42話 雑賀の事情
時系列は少し遡る。土佐で「長宗我部弥三郎信親」と再会した孫三郎は、雑賀郷に戻っていた。戦働きを生業とする此処も、暫しの落ち着きを取り戻していた。
表面上は、信長に屈服した形となっている。しかし、内部で火種はくすぶり続けていた。親信長派は「雑賀孫市」であり、反信長派は「土橋若太夫守重」である。
この二人は、「石山合戦」では共に本願寺に与して戦った同僚であり、友人同士でもあった。が、後の方針を巡り確執が生まれていた。
孫三郎は、当然歴史的事実として、この事を知っており、憂慮していた。
此処は「雑賀城」である。といっても最早、城郭としての体は為していない。和歌の浦を見下ろす小高い丘に、居館が再建されただけのものだ。
孫三郎は、一時だけ善之助、初音と別れ、孫市の元を訪れた。
「親父、戻ったど~?久しぶりやな……」
「なんや、クソガキかい?相変わらずお気楽やのぉ……
で、善之助の件は上手い事いったんかい?」
「あぁ、おかげさんでな。善之助も死なんですんだわ。
秀吉のガキが、セコい謀しやがってな。
今、雑賀に来てるわ。例の別嬪さんも一緒や」
「そうか……ワシも責任感じとったから、安心した」
「それはそうと、雑賀の内部はどやねん?やっぱ揉めそうか?」
孫三郎は、気になっていた事を尋ねた。
「さあてのぉ……守重は「織田と馴れ合うつもりはない」って言うとる。
まあ、表立って戦起こすようなことはないと……思いたいけどな。
わしは派閥争いなんかしたないけど、上手い事いかんもんや」
「戦うことになるんか?」
「そうなりたないけどな。抜き差しならん状況になるかもな……」
「そら、まずいで。織田家の思うツボや。
あいつらは、雑賀が一枚岩になるんを恐れてるんや。
守重のオッサンも、親父もわかるやろが?」
「俺とアイツの個人的な間はエエんや。
家とか、家臣とか、余計なモン付いたら、どうもならんねや……
それにな……秀吉から、援助するから、反対派閥を排除せえって
ワシに打診が来とる」
「なんやて?そんなもん低次元な「離間策」やないか。
打診受けたのが、相手にわかっただけで、疑心暗鬼になる」
「そこが、秀吉の上手いとこやな……」
「お気楽にしとる場合かよ?どうするんや?」
「まあ、ワシと守重が最後はサシで話さなあかんやろ」
「そんなん、話が通じるんか?下手したら殺されるで」
孫三郎は不安だった。未来の歴史がわかるからだ。
「通じる……と思いたいのぉ。ダチやからな」
「何とか殺し合いだけは避けてくれ。頼むわ……
秀吉にハメられるとか、気分悪過ぎて寝られんわ」
「お前、よっぽど秀吉が嫌いやねんな?なんでや?」
孫市の素朴だが、胸の内を貫く問い掛けだった。
「なんでて……手段を選ばんセコさが許せんのや。
それに、明智の息子ともダチやしな。彼奴が好きやからや。
もし、万一やで、信長が居らんようになったら、その後は明智やと思うてる。
そうやないと、日ノ本全体が不幸や」
「おまえ、来世がわかったような口振りやの?ハハハッ……
まあ、なんとか守重とは話してみる。
俺らが戦ったら、雑賀のとっては不幸や」
「頼むわ。俺にできる事あったら協力するしな」
孫三郎は、未来の歴史をバラしたかったが、踏みとどまった。
「で、またこれからどっか行くんか?」
「そのつもりや。信濃に明智十五郎がいてる。
俺も、裏で雑賀のために動くつもりや。
会って、色々相談してくる。若いけど、彼奴の人脈は半端ないんや」
「ほ~~そうか?まあ若いモン同志しか話せんこともあるやろ。
せいぜい頑張ってくれや。金はもう出んけどな。ハハハッ……」
「わかっとる。まあ、暫くしたら、また戻るからな。
親父の「むさ苦しい」顔見れてよかったわ。じゃあな」
孫三郎は、こうして孫市の元も辞したのだった。
「孫、おやっさん元気やったか?俺も顔出した方が良かったかな?」
「いや、込み入った話もあったからな。
これから、信濃の禰津村へ向かう。一緒に来てくれるか?」
「ああ、わかった。おまえの転生の「与太話」……
土佐行って、信じたから、何処までも行こうやないか」
「おお、有難い……初音も頼むわ」
「承知しました。しかし、旅程の難儀が予想されます。
敵国ですし、注意が必要です」
初音が懸念材料を述べた。
「ああ、任せるわ。土の中で寝るのは勘弁な」
「クスッ……」初音が笑った……
「それと……ちょっとだけ顔出したいとこあるんや。
馬上筒作らせててな」
「ほぉ~~エエやないか?見たいなぁ……」
「試作やけどな、二連のやつや。
出来が良かったら、量産させるんや」
そして、「その場所」立ち寄ったのだった。
「新六……久しいな?例のやつできてるか?」
孫三郎は、いきなり話しかけた。
「おっ?若殿、お元気そうで……あら?善之助さんも一緒かいな?」
「そや。ダチ同志久々になぁ。新六も元気そやないか?」
「へぃ、お蔭さんで。例のヤツできてます。
まあ、技術的に難しいもんやないですから。
軽量化の方が、難儀しましたわ……」
そう言って、「二連馬上筒」を受け取った。
それは、単純に銃身が二連で、引き金も二連という単純なものだ。
馬上という用途のため、「玉込め」の手間を省くためだけに作ったものだ。
需要が多くはない。
「ほぉ~~まあこんなモンやろ。善之助どう思う?
