34話 再会
俺たちは、案内役の若い女と共に、浅間山中に向かっていた。
道中には、様々な花々が咲き誇っていた。
このような戦乱の世においても、自然の摂理は変わらない。
しばらく行くと、急に整備された道がなくなった。
そこからは、どうやら獣道のような、道とは言えぬものに変わった。
「ここからは、お一人でお願いいたします。
一里ほど奥に行けば、山小屋がござります」
若い女はそう告げた。
「忝い。源七……すまぬが、ここで待っておってくれ。
少し時がかかるやも知れぬ」
「若殿………大丈夫でござりますか?」
「うむ、約束じゃ。仕方あるまい。わしは先程の者を信じる。
もし、一日経っても戻らねば、来てくれればよい……」
そう言って、先の小道に歩を進めた。
そこからは、だらだらと続く坂道であった。木々の間からは鳥の声が聞こえる。
半里ほど行くと、森は開けた。辺り一面が「お花畑」である。
遮るものもなく、眼前には浅間山の雄姿が聳えている。
「確か一年後には噴火するんだったな……」俺はそんな事を思い出した。
すでに夕刻になりつつある。が、辺りは明るく、色鮮やかな花々に目を奪われた。
花畑の中央を、真っすぐな小路が続いていた。
俺は、その道をしばらく歩くことにした。当然、人影はない。花々の間を蝶や小さな虫が飛び交うのみだ。
音も、かすかに聞こえる野鳥の鳴き声のみだ。
俺は、両脇の花畑を見廻しながら、小路をゆっくりと歩いた。
四半刻ほど小路を行くと、先にまた森が見え、その脇に山小屋が見えた。
山小屋に着いたが、辺りに人影は見当たらない。
周囲には、乾燥させているのであろうか?摘み取った草木が置いてある。
「もし……禰津村より聞いて参った。どなたか居られぬか?」
俺は、少し小さめの声で呼んでみた。が、返事はない。
しばらく待つしかないと思い、大木の切り株で作ったらしい椅子に腰かけた。
眼を閉じてみた……俺は想像していた。今から会えるかもしれぬ者……
「京姉である気がする……いやそうであって欲しい」
そんな事を考えながら瞑目していた。そこで気づいた。
かすかに小川のせせらぎが聞こえる……近くにあるのか?
すでに日輪は傾き、山の端との距離が短くなっている。
俺は、小川があるらしき方角へ歩を進めた。人が踏み馴らしらしい形跡があった。
しばらく行くと、予想通り小川があった。水音は近いとけっこう耳を叩く。
そして、俺の視界の先に人影が見えた。けっこう距離はあるが、その長い髪から、女性であることはわかった。
俺は立ち尽くしていた。その女は「湯浴み」をしているのであろう。何も身に着けていない。ただ、黒髪と白い肌のコントラストだけが映っていた。
俺は、目を細めて眺めながら、未来の記憶を手繰っていた。
「京姉の体……何度もこの手に触れた肌……」
そして、その女が振り返った。俺は立ち尽くしたままだった。
その女も、裸体を隠すことなく、立ち尽くしたままだった。
小川のせせらぎ以外は何も聞こえない。お互いが視線を合わせたままだった。
「京……姉………」
「恵……君………なの?」
不思議と声だけはよく聞こえた。そして、自分の鼓動も……
時間が止まったようだった。だが、しばらく時間が流れたのだろう。
京姉が、巫女装束を着る、かすかな布が擦れる音が沈黙を破った気がした。
俺は、咄嗟に地面に視線を落とした。なぜか恥ずかしかったのだ。
俺たちは、言葉を交わすこともなく、山小屋まで歩いた。
「何も言えない」……お互いにそうだったのだろう。
お互いが、未来の年齢よりも若々しい、初々しいと言ったらいいのか……
そんな事を考えていた。
何も言葉が見つからなかった。
ただ、俺は徐に京姉に「唇」を合わせた。
京姉も同じように、何度も未来の記憶を手繰るように唇を合わせた。
この世界で十四の俺が、何も戸惑うことなく、京姉の乳房に手をやった。
そして、未来の俺たちがそうだったように「抱き合った」
何も聞こえなかった………
ただ、お互いがずっと肌を触れ合っていたい……そんな単純な欲望だけに支配されていた。
そして、知らぬ間に眠りに落ちていった。良く考えたら、未来の俺たちには、こんな場面は何度もあったのだ。
一刻ほど経っただろうか……俺は目を覚ました。
眼前には、京姉の少し切れ長の瞳があった。俺の頬を手で触っていた。
ずっと、そうしていたのだろうか?
「起きたのね?前世と全然変わってない……」
それが京姉が発した最初の言葉だった。
「京姉も………少し肌に張りがある感じ?おっぱいが硬いような……」
何を言ってるんだ俺は??
「クスッ……女心わからんのは変わらずやね?」
すでに姉弟のような会話になっていた。
「それで……京姉は、誰なん?」俺は聞いた。
「望月千代女……に転生したらしいわ」
「聞いたところでは、亡くなってるんやないの?」
「母はね。この世界での母が……歴史上有名な望月千代女。
といっても、ウチは会ったことない。記憶がないんよ。
当たり前やわ。転生した時に十三歳たったし、母が亡くなったのが、ウチが八歳の時やったらしい。だから、ウチは記憶喪失になった事になってる」
そういう事だったのか……謎が解けた。
またもや、俺が知らない「歴史の闇」に遭遇したわけだ。
「恵君は、この世界で誰に転生したん?」
当然のように、京姉は俺にも聞いてきた。
「うん。惟任日向守、つまり明智光秀の嫡男……十五郎光慶」
「そうなんや……愛宕百韻の結句の人やね……
先祖らしき人物に転生したんやね?」
そして、俺はまた京姉に唇を合わせた。
語り合うことは山ほどあったが、少しでもその肌に触れたかったのだ。




