表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
43/267

42話 雑賀の事情

時系列は少し遡る。土佐で「長宗我部弥三郎信親」と再会した孫三郎は、雑賀郷に戻っていた。戦働きを生業とする此処も、暫しの落ち着きを取り戻していた。

表面上は、信長に屈服した形となっている。しかし、内部で火種はくすぶり続けていた。親信長派は「雑賀孫市」であり、反信長派は「土橋若太夫守重つちばしわかだゆうもりしげ」である。

この二人は、「石山合戦」では共に本願寺に与して戦った同僚であり、友人同士でもあった。が、後の方針を巡り確執かくしつが生まれていた。

孫三郎は、当然歴史的事実として、この事を知っており、憂慮していた。


此処は「雑賀城」である。といっても最早、城郭としての体は為していない。和歌の浦を見下ろす小高い丘に、居館が再建されただけのものだ。

孫三郎は、一時だけ善之助、初音と別れ、孫市の元を訪れた。


「親父、戻ったど~?久しぶりやな……」


「なんや、クソガキかい?相変わらずお気楽やのぉ……

で、善之助の件は上手い事いったんかい?」


「あぁ、おかげさんでな。善之助も死なんですんだわ。

秀吉のガキが、セコいはかりごとしやがってな。

今、雑賀に来てるわ。例の別嬪さんも一緒や」


「そうか……ワシも責任感じとったから、安心した」


「それはそうと、雑賀の内部はどやねん?やっぱ揉めそうか?」

孫三郎は、気になっていた事を尋ねた。


「さあてのぉ……守重は「織田と馴れ合うつもりはない」って言うとる。

まあ、表立って戦起こすようなことはないと……思いたいけどな。

わしは派閥争いなんかしたないけど、上手い事いかんもんや」


「戦うことになるんか?」


「そうなりたないけどな。抜き差しならん状況になるかもな……」


「そら、まずいで。織田家の思うツボや。

あいつらは、雑賀が一枚岩になるんを恐れてるんや。

守重のオッサンも、親父もわかるやろが?」


「俺とアイツの個人的な間はエエんや。

家とか、家臣とか、余計なモン付いたら、どうもならんねや……

それにな……秀吉から、援助するから、反対派閥を排除せえって

ワシに打診が来とる」


「なんやて?そんなもん低次元な「離間策りかんさく」やないか。

打診受けたのが、相手にわかっただけで、疑心暗鬼になる」


「そこが、秀吉の上手いとこやな……」


「お気楽にしとる場合かよ?どうするんや?」


「まあ、ワシと守重が最後はサシで話さなあかんやろ」


「そんなん、話が通じるんか?下手したら殺されるで」

孫三郎は不安だった。未来の歴史がわかるからだ。


「通じる……と思いたいのぉ。ダチやからな」


「何とか殺し合いだけは避けてくれ。頼むわ……

秀吉にハメられるとか、気分悪過ぎて寝られんわ」


「お前、よっぽど秀吉が嫌いやねんな?なんでや?」

孫市の素朴だが、胸の内を貫く問い掛けだった。


「なんでて……手段を選ばんセコさが許せんのや。

それに、明智の息子ともダチやしな。彼奴あいつが好きやからや。

もし、万一やで、信長が居らんようになったら、その後は明智やと思うてる。

そうやないと、日ノ本全体が不幸や」


「おまえ、来世がわかったような口振りやの?ハハハッ……

まあ、なんとか守重とは話してみる。

俺らが戦ったら、雑賀のとっては不幸や」


「頼むわ。俺にできる事あったら協力するしな」

孫三郎は、未来の歴史をバラしたかったが、踏みとどまった。


「で、またこれからどっか行くんか?」


「そのつもりや。信濃に明智十五郎がいてる。

俺も、裏で雑賀のために動くつもりや。

会って、色々相談してくる。若いけど、彼奴の人脈は半端ないんや」


「ほ~~そうか?まあ若いモン同志しか話せんこともあるやろ。

せいぜい頑張ってくれや。金はもう出んけどな。ハハハッ……」


「わかっとる。まあ、暫くしたら、また戻るからな。

親父の「むさ苦しい」顔見れてよかったわ。じゃあな」

孫三郎は、こうして孫市の元も辞したのだった。


「孫、おやっさん元気やったか?俺も顔出した方が良かったかな?」


「いや、込み入った話もあったからな。

これから、信濃の禰津村へ向かう。一緒に来てくれるか?」


「ああ、わかった。おまえの転生の「与太話」……

土佐行って、信じたから、何処までも行こうやないか」


「おお、有難い……初音も頼むわ」


「承知しました。しかし、旅程の難儀が予想されます。

敵国ですし、注意が必要です」

初音が懸念材料を述べた。


「ああ、任せるわ。土の中で寝るのは勘弁な」


「クスッ……」初音が笑った……


「それと……ちょっとだけ顔出したいとこあるんや。

馬上筒作らせててな」


「ほぉ~~エエやないか?見たいなぁ……」


「試作やけどな、二連のやつや。

出来が良かったら、量産させるんや」


そして、「その場所」立ち寄ったのだった。


「新六……久しいな?例のやつできてるか?」

孫三郎は、いきなり話しかけた。


「おっ?若殿、お元気そうで……あら?善之助さんも一緒かいな?」


「そや。ダチ同志久々になぁ。新六も元気そやないか?」


「へぃ、お蔭さんで。例のヤツできてます。

まあ、技術的に難しいもんやないですから。

軽量化の方が、難儀しましたわ……」

そう言って、「二連馬上筒」を受け取った。

それは、単純に銃身が二連で、引き金も二連という単純なものだ。

馬上という用途のため、「玉込め」の手間を省くためだけに作ったものだ。

需要が多くはない。


「ほぉ~~まあこんなモンやろ。善之助どう思う?

