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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
本能寺への道
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27話 洞察

昼過ぎに孫三郎達との密議を終え、俺は早速父を訪れることにした。

午後は小春日和といった感じで、過ごしやすい。

回廊の庭には、紅白の梅の花が咲き乱れている。

俺は、少しの間見とれていた。陰謀渦巻く時代にあっても、自然だけは変わらない……そう思いたかった。しかし、そのような感傷に浸る「時間」はすぐに足音に破られた。


「ドンっドンっ」、けたたましいと言っても過言ではない。

その足音の主は、中肉中背だが、たっぷりと蓄えた髭のせいか、厳めしい武将のように見える。

しかし、大きな目と、その何とも言えない所作のためか、「愛嬌があるオッサン」という印象が強い。

そのオッサンは「斎藤内蔵助利三」……父、惟任日向守光秀の股肱の臣である。


「お~~若殿、お久しゅうございます。逞しくなられましたなぁ」

利三は、大きな目を細めて言った。そして、俺の肩を両手で掴み、「これから、殿のところですかな?

後程で結構ですので、某の愚痴でも聞いてくだされ」

きたぁ~~このオッサンは「アツい」のだ。

思ったことは口にしないと気が済まない。しかも声がデカイ。

まあ、父への忠義心は誰にも増して強いのだが。

戦場では、圧倒的な武勇を誇る名将なんだが……なんせ疲れる。


そそくさと退散した俺は、父の居室を訪れた。


「お~十五郎か?利三に会うたのであろう?」


「はい。相変わらず内蔵助殿はお元気そうで……」


「はははっ、此処まで聞こえておったわ。後で話を聞いてやれ」


「はい。元気を貰います」俺は笑って返した。


「して、如何した?何か良からぬ事でも出来したのか?」


「はい。例の馬揃え……羽柴殿が謀を巡らせておられます」


「ほぅ。詳しく聞かせよ」


「先程まで、雑賀の、孫三郎殿と話しておりました。

堺より、初音と共に急遽、坂本まで知らせに来られました。

孫市殿よりの話なのですが、どうも羽柴殿が刺客を雇ったらしいのです。

その刺客は、雑賀衆の「賞金稼ぎ」にござります。

孫三郎殿曰く、「善之助」と申す者で、かの「杉谷善住坊」の子息とか。

かなりの鉄砲上手にござります」


「すると、誰かを狙撃すると……そういうことか?」


「はい。それも恐らくは、公家衆の方々ではないかと」


「さすがじゃの……十五郎。筑前殿が首謀であるとすれば、わしや、上様ではないであろうからのぅ。馬揃えを血で汚し、わしの面目の失墜を謀る……そんなところか……」


「ご明察かと……ですが、この場合……」俺は一呼吸間を置いた。


「この場合、首謀者の意図と、実行者の考えが合致するとは限りませぬ」


「事情を知らぬ筑前殿が、刺客を雇い入れたは良いが、実際には、その善之助とやらが、上様を的にするやも知れぬ……そういうこと事だな?」


「はい。遺恨を晴らせる、またとない機会ですから」


「どちらにせよ、その者は羽柴殿の間者に処分されような?」


「はい。疑いなく……その者、孫三郎殿の知己にて。

早々に探し出すべく、すでに出立なされました」


「わかった。わしも動くとする。じゃが、表沙汰にする訳にはまいらぬ。

源三らにも、京周辺を怠りなきよう警戒させるとする」


「はい。某も源七らと共に動きまする。間に合えば良いのですが……」


「うむ。この期に及んでは、致し方あるまい。

単身、民衆に紛れ込まれては、往生しそうじゃ……」


「はい。某も京に発ちまするる。此処におっても何もできませぬ故」


「そうか……くれぐれも気をつけてな。

それと……四国の動静じゃが……お、そうじゃな。

利三に詳しく聞くがよい。話すのであろう?」


「えぇ?……内蔵助殿に聞くのですか?」俺は少し気が滅入った。


「なんじゃ、嫌そうな顔をしておるの?利三は、わが股肱の臣じゃ。

あれでいて、言葉は悪いが、愛嬌もあるのだぞ?はははっ。

おまえも明智の嫡男じゃ。臣下の者の愚痴も聞いてやることじゃ。

よいな?」


「はい。肝に銘じまする。それでは……」

俺は父光秀の元を辞すると、その足で内蔵助の元を訪れた。

といっても、城内にいたので、空き部屋に誘い、話を聞くことにした。


「若殿、聞いてくだされ~~某、あの「ハゲネズミ」には我慢がなりませぬ。

上様に、長宗我部家との違約を唆したのは、あ奴の企みですぞ」


「内蔵助殿、もそっとお声を……誰かに聞かれると……」


「あぁ、申し訳ござらぬ。秀吉は「三好笑巌」殿とも近うござる。

阿波での、三好家の復権を後押しする狙いで、上様に吹き込んだに相違ござらぬ。上様に違約されると、わが殿の面目は丸潰れにござる。あ奴の考えそうな事じゃ。

某も、養兄も……勘弁なりませぬ」


はやり……俺が未来で知っていたシナリオが当たっていたのだな。

結果として、この事が、後の四国征伐に結びつくのだが、歴史の中の「螺旋迷宮」を彷徨う心地がした。


「しかし、内蔵助殿、事を大っぴらにはできますまい。あくまで、上様のお考えなれば、その臣たる父も、咎め立てなどできる立場ではござりませぬ」


「だから、何とも腹立たしいのでござる。

あのような姑息な手を使うとは、ほんに許せぬのでござる」


「内蔵助殿、父はその事、それほどご立腹ではございませぬ。

あくまで、上様の天下布武を見据えられての事……」


「それは、某とてわかっており申す。

しかし、某の主君は、我が殿唯一人。上様ではござらぬ」

本当に有難い言葉だと思った。斎藤内蔵助利三は、史実では、「本能寺の変」後も最後まで、父、光秀と運命を共にする。

そして、山崎の戦いで先鋒を務め、獅子奮迅の活躍をする。

が、衆寡敵せず敗退し、最後は刑場の露と消える運命にある。


「我が父にも聞かせてやりたいくらいのお言葉……

十五郎からもお礼を申し上げます。

ですが、何卒辛抱なさって下さりませ」

俺は、内蔵助を宥めるしかなかった。

我が父光秀……その反対の立場にいる「羽柴秀吉」という男。

この男の「手段を選ばぬ」向上心。確かに見上げたものであるが、「歴史変革」を目指す俺たちの、最大の障害になるのだろうな……そう確信した。

だが、今はそれを阻止するために、目先の事をやるしかない。

「馬揃え」を無事に終わらせるために……そして未来のために……



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