41話 伏線
俺と信二は、立ち尽くしたままだった。川の流れだけは、絶え間なく続いている。
だが、俺たちの会話は、途絶えたままだった‥‥‥
何て言っていいか、わからなかった。ひたすら信二の言葉を待った。
俺は‥‥‥「自分が卑怯だ」と思ったが、何も切り出せなかった。
「恵介さん‥‥‥俺はやっぱり納得できないっす‥‥‥」
信二は、精一杯の力で絞り出したんだと思う。
「じゃあ、どうするつもりなんや?」
俺も、そう問いかけるしか、言葉がなかった‥‥‥
「これから考えます‥‥‥未来知識のある自分なら、何とかなるかもしれません。木曾や穴山の裏切りかて、わかってる事なんです。足掻く方法はあります」
「それがわかった後の方策はあるんか?
今の状況から、武田家を救う方法自体が難しいやろ?
周りは、敵ばっかりに囲まれてるんや‥‥‥
要らん血が、多く流れるだけや‥‥‥と思う」
俺は、冷静な分析を元に言い放った。
「けど……このままでは「勝頼公」が可哀そうや。
「信勝様」かて、俺らと変わらん年なんですよ‥‥‥」
俺は本当に胸が痛かった。信勝は、天目山で勝頼と共に自害した‥‥‥と知っていたからだ。信二が言うように、まだ十五、六歳だったはずだ。
「なあ、信二‥‥‥武田勝頼公は実際、どのような人物なんや?」
俺は、問いかけた。別の選択肢も腹案としてあったからだ。だが、極めてリスクが高い方法である。すべての計画が水泡に帰す可能性もある。
「恵介さんも知っての通り、勝頼公は元々、「武田家」を継ぐべき人や無かったんです。諏訪家を継ぐべき人間で、ずっとそのように育ってきた。「義信事件」があったが為に、成りたくもない当主になったんです。しかも「御陣代様」です。責任だけ押し付けられて、実際は武田家当主の権威も与えられてない。「風林火山」の旗すら、持つことができないんですよ‥‥‥
けど、内心で敬わない家臣や領民に、何一つ愚痴を言う事もなく、独りで「武田菱」を背負って来られたんです。短期間で武田家の最大版図すら作ったんです。
「設楽が原」で有能な家臣が、数多討ち死にしたのも、全部背負いこんで、必死に現状打開しようと足掻いてはる。けど、家臣共は「己の利益」ばっかり考えて、裏切るんです。いくら「戦国時代」や言うても、あんまりやと思います‥‥‥」
俺は、信二が述べたことは、歴史的事実として知っていた。
武田信玄の嫡男「太郎義信」がもし、死に追いやられたりしなければ、大きく歴史が変わっていたであろう……だが、実際にその後の経緯を聞くと、なんとも居た堪れない気持ちになった。
「なあ、信二……勝頼公は、今後どのように生きたい……と思ってはるんや?天下に対して野望とか持ってはるんか?」俺は、この点を聞いておきたかった。
「勝頼公は、容易に胸の内を語りませんから、わからないですが、おそらくは天下に対する野望なんて、持ちようがないと思います。唯、名族「武田」の家を守りたい……そう思ってはると……」
「そうか……例えばなんやけどな、「本能寺の変」までは武田家に滅びておいてもらう……という事にはできんかな?」俺は、自分の腹案を切り出した。
「どういう事ですか?」
「うん。天目山の戦いのときに、武田家が滅びた……と偽装するんや。方法は難しいけど、何とかできんかな?で、数か月後に、本能寺の変が起こった後、表に出てもらうんや。
その間は、真田家が匿ってくれたらええ。真田忍軍の力使って、上手い事できんやろか?
もちろん勝頼公の意思が重要やから、納得してもらう必要があるし、難しい話かもしれんけど、そうやれば、滅亡は回避できる。厳しいかな?
これやったら、泥沼の戦いにならんで済む」
信二は、考え込んだ。
「事前に親父に話すしかないですね。俺が転生者やって、話す必要もありますし、どう説得力を付けるかが難しいです。恵介さんの案は、俺としては良いアイデアやと思うんですけどね。
実行がすごい困難ですね……やるしかないんでしょうけど……」
「俺の我儘を押し付ける感じになってもうて、すまん。けど、武田家が生き残ろうとして足掻いたら、結果、犠牲が大きくなるし……この辺が落としどころやと思う。
それに……いざとなったら、京姉にも説得してもらう。一応兄妹らしいから……」
「聞いたんですか?京子先輩から……歴史の闇ですからね」
「うん。会ったこともないらしいから、説得力あるかどうかはわからんけどな。それより、信二の親父さん、真田安房守と信繁……協力してくれるか?」
「それが、あんまし自信はないです。親父は俺より、弟の方と仲いいですからね。でも他に方策が無さそうですし、なんとかします」
「まあ、難しい問題やしな。俺や、純一、巧も、「父親に告白する」っていう難題が今後控えてる。これが難しい。時期も考える必要あるしな」
「信二……すまん。すでに計画が走り出してる以上、大筋を変えるのはリスクが大きい。さっき言った方向性で協力してくれんか?」俺は、なんとか話を纏めたかった。
「納得って言われたらアレですけど、現状その方向しかないですよね?
武田家が残せるなら、協力します」
「そうか……そう言ってくれたら助かる。恩に着るわ」
「いえ、こっちこそ我儘言ってすいません。有難いです」
「話変わるけど、大久保のオッサン……知らんか?
武田家を出奔して、隠棲してるらしいけど……」
俺は、この事も気になっていたのだ。
「知ってます。俺らは大久保長安として知ってますが、今は「大蔵長安」です。
実は、二年前に会ってるんです。その時は、今後どうしたらええか?
って話になって、他の転生者探してからやないと、動けんな……って結論になったんです。
隠棲してるというか……たぶん武田の領内を歩き回ってます。
なんか、色んな研究とか、鉱山探すとか、落ち着きなく過ごしてますね。どうも勝頼公とは合わんかったんや無いかな……」
「会う事できんかな?俺から説明したほうがええやろ?」
「じゃあ、取敢えず、オッサンの庵に左近を遣わします。居てなかったら待って、この山小屋で会うのがいいですよね?」
「そうしてくれるか?しかし、俺ら、此処に居って大丈夫やろか?」
俺は、けっこう不安だったのだ。
「客人や……って一応言うときますから、安心してください」
こうして、一応の話はまとまった。
あとは、武田家を活かす方法だ。しばらく先の事だが、今から作戦を練るしかない。俺ができる事は限られている。それから、俺たちは皆が待つ山小屋に戻った。
源七や、京姉が心配そうに待っていた。
「今、話し合いは終わった。源三郎殿と話したが……
形式上、歴史通りに武田家には滅びてもらう……
そして、本能寺の変の後に復活してもらう。その為には、一時、勝頼公が死んだと思わせることが必要や。そのために方策を考えることにする」
俺は、こう告げたのだった……
源七達は、不安そうに聞き入っていた。
「左近……今聞いた通りだ。これが最良の方策と心得る。
意に添わぬかもしれぬが、協力してほしい……」
源三郎も、横谷左近にそう告げた。
「若殿がお決めになられたのなら、某は従い申す。
この上は、我が配下も一命を賭して働きまする……」
「左近殿、忝い。某からも礼を言う」
俺は、そう言って頭を下げたのだった。
そして、一度、源三郎たちは帰って行った。俺は、簡単な書状を持って行って貰うことにしていた。
俺たちは、「大久保のオッサン」……この世界の「大蔵長安」に会うべく、しばらく此処に逗留することになったのだった。