ちと持ってみてくれ?」

そう言って善之助に渡した。


「まあ、二連なっただけやな?

倍の重さにはなってへんから、使えるやろ……」

善之助は色々な角度から観察し、持って構えたりしながら答えた。


「新六、もうちょい軽くできんかな?

それと、例の旋条せんじょうの細工施したら、バッチリやろ?まあ企業秘密やし、扱いは慎重にな……取敢えず三丁作ってくれ。代金は親父にな?」


「三丁って中途半端やの?」


「ハハハッ……有難く思え。おまえの分もや」


「おぉ……ありがたい。持つべきモンは「友」やのぉ」


そう言って盛り上がりながら、試作の馬上筒を持って、しゃべりながら歩いていたのだった。すると、突然あらぬ方角から声が掛かった。


「おっ、珍しいヤツが居るやないか?大きなったのぉ?」

その男は、クセのある縮れた、長いザンバラ髪を後ろで束ねている。

虎皮の陣羽織に、黄金の太刀を指し、派手な出で立ちだ。

「土橋若太夫守重」……孫市と並ぶ、雑賀の頭領だ。


「しかし、暑いな」陣羽織を脱いで手下に渡すと、孫三郎に笑いかけた。


「お久しぶりです。叔父さんもお元気そうで……」

そう言って、孫三郎も返事をした。


「孫市も元気やったか?会うたんやろ?」


「さっき城に行ってきました。わしも親不孝してますから……」


「まあ、孫市もおまえが可愛いんや。顔出したれ。

善之助も元気そやないか?賞金稼げてるか?」

守重は、善之助にも声をかけた。


「はい、ボチボチです。賞金稼ぎも飽きましたけどね。

やっぱ、信念のある仕事せんとあかん……思うとります」


「まあ、二人とも逞しくなったもんや。雑賀の将来も安泰やな。ハハハッ……

おっ、それ馬上筒か?」

さすがに目敏めざとく、守重が尋ねた。


「そうです。どうですかね?」

孫三郎は、馬上筒を渡した。守重はこの手の知識に詳しい。


「まあ、発想はエエやろ?多少重さ犠牲にしても、もうちょい銃身長くして、そやな……馬上で使うんやったら、落とさんように紐付けたらどうや?ワシくらい慣れとったら軽いし丁度エエけど、普通の人間やったら、命中精度落ちるかもしれん」

守重は、その馬上筒を手に持って眺めながら言った。


「さすが叔父さんや。気づかんかった。ありがとうございました」

さすがに、熟練の鉄砲放ちや……実戦経験からの訓示は有難かった。


「あ、叔父さん、コレ良かったら使ってください……」

そう言って、孫三郎は守重に馬上筒を渡した。


「ハハハッ……おまえ、オッサンの心掴むの上手いのぉ?

そうか……お前らに鉄砲貰うようになったか……

わしは嬉しいわ」

そう言って、黄金の太刀を鞘ごと抜き、

「善之助、この太刀……おまえにやる。信念ある仕事するんやったら、そんな貧乏くさい太刀持ってたらあかん。孫には、この陣羽織やるわ。拵えたばっかりやから、綺麗なもんや。おまえなら似合うやろ?それから……そこの別嬪さん?おなごにやる物はコレしかない」

そう言って、香袋を取り出した。


「いや、叔父さん、わし、そんなつもりや……」


「かめへん……わし嬉しかったんや。ちっちゃい頃から見てる、おまえらが立派になってくれた事がなぁ……受け取れよ」

孫三郎は、複雑な心境だった。この気の良いオッサンが、半年後には自分の「父親」に殺される運命にあるのが辛かった……


「娘さん?あんた「くノ一」やろ?そんな別嬪やのに勿体ない。はよ孫か善之助の嫁さんになったり?ハハハッ……」


「エエエエッ、なんでわかったんですか?」


「ワッハハハッ。図星か?嘘つけんヤツやなぁ」


「あの……叔父さん、親父との事……」

孫三郎は、堪らず守重に問い掛けようとした。

が、守重が制した。


「孫、何も言わんでもエエ。言いたいことはわかっとる。

やから、今は何も言うな……成るようにしかならん。

おまえも雑賀の頭領の息子やろ?しっかりせえ」

そこには、雑賀の頭領らしい、厳しくも慈愛に満ちた眼差しがあった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