重も同意したのだった。すでに頭は切り替えている。


「よっしゃ。なら、その最新の馬上筒貸せ‥‥‥」

そう言って、守重は馬上筒を取り上げ、火蓋を切り、

引き金を引いた。


「パパァ~~~ン」

一発の銃声が、真夜中の寒空に響き渡った。


孫三郎と平之丞は、同時に社の中に走りこんだ。

両名とも殺気立った目をしていたが、そこで見たものは、「にんまり」と笑う二人のオッサンの姿であった。


「平之丞‥‥‥土橋若太夫守重はたった今死んだ。わかったな?

半年後に生き返るから、それまで雑賀郷から逃げるんや。

これは、わしと孫一の「大芝居」なんや。黙って従え。

わしは半年間は土佐に匿ってもらう。ええな?

雑賀を救うにはこの方法が一番なんや‥‥‥

それとな‥‥‥半年後に「信長が死ぬ」これは歴史で決まっとる。

エエか?明智光秀の謀反で死ぬんや‥‥‥覚えとけ。

そして、この「与太話」は絶対誰にも言うな。

これは頭領としての命令や。わかったな‥‥‥」


「‥‥‥何なんですか?」

平之丞は、何が何だかわからない。


「叔父さん、お願いします。何も聞かんと従ってください。

雑賀と、日ノ本の未来のためなんです‥‥‥」

孫三郎が、すかさず助け船を出す。


「守重、兎に角、わしの屋敷にきてくれ。

すぐに船の手配するから、変装して明日の夜中に出航してくれるか?

孫三郎に送らせるからな。

孫‥‥‥その信親に掛け合ってくれるな?」


「親父、任せとけ~~長宗我部水軍の池四郎右衛門殿が知り合いや。

やから、わしが行ったら話は早い。そうしよ‥‥‥」

勢いよく、孫三郎が請け負った。


独り、平之丞だけが、眼を白黒させて、口を開けている。

そして、孫一が再度手配りを説明した。


「平之丞‥‥‥エエか?元々秀吉が、反信長派を粛清するように言うて来てたんや。やから、わしが守重を暗殺したという事にしたら、お前らの事は深く追及されんやろ。

そこで、土橋一党には半年だけ隠棲するか、わしの配下に靡いてもらう。

そこからは、また織田家の内部争いと、天下を賭けた争いがあるやろ。

そこで、俺らの活躍の機会が多くなるはずや。

当然、雑賀は明智に味方して天下を取らせる。もちろん、明智には最大限の待遇を約束させようやないか。これは、日ノ本の民全部のためでもあるんや‥‥‥」


「平之丞‥‥‥深く考えんと従ってくれ。頼む」

孫一と守重、双方が頭を下げた。


「もう‥‥‥仕方ないですね~

訳わかりませんけど、兄者が乗り気なんや。従いますがな‥‥‥

後は上手くやって下さい。半年だけですよ‥‥‥それが限界ですから」


「よっしゃ、ほなら、祝い酒と行きましょ~

実は、ちゃっかり用意してきてたんです」

孫三郎が、大きな徳利とっくりを取り出したのだった‥‥‥









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