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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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32話 新たなる旅立ち

世に言う、「京都御馬揃え」は史実通りに、無事終わった。

歴史の闇に埋もれた「陰謀」があったが、何とか表に出ることなく、未然に防ぐことができたようだ。京の町衆や、朝廷も拍手喝采し、五日後には、再度の馬揃えも行われた。

朝廷は上様を「左大臣」に推任した。そして、「正親町天皇の譲位」を条件にこれを呑んだのだった。

しかし、結局、上様が左大臣に任官することはなかった……


俺は、落ち着いたのを見計らって、父、光秀の元を訪れた。すでに四月である。


「父上、御馬揃え、なんとか無事に終わり、祝着にござります」


「うむ。十五郎、此度にの働き、見事。わしも助けられた。

源三や源七にも、感謝せねばならんな」


「はい、皆の力添えあっての事。それに孫三郎殿も……」


「お~そうじゃった。しかし、羽柴殿の件……

今後も、色々因縁がありそうじゃの……わしも心せねばのぉ」


「はい、ですが配下の間者共は、相当な痛手を蒙ったはず」


「まあ、「鳥取攻め」も近いであろう。

羽柴殿もしばらくは、そちらに専念するのではないかの?

それに、どうも再度の伊賀攻めが近い。

伊賀者らも一枚岩ではなく、上様に通じる者も出てきておる。

遺恨もある故、またぞろ血が流れるであろうの……」


「某も……初めて人を殺めました……

未だ思い出しては、震えが来ることがありまする」


「そうか……わしも初めて人を斬った時はそうであった。

じゃが、時の流れと共に、そのような感傷は無くなるもの。

わしの手は、すでの多くの血で汚れておる。

これも、日ノ本の民のため……と思うて、納得させておるが、最近つとに自信が無うなった。本当に「上様」の天下布武をこのまま進めてもよいものか……

大きな声では言えぬがな。ハハハッ……」


「内裏とのことでしょうか?」


「うむ。上様は左大臣任官を、帝の譲位を条件になされた。

そのように官位をもてあそぶことは、あってはならぬ事じゃ」


「上様は、誠仁さねひと親王殿下が帝位に就かれた方が、操りやすい……

そうお考えなのでは?」


「うむ。内裏もそう考えるであろうな……

そう思わせては、面倒なことになる。朝廷は固有の武力は持たぬ。

じゃが、その権威は、日ノ本になくてはならぬ存在。

表立って反目しては、絶対にならぬのじゃ」


「はい。上様は「権威あるもの」に対する扱いが、どうも配慮が足りぬようにも思いまする。まだまだ、抵抗勢力も多数ある、この状況……

戦の火種を多方面に振り撒けば、綻びが出るやも知れませぬ」


「うむ。が、もう止めることはできぬであろうな……

高野山、伊賀の地侍達に対しては、遠からず軍を発せられよう」


「やはりそうですか?畿内に後背定かならぬものが多いのは、上様としても、見逃せぬでしょうから」


「どちらにせよ……大敵は、毛利、武田、上杉であろうな……

西国は羽柴殿、上杉には柴田殿、武田には信忠様が当たられよう。

それだけの方面軍を養うだけの力が、すでに織田家には出来ておる」


「で、十五郎はこの後、如何いたすつもりじゃ?

わしは、しばらくは畿内から動けぬ」


「はい。武田や、その周辺の動きを探ろうかと思いまする。

恐らく、最も大掛かりな戦は、武田とでござりましょう?

