28話 闇の眼
俺は、父光秀の元を辞すると、早速京に向けて坂本を後にした。
孫三郎と源七の配下等は、先に京周辺に向かっている。
源七だけは、別行動を取り、伊賀甲賀方面に向かった。
秀吉の間者の情報を調べる事と、もう一つ、俺が調査を依頼した事もあったためだ。
俺は、護衛として付き添いを命じられた、弥一とともに、京への道を急いだ。
弥一は疾風とともに、源七配下の忍びの中では「小頭」にあたり、源七からの信任も厚く、そろそろ指揮を任されつつあった。
だが、よく考えれば、源七と離れて行動するのも初めてである。
「若殿、某も頭のように、必ずや大願成就のために粉骨致しまする」
弥一が馬を駆りながら、俺に語り掛けてきた。
「うむ、頼み入るぞ。源七もそろそろ指揮を任せられると言っておった」
「いえ、某などは、まだまだにござる。頭のようには、とても‥‥‥」
「弥一は、年はいくつなのじゃ?」
「はい、確か十八か十九にござります」
そうか‥‥‥この世界の俺より5歳も上なんだな。
まあ、俺は実際には22歳+3歳だから、25歳だけどな。
しかし、弥一はじめ配下の者らは、自分の年齢が大凡でしかわかっていない。
弥一も、源七と同じ孤児である。戦乱の中で親に捨てられた。
あるいは山賊や野伏に襲われ、親を失ったか‥‥‥
そういった、不幸な身の上の者たちだ。
源七や、源三らの属する忍びの集団の頭領は、こうした孤児らを集め、忍びの者として、育てているのだ。俺は、そのような世の中を一刻も早く変えたい‥‥‥
話していて、そのような事を思い浮かべた。
そして一旦、孫三郎らと合流したのだった。
その場所は、京の町の外れにある。
度重なる戦乱によって、廃墟となっている古寺であった。
「若殿、どうも何者かに遠巻きですが、監視されておるやも‥‥‥と」
疾風が、冷静だが、若干不安そうに言葉を発した。
「そうかもしれんのぉ。俺や初音も付けられとったかもな?
大方察しは付くが、秀吉の間者やろ」
「やはりそうか。我らと、その「善之助」の双方を見張ってるのかもな」
「はい。今後どのように処しましょうか?」
「動きにくいかもしれぬが、善之助を探すしかあるまい。
今の時点では、表立って襲われるような事もなかろう。
大事になるのは、敵の側も望まぬはずじゃ。」
「まあ、考えてもしゃ~ない。
念のために何人かで組に別れて、動くことにしようやないか?」
孫三郎が提案した。
「では、孫三郎、初音、疾風は一緒に頼む。
わしと、弥一、琴音で、二組に別れよう」
「承知‥‥‥」
「しかし、町中から探すしかないやろ。俺は下京にいく。
勝手わかっとるし、あいつが立ち寄りそうな店もあるからのぅ。
十五郎は上京探してくれるか?まあ単純やけど。
細々考えてもしゃ~ない。適当や」
孫三郎らしいな‥‥‥如何にも。
「わかった。「馬揃え」まではもう十日もない。
もし、陰謀の目的が予想どおりなら、必ず京に現れるはずや。
苦労かけるが、皆も頼む。孫三郎も頼んだで」
その頃、京の都から遠く離れた「姫路」では、羽柴秀吉と黒田官兵衛、そして見知らぬ男が謀議を重ねていた。
「で、官兵衛、かの者はうまく役目を果たしそうかの?」
「三左、どうなのじゃ?殿に包み隠さず申せ」
「はっ。かの者は、その筋では知られた賞金稼ぎ。
公家の一人くらい狙うのは、造作も無き事かと。
が、少し気がかりな動きもござりますれば‥‥‥」
「如何なることか?」官兵衛が問い質した。
「はい。例の明智の小倅が、またぞろ動き出してござる。
それに雑賀の小倅まで。何やら我らの動きを察知したやもしれませぬ。
我が手の者に監視させておりますが、京に入ったよし」
「なんじゃと~~?ま~たあの小倅か?ほんに目障りなヤツじゃ。
官兵衛、どうしたものか?」
「はっ。未だ事が実行された訳ではござりませぬ。
先に露見するような場合は、証拠そのものを消し去るべきかと‥‥‥」
「三左よ?かの者は今どこにおるのじゃ?」
「はい、未だ京の町中にはおりませぬ。
何やら、近郊の山中にて、鉄砲の試し撃ちばかりしておるそうで。
必ず約束を守るのが、賞金稼ぎの掟。
違えるような事は無きものかと思いまするが、変わり者にて。」
「三左、万一、明智の小倅どもと関わりを持てば‥‥‥
即刻始末せい。小倅どももまとめて、幽冥界に送るのじゃ」
秀吉が、本性をむき出しにして命じた。
「殿、それはいささか危険が大きくはござりませぬか?」
「いや、後の障害になるものならば、この際に片付けよ。
影働きなどしておる者ならば、光秀とて、表に出せまい。
よいな?必ず一人残らず始末せい」
「ははっ。ですが、その者ら、意外に手ごわき者ども。
わが手の者だけでは、手に負えませぬ」
三左は「忍び」だけに現実的に意見を述べた。
「うむ・・ならば、官兵衛どうすればよいかの?」
「殿、ここは万一を考え、見送られるべきでは?
即刻、かの者を始末すれば、事なきを得ましょう」
「うむ。致し方ないかの‥‥‥よきに計らえ」
「三左よ。仕損じるでないぞ。必ず始末いたすのじゃ。よいな?」
三左は、言葉を発することなく、頷いた。
そのような密議をされているとは、俺は知らなかった。
当てがある訳もなく、上京の町を探し回っていたのだ。
そして、何の手がかりも無いまま、徒に時間だけが過ぎていった。
もう「馬揃え」までには三日しかない。




