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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
254/267

255話 半兵衛の言霊

 天正十一年三月朔日、日輪の光は愚かにも争い合う人間達を陽気に照らし出した。明け方の寒さとは打って変わり、春らしい黄色い光を撒き散らしている。だが、絡み合うように彩るのは真っ赤な血の色でしかないのだ。


「申し上げます、伊丹兵庫様……御討ち死に」


「脇坂甚内様、片桐助佐様、討ち死になされましたーー」


「何じゃと……甚内、助佐が?」

秀吉の子飼いの若武者達が討ち死にした言うのだ。脇坂安治、片桐且元は史実では賤ケ岳の戦いで活躍し、七本槍にも数えられ出世した武将である。


「はい……根来鉄砲は凄まじく、前線は押し返されました……」


「ちっ……焦りが過ぎたか。今はまだ混戦か?」


「一斉射撃の後、敵勢が本丸から突出し一進一退にて……」


「それでよい。黒田勢には二の丸郭で混戦に持ち込むよう伝えぃ。馬廻り衆は一旦下がるせ、代わりに伊右衛門と孫平次を差し向けよ」

秀吉は子飼いの馬廻り衆を下げ、山内一豊、中村一氏の部隊を向かわせたのだった。


「三の丸はどうか?まだ打ち破れぬか?」


「殿……差し出口を致しますが……」

傍らに控える大谷紀之介が意見した。


「ほぅ……紀之介か?やっとモノを言う気になったか?」


「お叱りを承知で申し上げます。某は一度撤退すべきと心得ます」


「日向守の首に片手がかかっておるのだぞ?」


「確かに……ですが敵の援兵が気掛りです。もうすぐ昼にございます……」


そこへ注進が告げに来た。


「殿……夢を見ました……紀之介の申す通り……早めの果断が……肝要に……ござる」


「官兵衛ーーっ 起きて良いのか?」


右足を切断し、昏倒していた黒田官兵衛が運ばれてきたのである。全身から汗を滴らせながら、鋭い眼光を秀吉に向けた。


「殿……敵の援兵が迫っておるはず。日向守の首は、今刎ねずとも……」


「何故戦況がわかる?」


「半兵衛殿が夢の中に来られました……ように思いまする。幻やも……しれませぬが……」


「半兵衛……とな?」


「如何にも……」

そこへ新たな注進が駆けつけた。伊賀衆からである。


「申し上げます。京の街から、一部の明智勢が迫っておりまする。八木豊信様、討ち死に。垣屋様も行方が分かりませぬ」


「官兵衛の夢が……現になったようじゃな」

秀吉はポツリと呟いた。


「兵は如何ほどじゃ?」


「一千に満たぬとは思われますが、都の戦火は沈静化に向かっておりまする。敵の援軍が増えぬとも限りませぬ」


「相分かった。小一郎に伝えよ。一旦摂津表まで退く。諸将にも上手く戦線を縮小するよう告げよ。高槻の宇喜多にも早馬を出せ」


「殿……今は……堪えて下され」

官兵衛は大きく肩で息をしながら語った。


「官兵衛……早う休んでおれ。わしは意気消沈などしておらぬぞ。まだ戦の半ばじゃ……」


「それでこそ……我が殿……」

そう言うと官兵衛は倒れこんだ。




               ◇




 光秀の元にも注進が駆け付けていた。溝尾庄兵衛から、羽柴勢の攻勢が緩み、撤退の算段を始めたのではないか……というものであった。


「相分かった……庄兵衛と内蔵助には、様子を見つつ防御に徹するよう、それと間違っても深入りしてはならぬ。追い討ちは厳に慎むよう伝えよ」

光秀はそう命じた。斎藤利三は遺恨もあり、無理な追い討ちをする懸念を思い当たったのだ。


続いて、甲賀衆の朧が駆け付けた。

「大殿様……都より御牧景重様の軍勢が此方に……」


「おおっ……三左衛門が?」


「はい……都の戦火は収まりつつありまする」


「うむ……恐らくは羽柴はこの報を掴んだと見える。三の丸の敵勢も追っ付、撤退に移ろう」


そして、好ましからざる報告も上がって来た。


「申し上げます……肥田玄蕃様、御討ち死に」


「そうか……」

光秀はため息を漏らした。肥田玄蕃家澄は古くからの家臣で老将であったが、光秀の旗本衆を率いて三の丸の激戦の渦中にあったのだ。

ようやく危機を切り抜けられそうであったが、多大な損害を被ったことは想像に難くなかった……



******



 そして一刻を経ずして、羽柴勢は撤退を開始した。殿として黒田勢を最後尾に置きながら、次々と離脱して行ったのである。当然であるが、明智勢は追い討ちなどする余裕も無く、また付け入る隙などなかった。

 明智勢は一千を超える戦死者を出し、手負いの者も多数に上った。まさに満身創痍である。だが、安堵している暇などなかった。勝龍寺から撤退したとしても羽柴勢が摂津に居座るのは自明であり、近江方面の危機が迫るであろうことを光秀は予感していた。つまり、近江へ大規模な援軍を差し向ける事は不可能なのだ。


漸く勝龍寺での激戦が終わった頃に、俺は男山近くまで進軍した。そこには斉藤利宗率いる部隊が待ち受けていた。斉藤利三、池田元助の部隊が勝龍寺に入ったため、残りをまとめて俺たちの到着を待っていたのである。


「若殿……物見からの知らせでは、勝龍寺の羽柴勢は撤退を始めておりまする。某は残兵をまとめ、若殿の軍勢と合流するよう、申し付かっておりました」

利宗は満身創痍であったが、気丈に報告した。


「平三郎殿……遅くなってすまなかった。苦しい戦いであったろうに。内蔵助殿達は無事であろうか?」


「恐らくは……ですが兄、利康が討ち死に致しました。必ず仇討ち致したく……」


「そうか……済まぬ事をした。だが、今は堪えてくれ。まずは勝龍寺に合流致そうぞ。まだ戦も道半ばじゃ。平三郎殿も力を貸してくれ」


こうして、俺は勝龍寺城への道を急いだのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 脇坂、片桐がここで死んでるということは、この改変歴史でももし秀吉が天下とった場合、関ヶ原から大阪の陣まで、家康が少し苦労するかな…まあ、その道はないでしょうが。
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