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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
251/267

251話 近江震撼再び

 勝龍寺城に向けて明智軍は行軍を速めていた。大坂方面への対策のため、島左近清興の部隊を磐船街道から河内に向けて分離し、俺は残りの部隊を率いて街道を進んでいたのである。真夜中の寒気がゆらめいてはいるが、早咲きの夜桜が月明かりに照らされて美しい。俺がいた未来であれば見惚れていたであろう風景も、今の俺の眼には空しく過ぎていくのだ……


「若殿……某は若殿をお慕いしておりまする。ですが、時として不安になるのです。天下人とは如何なる者であるか、某のような者にはわかりませぬ。若殿が道半ばでお斃れになるのを見たくはありませぬ……」

源七が俯きながら馬の背に揺られる俺に話しかけた。


「源七……すまぬ……」


「若殿はこれから先、親しき者との別れを乗り越えて行かねばなりませぬ。強くなって下され……」


源七の素直な言葉は、俺のしな垂れた心をいくらかは和らげてくれそうな気もした。


「そうじゃな……これからも俺に異見してくれ」

俺はそう言って笑いかけた。





               ◇





 一方、遠く離れた近江の地では、真夜中の激闘が一時的に収まっている。横山城では徳川方の城攻めが行われ、籠城する明智方は本丸に追い詰められていた。わずか一日で二の丸迄を占拠されていたのだ。


「殿……本丸の明智勢はもう戦う余力はないやもしれませぬなあ?」

本多弥八郎正信は傍らで爪を噛む家康に語り掛けた。


「うむ……重畳じゃ。だが思うたよりも手こずったか?我が方の損害はどうなっておる?」


「死人手負いが一千程かと」


「城将は安藤他に荒木山城であったな?死に物狂いで防いだようには思えぬ。この城から逃げるつもりかの?」


「かもしれませぬが……」


「殿……配下の者が抜け道らしい隧道を見つけました。如何致しましょう?」

そこへ服部半蔵正成が注進した。


「半蔵か……長浜や安土はどうなっておる?」


「特に変わった動きはありませぬが、数多の軍船が停泊しておりまするが……」


「弥八郎……明智左馬助は抜かりはないと見えるのう?」


「坂本へいつでも援軍を送れるよう手配りしたものかと……」


「数多の軍船と申したが、如何ほど援軍を送るつもりかのう」


「安土と長浜を合わせれば三千から四千かと」

半蔵が答える。そこへ半蔵の配下が更に注進した。


「申し上げます……」


「夜叉丸か……構わぬ申せ」

半蔵が促す。


「ははっ……大溝城にはどうやら磯野丹波守が詰めた様子。兵は五百ばかりですが……」


「何と……あの磯野丹波か?出奔したと聞いておったが。姉川の折は彼奴めには手酷くやられたのう」


「また丹羽五郎左衛門殿が生きているという噂がござりまする。坂本に軟禁されておるとか……不確かではありますが……」


「何と……」

正信が顔をしかめる。


「弥八郎……先般の人質交換、上手くしてやられたか?丹羽の家中が数多おったであろう?」

家康も爪を噛むのを止め、問いかけた。


「如何にも……ですが五郎左衛門殿が明智に与力致しましょうや?」


「丹羽殿の重臣の江口殿は、小倅の昵懇となっており申す。否定はできませぬな……」


「坂本の兵力は大したことはないであろうが、攻めるのに難儀な城じゃのう。本丸は琵琶湖に面し、陸からは攻めるのが厄介であろう。長浜も似たような縄張りであろうが、防御力が段違いなはず。これは心せねばならぬな?」

家康はそう語った。


「殿……如何なされますか?」

正信が問いかけるが、家康はまた爪を噛み始め、沈思に耽った。

半蔵も正信も固唾を飲んで見守るしかない。


そして家康は扇子で左手を叩く。ピシャっという音が三度響いた。


「長浜を取る。そのために坂本に二万を振り向ける」

家康はそうポツリと呟いた。周りは唖然としている。


「殿……如何なる意図でございますか?安土は如何なさる?」

正信はそう声を絞り出した。あまりにも大胆な策に思えたからだ。


「本隊二万をわしが直卒して坂本を焼いてくれよう。安土には関わらぬ」


「殿……それはあまりに危険にござる。深入りしすぎではありませぬか?」

正信が意見する。


「いや……わしは此度の出兵に賭けておる。横山と長浜を抑えれば危険は然程ではあるまい。坂本は日向守の本貫じゃ。焼かれたとあっては外聞も悪かろう。京の都は大騒ぎとなろうぞ……羽柴殿が健在なうちにしかこの用兵は使えぬ。賭けるしかあるまい。何としても坂本を落して都に攻め入る。明智左馬助は坂本か安土を捨てるしかあるまいて……」

家康はそう結論した。覚悟を決めたのである。


「しかし、坂本を早期に陥落能わねば如何ささる?」


「知れた事よ……囲み続けるしかあるまい。だが、そうならぬよう攻め潰す。全力でな……」


「殿……殿の決意は承知いたしました。ですが某は軍師として保全を考えねばなりませぬ」

正信は食い下がった。


「弥八郎……子細は任せるが、この策は変えぬぞ。安土に対する部隊は平八郎に預ける。で、横山じゃが、明智勢を敢えて逃がしてやれ。くれるものは貰っておく。すぐに普請するよう差配せよ」


「最早何も異見致しませぬ。ですがお聞き下され。これは大坂方面の動向を見極め、万一羽柴殿が兵を退かれるような事あらば、すぐに対策を……」


「ハッハッハ、弥八郎が心配せずとも良い。そうなれば、坂本を攻めておる場合では無かろう。すぐに退散じゃ。だがさせぬぞ……坂本を三日で抜いてくれる」


「もし明智左馬助が、更に坂本に増援すれば如何なされまする?最大に見積もれば一万は送れるはず」


「その場合は安土を焼いてくれようぞ。安土と坂本が攻められ、風前の灯となった……この事実だけでも我等にとって価値があろう。後は如何様にもなろうぞ?」


「だと宜しいのですが……」


「軍師としての懸念が尽きぬか?」


「はい……何やら突飛な戦略を内に秘めておるような不安がござります」


「その時になって考えれば良かろう。今のところ順調に進んで居る。願わくば、この流れを大事にしたいものよの……」

家康はそう言って決意を新たにしたのだった。


季節は早春である。日ノ本全土を巻き込んだ戦いは、新たな局面を迎えたのだった。

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