30話 京都御馬揃え
京近郊で、「壮絶な死闘」が繰り広げられた。
辺りには、多くの骸が転がっている。
俺は、「戦」の惨さを改めて噛みしめていた。しかも……
俺自身が、初めて人を殺めてしまったのだ。
まだ、現代人の感覚が抜けきらない俺は、巧、いや孫三郎の「適応能力」に、改めて驚愕していた。
源三の配下達が、急いでその骸を片付け始める。
街道沿いである以上、放置するわけにもいかないのだろう。
俺は、そこまで考える余裕はなかったが……
「十五郎?ちょっと善之助と話してくるわ。
説明せん訳にはいかんからな~。
おまえも、ちょっと気分でも落ち着けとけ」
そう言って、二人は社の中へ消えた。
雑賀の鉄砲上手「二人」が相対している………
片方は、雑賀一党の嫡男だ。もう一方は名うての賞金稼ぎである。
正反対の身の上だが、二人は「義兄弟」である。
「善之助、どう説明したらええかなぁ。困ったな」
「孫よ……言いにくい事は言わんでもええ。
わしは命を助けてもろうた。それだけの事や。恩に着るで」
「そう言うてもろたら……ちっと気が楽やのぉ」
「で、わしをハメやがった奴等は秀吉のモンや……
ちゅうのはわかっとる。で、おまえが一緒におるのは誰や?」
「あぁ。明智の家中や。んで、その配下の忍び衆や」
「ほぉ~~織田の家も身内で色々あるんやのぉ~。
やけど、この場には不似合いなヤツもおるやないか?
若殿とか、言われとる。何者や?」
「惟任日向守の嫡子……明智十五郎や。
驚いたやろな?普通はあり得へん状況やから。
実は……な。俺のダチなんや。ホンマやで」
「はぁ?ホンマかいや~?
やけど、何で「大名の嫡男」が間者働きしとるんや?
雑賀一党やあるまいし、考えられんで……
明智の大殿さんも変わった御仁なんやろの~?」
「いや、違う。変わっとるんは「あいつ」だけや。
それでや、細かい成り行きを説明するとな、織田家中で、羽柴と明智いうたら、出世頭やろ?競争相手や。つまり、羽柴が明智の面子潰すために、「馬揃え」をダシにした訳や。明智が奉行やからなぁ。
そのダシに入れる「具」がおまえやった訳や。
「公家のひとりでも的にかけろ……」って言われたんやろ?」
「けっ、アホくさ~~。わしは必死に悩んどったのに。
いっその事、「信長」を的にしたろかって思てな……
まあ、やらんかったやろけど。
しっかし、わしゃ許さんで。あの猿面間者だけわのぉ」
「まあ……ブチ切れるんは、しゃ~ない。
けどな。恩売る訳やないんやけど、力貸してくれんか?
実は、わしは、明智十五郎と一緒に、世の中を変える仕事をするつもりなんや」
「ええで。やったろやないかい」
「おい?何も聞かんと力貸してくれるんか?」
「聞いてもしゃ~ない。ボンクラな「わしの頭」で理解でけんやろ?
やけど、おまえの「勘」は信用しとる。退屈せんで済みそうや」
「ホンマにええんか?」
「二言はない。それに恩は返さな、気分悪い。賞金は、この火縄銃、貰うとく」
「お……ちゃっかりしとんの?使こてくれたらええ。お似合いや」
「ほんなら、その明智十五郎……紹介してくれるか?」
ほんの短い時間で、二人が社から出てきた。
戦国最強の鉄砲放ち二人が、並んで歩を進める。
「孫三郎の義兄弟……善之助言います。以後よろしゅうに」
前置きもなく、善之助は頭を下げた。
その後ろで、孫三郎が、何やら目配せしたのがわかった。
「明智十五郎光慶と申す。以後良しなに頼み入る」
俺も何も聞かず、頭を下げた。
そして、俺たちはその場を後にし、「馬揃え」を控えた京に向かった。
京の町は、「御馬揃え」という一大イベントで大盛り上がりを見せていた。
この日のために、父光秀は駆けずり回っていた。
上京の東側には、南北八町に渡り、馬場が整備されている。
そこに、諸国から武家、堂上衆や町衆までが集まり、賑わっている。
そして何より、「正親町天皇」が臨席されるのだ。
まずは、「丹羽長秀」他、摂津若狭衆が、行軍する。
一様に歓声が沸き上がった。
俺は、弥一と一緒に民衆に紛れて、こっそり見物した。
三番目に、父、光秀が行軍してきた。
真っ直ぐ前を見たまま、父は行軍し、通り過ぎていく。
「謀略」があったことは、もちろん知っている。
今、父光秀は何を思うのであろうか?
決して、晴れやかな心持ではないだろう。安堵感しかないんだろうな……
俺は、そんな父をずっと見つめていた。
そして、最後に、「織田信長」が行軍していく。
派手好みの信長らしく、絢爛豪華そのものである。
俺は、想像していた。信長は「得意の絶頂」にあるのであろう……
しかし、俺の知る歴史では、近い将来、父光秀に討たれるのだ。
「今の日ノ本では、わしの思い描く天下の在り様は無理じゃ……」
そう言った、「信長の言葉」が、心の中で響いていた。
もし、本能寺で斃れる事がなければ、日ノ本の歴史はどのように変遷するのであろうか?何故か、そのような空想が、頭から離れそうになかった……




