40話 滅びゆくもの
俺たちが、浅間山中の山小屋に移動し、数日が過ぎた。
その間に、源七達や、京姉と未来の話に花を咲かせ、また今後のビジョンについても意見を出し合った。だが結局行きつくところは、当面の話‥‥‥「武田家」をどうするか?という事だった。
「本能寺の変」が起こる‥‥‥これが大前提になる以上、阻害要因となるような歴史の改変は不可能だ。当然、武田家が滅びなければ、まず本能寺の変は起こらない‥‥‥と思われる。
仮に信二と話すにしても、基本戦略は明確にしておく必要があった。
そして、やはり表立っては歴史通りに、武田家には滅びてもらうしかない‥‥‥
という結論に至ったのだった。
この日は、かなり蒸し暑い日だった。初夏の高原地域にもかかわらず、風がほとんどない。花や虫たちも息を潜めているように思われた。空気が淀んでいる。俺の心を映すように感じられた‥‥‥
花畑の間の小路を、二人の男が歩いてくる。花々も悲しそうに萎れているようだった。
照りつける太陽の光が、黒い陣笠に反射していた。
俺は、この二人のうち一人が誰かは、すぐに理解した。
遮るものが何もないため、なかなか山小屋には近づかない。
俺は目を細めながら、ずっと待っていた‥‥‥
そして、相対した俺たちは数十秒、お互いを見つめ合った。
「お久しぶりです‥‥‥何と言ったらいいのかな?
一応‥‥‥真田源三郎信幸です」
「久しいな‥‥‥信二」
俺は敢えて逆らうように、未来の名前で呼んだ。
余所余所しくしたくなかったからだ。これから話す内容に、後ろめたさを感じていた‥‥‥というのも正直なところ、あったと思う。
「左近‥‥‥しばらく十五郎殿と話したい。二人にしてくれ」
信二はそう言った。おそらく、この人物は、信二が転生者であると知っているのであろう‥‥‥そう思った。そして、俺も源七に目で頷いて合図を送った。
俺は、近くの小川のある方へ信二を誘った。京姉は心配そうにしていたが‥‥‥
「恵介さん‥‥‥やっぱり転生してたんですね?会えてうれしいです」
「ああ、俺もや。実は、巧も純一も転生しとる」
「どうやら、俺は恵介さんとは、立場が異なる人間に転生したみたいですね。残念ですけど、今は敵同士みたいですし‥‥‥どうしたらいいか悩ましいです」
「信二が転生者やって知ってるのは、さっきの男か?」
「そうです。他にはまだ打ち明けてないです。実は怖くて‥‥‥さっきの男は「真田忍軍」の頭領のひとりで、「横谷左近幸重」です。知ってますよね?」
「ああ。詳しくな知らんけど、聞いたことはあるな。俺が告白したんは、さっきの四人や。全然歴史上は名前も出てこんけど、甲賀の忍びや。けど信用はできる」
「巧さんや純一さんは、誰に転生したんですか?」
「巧は、雑賀孫市の嫡男、鈴木孫三郎重朝。
純一は、長宗我部元親の嫡男、弥三郎信親や。
大久保のオッサンは大久保長安やってな?出奔して隠棲してるって‥‥‥」
「そうですか‥‥‥みんな歴史上の微妙な立ち位置の人物ですよね?」
「言われてみたら、そうやな?真田信幸が一番有名やろ?」
「まあ、弟の方が圧倒的に人気ありますけどね‥‥‥」
俺は他愛もない話ばかりして、先に進むのが怖かった。
だが、信二がそれを許さず、率直に聞いてきてしまった。
「恵介さん‥‥‥当然、あの「忌まわしい未来」を変えるつもりですよね?
計画あるなら、教えてもらえますか?」
聞かれてしまった‥‥‥言うしかないな‥‥‥
「そうや。この3年計画を練って、更に1年で、巧や純一にも会えた。そんで、皆で計画を立てたんや。信二や京姉、大久保のオッサンも参画してくれたら、こんな心強い事はないわ」
「具体的に、どんな計画なんですか?」
「信二‥‥‥怒らんと聞いてほしいんやけどな‥‥‥」
俺は、予めそう前置きして語り始めた。
「俺は明智十五郎や。有名な明智光秀の息子なんや。
で、転生してから4年程やけど、この時代に来て、父光秀が、日ノ本を治めるのに一番適任やと思った。やから、「本能寺の変」を成功させた後、織田家の残党に勝ってもらって、天下を掌握してもらおうと思ってる。
その後は、俺が後を継いで、日ノ本を目一杯発展させるんや。
で、何年先かわからんが、「大政奉還」して、立憲君主制を目指す。
まあ、「明治維新」みたいなイメージやな‥‥‥
それと、俺はその時に「新大陸」を目指すつもりや。
アメリカ本土に西海岸から上陸して、移民国家を建設するんや。
最終的には、人類の統一国家ができるのが理想やけど、俺が生きてる間には無理やろうな‥‥‥でも、この時代の世界の人々の教育水準を上げて、民主主義を成熟させていきたいと思ってる。
人類を核の業火から救うには、これしかない‥‥‥って思う」
俺は概略を掻い摘んで説明した。信二なら理解すると思ったからだ。
「その計画には、巧さんや純一さんも賛成なんですか?」
「ああ、そうや。そのために具体的に行動も起こしつつある」
「そうですか‥‥‥俺はどうしたらいいんですか?」
「もちろん協力してくれたら嬉しいけどな」
俺は率直に答えた。信二の気持ちを忖度してやりたかったが、計画を変えるわけにはいかない。辛いところだ‥‥‥
「じゃあ武田家は‥‥‥どうなるんですか?」
やっぱり‥‥‥そう思うよな‥‥‥俺は予想してたとはいえ、辛かった。
だが、言うしかない。呼吸を整えて語った。
「武田家は、歴史通りに滅びてもらうしかない‥‥‥」
言ってしまった‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥」
「信二‥‥‥納得してくれ。頼む」
「そんな事‥‥‥納得できる訳ないでしょ。あんまりや‥‥‥」
そう言って、信二は拳を握りしめた。
信二の瞳から、涙がいくつも零れ落ちた‥‥‥
そして、その涙は「小川のせせらぎ」に溶け込んでいった‥‥‥