近い将来、討伐の軍を仕向けられるはず……

東国は、武田以外にも、上杉、北条と難敵も多ござります。

ですが、某、その辺りの事情には疎く、気がかりでございす。

源七が戻りましたら、信濃方面を探りまする」


「わかった。じゃが、東国は我らの知らぬ土地柄じゃ。

おまえも、逞しくなったが、まだ十四……

わしは、正直心配でならぬ。

じゃが、おまえの働きに期待もしておる。

今後も、この父を助けてくれ」


「はい。ご期待に沿えるよう、粉骨致しまする」

そして、父光秀の元を辞したのだった。



季節は、とっくに春へと変わり、陽光が心地よく感じられる。

俺は、源七の帰還を待ち、そして、新たな仲間……

孫三郎、善之助等と、いつもの場所で落ち合った。


「若殿、お久しゅうござります。

この者等、新たに加わった、わが配下にござる」

源七が、配下を紹介した。まだ年の頃は14、5歳だろうか……

俺と同じような年齢と思われた。

しかし、俺と同年代で、一人前の「忍び」なのだ。


隼太ハヤタ以蔵イゾウ大吾ダイゴ黒目クロメオボロホタル……」

源七は、一人ひとり名前を呼んだ。

「若殿、この者等、身命を賭して働く所存。お言葉を頂ければ、嬉しく思いまする」


「うむ。わしも、そなた等と同じように、まだ若輩である。

じゃが、上様のため、明智のため、働く覚悟じゃ。

これから、命を粗末にせず働いてくれ。これが願いじゃ。良しなに頼む」

俺は、うまく言葉が選べなかった。

自分の命令一つで、同年代の若者が命を散らすかもしれない。

そう考えると、複雑な心境になってしまったのだ。


「承知。我ら、明智の大殿、若殿のため粉骨致しまする」

隼太がまず応えた。そして他の者も口々に誓いを立てた。


「お~遅れて済まん。お?えらい人が増えとるなぁ」

少し遅れて、孫三郎と善之助が到着した。


「孫三郎殿、新たに加わった、わが配下の者らです」


「ほ~若いなぁ……俺も変わらんねやろけど。

また別嬪さんが二人も居るし、はははぁ、頼もしいやないか?

鈴木孫三郎や。十五郎のダチや。よろしゅう頼む」

如何にも孫三郎らしい挨拶だ。


「わしは孫の……義兄弟の善之助や。

元は賞金稼ぎやけど、縁あって一緒に仕事さしてもらう」

ぶっきらぼうに、善之助が言った。


それぞれが、挨拶して、今後の方策を意見し合った。


「十五郎、わしは善之助と一度「土佐」に行こうかと思うてる。

色々調べたいこともあるしなぁ」

片目をつむりながら、孫三郎が語った。


「孫三郎、雑賀の家はどうするんや?色々あるやろうに……」


「いや、俺が居らん方がええ。クソ親父にゴタゴタは任せる」


「そうか……なら、信親殿との繋ぎも頼む」


「わかった。善之助と初音も一緒に来てくれ。

それと、十五郎、これな……信濃行くときに持って行ってくれ」

孫三郎は、俺に小さな木箱を渡した。

「小道具や。役に立つはずやからな」そう言って、肩を叩いた。


「わしはこれから、信濃方面に行くつもりでおる。

上杉、武田、徳川殿‥‥‥これらの情報を得るためには、東国の動きをつぶさに調べるべきかと思う。源七、また苦労を掛けるが、よろしく頼む。皆も頼んだぞ」


「承知いたしました……」口々に皆が唱和した。


俺は、新たな源七の配下が居たため、言葉を選んで話した。

孫三郎もそうであったに違いない。恐らく、意図は伝わったはずだ。

俺は、まず「信濃で調べること」を決めている。

孫三郎も、長宗我部信親……つまり「純一」に会うつもりなのだ。

一定の方針を共有し、俺たちは別れた。

そして、その後、改めて源七だけを呼び出した。


「源七、また呼び出してすまぬ。

先程は、新たな配下の者がおって、あまり話せなんだ」


「若殿、申し訳ござりませぬ。某が卒爾そつじでした。

で、例の「望月党」の事ですが………

我が里の頭領に色々聞きましてござる。

しかしながら、正直あまり詳しくはわかりませぬ。

望月党の首領であった、「望月千代女」は、すでに、この世にいないらしいですな。

そして、その後を継ぐ者が、「禰津村ねずむら」におるとの事。

ですが、今は武田家との関係も切れておるそうで……

何分、得体のしれぬ者共故、分るのはその程度でして。

まずは、行ってみなければ、何も掴めませぬな」


「そうか………では、信濃に向かうとする。配下の者共はどういたす?」


「はい。信濃方面は、若殿と某、疾風、琴音で参りましょう。

後の者は弥一に預け、徳川殿の周辺を探らせたく思いますが……

大願成就のためには、同盟者たる徳川殿の動向も重要かと」


「うむ。確かにそうじゃ。じゃが、あまり無理は禁物じゃ。

配下の伊賀者もおろう?慎重に頼む」


「承知しました。ただ、この「秘事」は、いつかは配下共にも打ち明けるべきでしょうな……時期は、若殿にお任せいたしますが」


「うむ。難しいのぉ……こればかりは……」


「して、信濃にはいつ出立いたしますか?」


「準備出来次第、すぐにでも参ろうぞ」


こうして、源七との話を終えた俺は、二日後、近江坂本を後にした。

季節は心地よい春に変わっている。琵琶湖を渡る風も、冷たさは感じない。

俺は、坂本城の「天主櫓」を見上げた。

澄みわたる空とのコントラストが、なんとも美しい。

しばらくは、見納めかもしれぬな………そんな感傷に浸っていた。





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