ちと持ってみてくれ?」
そう言って善之助に渡した。
「まあ、二連なっただけやな?
倍の重さにはなってへんから、使えるやろ……」
善之助は色々な角度から観察し、持って構えたりしながら答えた。
「新六、もうちょい軽くできんかな?
それと、例の旋条の細工施したら、バッチリやろ?まあ企業秘密やし、扱いは慎重にな……取敢えず三丁作ってくれ。代金は親父にな?」
「三丁って中途半端やの?」
「ハハハッ……有難く思え。おまえの分もや」
「おぉ……ありがたい。持つべきモンは「友」やのぉ」
そう言って盛り上がりながら、試作の馬上筒を持って、しゃべりながら歩いていたのだった。すると、突然あらぬ方角から声が掛かった。
「おっ、珍しいヤツが居るやないか?大きなったのぉ?」
その男は、クセのある縮れた、長いザンバラ髪を後ろで束ねている。
虎皮の陣羽織に、黄金の太刀を指し、派手な出で立ちだ。
「土橋若太夫守重」……孫市と並ぶ、雑賀の頭領だ。
「しかし、暑いな」陣羽織を脱いで手下に渡すと、孫三郎に笑いかけた。
「お久しぶりです。叔父さんもお元気そうで……」
そう言って、孫三郎も返事をした。
「孫市も元気やったか?会うたんやろ?」
「さっき城に行ってきました。わしも親不孝してますから……」
「まあ、孫市もおまえが可愛いんや。顔出したれ。
善之助も元気そやないか?賞金稼げてるか?」
守重は、善之助にも声をかけた。
「はい、ボチボチです。賞金稼ぎも飽きましたけどね。
やっぱ、信念のある仕事せんとあかん……思うとります」
「まあ、二人とも逞しくなったもんや。雑賀の将来も安泰やな。ハハハッ……
おっ、それ馬上筒か?」
さすがに目敏く、守重が尋ねた。
「そうです。どうですかね?」
孫三郎は、馬上筒を渡した。守重はこの手の知識に詳しい。
「まあ、発想はエエやろ?多少重さ犠牲にしても、もうちょい銃身長くして、そやな……馬上で使うんやったら、落とさんように紐付けたらどうや?ワシくらい慣れとったら軽いし丁度エエけど、普通の人間やったら、命中精度落ちるかもしれん」
守重は、その馬上筒を手に持って眺めながら言った。
「さすが叔父さんや。気づかんかった。ありがとうございました」
さすがに、熟練の鉄砲放ちや……実戦経験からの訓示は有難かった。
「あ、叔父さん、コレ良かったら使ってください……」
そう言って、孫三郎は守重に馬上筒を渡した。
「ハハハッ……おまえ、オッサンの心掴むの上手いのぉ?
そうか……お前らに鉄砲貰うようになったか……
わしは嬉しいわ」
そう言って、黄金の太刀を鞘ごと抜き、
「善之助、この太刀……おまえにやる。信念ある仕事するんやったら、そんな貧乏くさい太刀持ってたらあかん。孫には、この陣羽織やるわ。拵えたばっかりやから、綺麗なもんや。おまえなら似合うやろ?それから……そこの別嬪さん?女にやる物はコレしかない」
そう言って、香袋を取り出した。
「いや、叔父さん、わし、そんなつもりや……」
「かめへん……わし嬉しかったんや。ちっちゃい頃から見てる、おまえらが立派になってくれた事がなぁ……受け取れよ」
孫三郎は、複雑な心境だった。この気の良いオッサンが、半年後には自分の「父親」に殺される運命にあるのが辛かった……
「娘さん?あんた「くノ一」やろ?そんな別嬪やのに勿体ない。はよ孫か善之助の嫁さんになったり?ハハハッ……」
「エエエエッ、なんでわかったんですか?」
「ワッハハハッ。図星か?嘘つけんヤツやなぁ」
「あの……叔父さん、親父との事……」
孫三郎は、堪らず守重に問い掛けようとした。
が、守重が制した。
「孫、何も言わんでもエエ。言いたいことはわかっとる。
やから、今は何も言うな……成るようにしかならん。
おまえも雑賀の頭領の息子やろ?しっかりせえ」
そこには、雑賀の頭領らしい、厳しくも慈愛に満ちた眼差しがあった。




