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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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29話 経験

京の「馬揃え」を二日後に控え、俺たちは古寺に集まった。

孫三郎が、気になる情報を得たからである。

旅の行商人から、近郊の山中で、「やたらと鉄砲らしき音が聞こえる」

というのを聞いたのだった。

孫三郎は、確信をもって語った。


「善之助や。間違いない‥‥‥親父が渡した鉄砲を試しとるんや。

鉄砲いうんは、扱いが微妙なもんなんや。

クセがあるから、慣れるまで時間がかかる。

あいつのことや、仕事までに「慣らし」しとんのやろ」


「しかし、灯台下暗しやな。町中探しても見つからんはずや。

俺としたことが、気づかんかった。ボンクラはあかんのぉ」


「孫三郎、今更いうても仕方ない。すぐに向かおやないか。

秀吉の間者らが動くかもしれんが、行くしかない。

琴音は念のために、源三に知らせに走ってくれ。

敵が見えんし、「戦」になる可能性が高い」


「承知………」そう言って琴音は知らせに走った。


「では、参ろう。ここから然程遠くはない」



その頃、「賞金稼ぎ」、善之助は山中から出て京に向かおうとしていた。

孫三郎と同じく、背中には2連の火縄銃を担ぎ、短筒と刀を差している。

若干背は低いが、筋肉が鋼のように引き締まった男だ。

そして、誰も訪れる事はないであろう、廃墟のような街道沿いの社で、手を合わせ、瞑目した。


「親父よ‥‥‥信長は親父の仇やけどなぁ。どうしたろかのぉ‥‥‥

こんな仕事が俺のとこに来るんは、因果なもんやのぉ。

せやけど、今、信長を撃ったところで、空しいだけかもなぁ」

善之助は心の内を、その社の前で吐露した。

そして、何やら不穏な空気を感じたのだ。


「シュンッ」という空を切る音が聞こえ、そして直後に「キンッ」という音とともに背中に衝撃を感じた。野生の勘で危険を察知し、咄嗟に社に身を滑り込ませる。


「誰じゃ~~?」

その気配は答えない。だが複数であることはわかった。


「秀吉の飼い犬やのぉ~?汚ったないマネするんやのぉ?

出てこんかぃ。ぶち殺すどぉ~~」

善之助は、ずっと間者共に見張られてると知っていたが、当然だろうとも思い、放置していたのだ。そして、善之助の問いかけには、棒手裏剣の応酬が返ってきた。


「ふんっ。事が露見でもして、始末するつもりやな?」

そう心で呟くと、善之助の中の野獣が目覚めた。

背中に受けた棒手裏剣は、運良く背中の火縄銃で跳ね返されていた。

そして、敵を目で追う。


「パパァァ~ン!」という音がした。

その弾丸は正確に、間者の眉間に吸い込まれていった。

目を見開いたまま、その間者は倒れこんだ。


その音は、近くに迫っていた俺たちにも聞こえた。

走る………「孫三郎?間違いないな?」

「ああ、あの音や。急ご」


そして、2回目の音が聞こえた。「近い‥‥‥あの社や」

思った刹那、聞き覚えのある「空を切る音」‥‥‥

そして、躱す‥‥‥しかし、間者共が数人立ちはだかる。

「戦」になる‥‥‥俺は緊張した。この期に及んでは、自分の身は、自身で守るしかない。そして、始まってしまった‥‥‥「命の取り合い」が。


孫三郎は、社まで一気に走り抜け、板戸を蹴倒し滑り込む。

「善之助、久しいのぉ?怪我はないけ?」


「孫か?変なとこで会うのぉ?どうやら助けられたんかのぉ?」


「話は後や‥‥‥その銃‥‥‥よう当たるやろが?

兎に角、今は生き残ること考えよ?」


こうして、「雑賀の鉄砲上手二人」の火縄銃が火を噴いた。

寸分狂い無く、敵を打ち倒すが、如何せん玉数が限られている。

火縄銃と短筒を撃ち尽くすと、二人は抜刀し、敵中に突っ込む。


そして、俺にも敵の間者が立ち向かってきた。

「忍刀」を構え、素早く突きかかってくる。

しかし、弥一の放った棒手裏剣が、首筋に突き刺さる。

その弥一に、今度は別の敵が‥‥‥

俺は、無意識に、短筒をその敵に向かって撃った。

敵は、たじろいだ。腹に当たったのだ。

そして、俺は太刀をその敵に向かって薙ぎ払った。

鈍い感触が伝わった‥‥‥血飛沫が弧を描いて吹き付けた。

「人を斬ってしまった‥‥‥」


しかし、まだ複数の敵がいる。誰もが血潮を浴びている。

短時間のうちに、敵十数人が討ち取られていた。

だが、まだ俺たちと同数の敵がいると思われた。


膠着状態かと思われた状況が変わったのは、その直後だった。

その敵に向けて、十に近い棒手裏剣が一度に襲った。

瞬時に、敵数人が打ち倒された。

数名生き残った敵は、構えを取ったまま後退りする。

不利を悟ったのであろう‥‥‥潮が引くように退却していった。


源三とその配下達だった。


「若殿、間に合いましたな。ご無事ですか?」


源七とともに、「明智忍軍」を率いる頭領である。

大柄な源七と違い、源三は小柄だ。

だが、俊敏そのものといった男である。

何よりも目を引くのは、その隻眼である。「歴戦の証」だ。


「助かった‥‥‥恩に着るぞ」

俺は、震えながら答えた。太刀を固く握りしめたままだった。

初めて人を斬ったのだ。その鈍い感触が右手には残っている。


「まだ敵が居るやも知れぬ。周りを探せ」

源三は配下に指示を出すと、俺に竹筒を差し出した。


「若殿、お飲みくだされ。楽になります。秘伝の薬が入っており申す」

俺は空いている左手で一気に飲み干した。

かなり苦かったが、不思議と気分が楽になるような気がした。


「十五郎、無事か?俺らもみんな大丈夫や。」

その言葉を聞いて、体の力が抜けるような気がした。

俺はその場に座り込んでしまった。

孫三郎は、いつの間にか左腕に布を巻き付けていた。


「おい。斬られたんか?」


「ああ、かすり傷や。すぐに初音が傷を吸うてくれた。

たぶん毒は塗ってなかったようや。大事ない」


「よかった‥‥‥他の者らは怪我はないんか?」


「ああ、大丈夫や。みんな強いのぉ」

俺は再び安堵した。そして、暫しの時間が流れた。







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