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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
263/267

264話 信澄動く

 天正十一年三月三日、伊勢湾からの微風が、此処、伊勢長島城にも渡ってきていた。一万三千もの軍勢が参集しているが、兵達の喧騒はなく、横木瓜の軍旗も音を立てずに揺れるのみである。


 津田七兵衛信澄は伊勢方面の軍団長として徳川方と対峙していた。木曽川を隔てた勝幡城には、榊原小平太康政率いる徳川勢一万が対峙している。伊勢方面の戦場は、互いに相手の行動を牽制するのが役目であり、無駄な戦端を開く事はなかった。両方が物見と忍びを放ち、常に監視させることに終始していたのである。だが、目まぐるしい戦況の展開がこの均衡状態を崩そうとしていた。即ち、明智忍軍によって、近江、摂津方面の状況がもたらされたのである。

 七兵衛は書状に目通しすると、何も言わずに側近の津田与三郎に手渡し、片膝を付いて控えている若い忍び、六郎に問いかけた。


「大殿は他に何も言っておられなかったか?」


「七兵衛様にお任せする故、善処されたしと……」

俯いたまま六郎は答えた。


「目まぐるしく変わる戦況は、長島におっては辛い処よのう……大殿には、七兵衛が討って出ると伝えてくれ。徒に時間を浪費しても詮無しとな……」


「承知……」

六郎はそう答えると、すぐにその場を辞した。


「殿、よろしいので?」

書状に目通しした与三郎が問いかけた。


「その書状は二日前に大殿は発給したものよな?状況を鑑みるに、坂本、安土が危ういであろうよ。しかも、こちらから打つ手が限られておる。伊勢方面が動けば、徳川勢も後が気になるであろうよ……」


「ですが、彼我の戦力は拮抗しておりまする。互いに城から動けぬこの状況……如何にするので?明らかに攻める側が不利になるのではありませぬか?」


「何も真正面からぶつかる必要はあるまい?我が軍勢の内三千を後方に送るつもりよ……」


「飲み込めませぬが……」


「志摩には九鬼右馬允殿が戻る頃合いよの?」

七兵衛は問いかけるように笑った。


「中入りにござるか?」

与三郎はハッとした表情で語った。


「そうじゃ……三千を志摩水軍の軍船で運び、熱田に上陸させる。徳川殿としては外聞が悪かろう?無論、港や町を焼き払う必要はない。脅し付けてやればよかろう。榊原小平太にとっては王手飛車取りよのう?時間稼ぎにはなるであろうよ。一万の軍勢を分けるか……あるいは熱田、津島を捨て殺しにするか……」


「なるほど……」


「わしが書状を認める故、源右衛門と左衛門尉に三千を率いさせ、志摩に向かわせよ」


「して、我等は如何に動きまするか?」


「わしが八千を率い、木曽川右岸を遡る。加兵衛に長島の守りは任せるつもりよ……」


「些か危険な気も致しますが……」


「戦力は拮抗しておる。小平太は大胆な手は打てぬであろう?目的は徳川の搦手を揺さぶることにある。特に熱田・津島は補給の源泉じゃ。大殿は極力、商人共には寛容に接してきたが、この際は致し方あるまい……」


七兵衛は、渡部源右衛門、木造長政に別動隊三千を預け、海路で津島・熱田に侵攻し、本隊は牽制の役目を兼ねて、尾張美濃へ侵入しようとしたのだ。

こうして、伊勢方面でも戦局が動こうとしていたのである。




     ◇◇◇◇◇




 一方、徳川勢に囲まれていた坂本城では、第二幕が始まっていた。三の丸から二の丸へは二カ所の橋でつながっている。その橋の下は、琵琶湖から引き入れた湖水が満ちており、堀を形成していた。二の丸に攻め入るには、二カ所の橋を渡る必要があり、当然、大軍の利点を活かせない。そこで家康は、焼き払った城下の廃材を使って堀を埋め、戦術の幅を広げようとしたのである。


 堀の間近まで部隊を接近させ、頑強な盾を並べ、飛び道具で援護しながら、廃材を投げ入れていったのだった。無論、城方の明智勢は手榴弾、弓鉄砲で妨害するが、徳川勢の人海戦術を前に、徐々にではあるが堀は埋められつつあった。


「申し上げます……徳川勢は鉄盾を並べ、断続的に堀を埋めようとしておりまする。敵勢の集結場所までは手榴弾は届きませぬ」


「相分かった……引き続き飛び道具で応戦せよ」

明智十次郎光泰は、現在、坂本城の城代を務めていた。齢十三であったが、周りを歴戦の将たちが固めていた。


「さて……如何致しますかな。このままでは直に堀は埋められ、全方位から攻撃を受けることになりまするな?」

磯野丹波守員昌が語った。


「さすがに徳川殿と言えますかな……無駄な戦闘を徹底的に避け、万全の体制を整えてから攻める腹積り」

丹羽長秀も同調した。


「討って出る事は能うるでしょうが、敵も想定しておるでしょうし、対策が難儀ですな」

蒲生賦秀も打つ手無しといった表情で答える。


「武器弾薬を節約しつつ、時間を稼ぐしかあるまいな……」

光泰の後見人である妻木範煕もそう言うしかなかった。


「此方の妨害を受けながら堀を埋めるのに、如何ほど時間がかかりましょうや?」

光泰も不安げに問いかけた。


「さて……四、五日といったところですかな?その間にどう情勢が進展するかにござるな」


坂本城でも妙案が浮かぶわけではなく、その場で時間稼ぎをするしかないような状況だったのである。







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[一言] ここんとこ主人公が空気、活躍期待してます。
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