26話 暗躍
孫三郎と初音は、早朝には京を発った。
冬も終わりに近づき、早春の兆しも感じられるが、まだ、朝は凍えるように寒い。
馬を飛ばして、何とか昼前には近江坂本に到着した。
何か事が起きた場合のために、十五郎達と弥三郎の間で、予め、落ち合う場所を決めてあったのだ。
例の、坂本城下の外れにある、「豪農の空家」である。
十五郎は、初音からの知らせを受け、すぐに坂本城内から抜け出した。
要領も心得たもので、うまく庄兵衛の眼を盗むのだ。
源七や、配下の者等も含め、七人集まったところで密議に入った。
「十五郎‥‥‥不味い事になったかもしれんわぁ」
まずは、孫三郎が口火を切った。
常に陽気なこの男が、苦虫を潰したような顔をしている。
「孫三郎‥‥‥何があったんや?」
「うむ。ひょっとしたら、おまえの親父さんや、わからんけど、信長が狙われるかもしれん。刺客を差し向けられとる」
「どういう事や?詳しく聞かせてくれ」
「おぅ、俺……堺で、オヤジに会うて、色々話したんやけどなぁ。
どうも秀吉が裏で「絵」描いとって、銭で「刺客」を雇いよった。
その刺客いうのが、困ったことに、スゴ腕の鉄砲放ちなんや。
そいつは、実は俺の「兄弟分」いうたらエエかな……
小さい頃から、俺と一緒に鉄砲習っとった、「ダチ」なんや。
あの有名な「杉谷善住坊」の息子なんや」
源七等も、不安げに聞き入っている。
「孫三郎殿、その刺客ですが、本当に上様や大殿を狙うのでありしょうか?」
源七が、何やら疑念を抱いたようだった。
「どうかなぁ~?けど、そいつ、「善之助」言うんやけど、親の敵討ちと、「銭」と一石二鳥の仕事やし、嬉々として、仕事受けたような気がするで‥‥‥」
果たして、本当にそうだろうか?俺も少し違和感を感じていた。
「孫三郎?これは、俺の推測なんやけどなぁ。
秀吉が「仕事」を依頼したのはええとして、その中身がどうかと言う事や。
秀吉が上様の暗殺を企てるとか、今の時点で、それは絶対ないと思うんや。
秀吉も、「上様あっての自分」いうのはわかってるはずや。
今、上様が死んだりしたかて、何の得もないはずやと思う。
逆に失うモンの方が大きいはずなんや」
「ん~~言われてみたら‥‥‥そうかもしれんなぁ。
けど、善之助は「鉄砲放ち」なんやで?
今までも何遍も、その手の仕事受けてきとる。
狙いは、おまえの親父かもしれんで。
織田家中では、一番の競争相手やからのぉ‥‥‥」
「いや、違うな………そうやない」
俺の中で、何かが氷解しつつあった。
「今、俺の父、光秀を亡き者にする‥‥‥いうのは、これも秀吉の得にはならん。
今の時点では‥‥‥な。
朝廷との取次や、織田家にとっての重要な役目を父、光秀はこなしてる。
織田家の中では、代替えなんか誰も無理な仕事なんや。
ましてや、暗殺とか、万一、失敗してみぃ?黒幕が誰やったかとか、追及されるんや。
そこまで危ない橋は渡らんで」
俺の頭は高速回転していた。そして、一つの結論に至ったのだ。
「見えたかもしれん‥‥‥裏側がなぁ」
「どういうこっちゃ?」
孫三郎は首を傾げている。他の者らも同じく‥‥‥
「馬揃えや‥‥‥それしかない」
俺は話を続けた。
「この月の末に、京で、帝もご臨席される馬揃えがあるんや。
孫三郎は知っとるやろ?父光秀が、その奉行しとるんや。
もし、何か騒ぎでも起きてみぃ?
父、光秀の面目は丸つぶれや。上様の勘気を蒙るやろ。
競争相手を、蹴落とすことができるわけや」
「そうやなぁ、例えば、大勢に影響ないような、公家とかを的にする‥‥‥この辺りな気がするで。
騒ぎが大きくなって、上様の顔も潰れ、尚且つ父、光秀の面目を潰れる。
後は、間者使こうて、その善之助を口封じしたら‥‥‥
秀吉にとって、万々歳な訳や。確証はないけど、そんな気がする」
「なるほどなぁ。それやったら合点がいく話や。
ボンクラなおまえにしたら、上出来ちゃうか?」
「若殿、某も合点がまいりまする」源七も納得したようだった。
「孫三郎?その善之助いうのは、「ダチ」なんやろ?
なんとか、探し出して説得できんやろか?
仮に、俺の予想が当たってるんやったら、命が危ないで」
「わかった。京を中心に色々、ツテ当たってみる。
間に合うたらええんやけどなぁ」
「源七等も、孫三郎の手伝い、頼めるか?
わしは、この事、父に伝えて善後策を考える」
「承知しました。某は、羽柴殿の間者共も調べたく思います。
潜在的な敵である上は、やはり同種の者らの素性も知っておくべきです」
「わかった。その辺は任せる。皆、頼んだぞ」
そして、俺たちはそれぞれの目的に向かって動き出した。
何やら、前途に立ち込める暗雲が、心を騒がせ始めていた。




