250話 親友問答
暫く更新できず申し訳ありませんでした。今後も書き続けますので、よろしくお願いします。
天正十一年三月朔日になっている。俺は軍勢を率いて郡山を進発し、勝龍寺への道を急いでいた。肉体は疲労していたが、精神を奮い立たせて明智勢は歩を進めていた。そして磐船街道への分岐へ差し掛かった時、前方に放っていた甲賀衆から知らせが上がった。
「進軍を停止し、一旦休息する」
俺はそう指示し、伝令からの報告を受けた。
「大吾……よくぞ無事であった。傷は大事ないのか?」
俺はボロボロの見た目の大吾に声をかけた。
「大事ありませぬ。ですが、羽柴方の忍び衆が各所におりまする。警戒なさるべきかと」
「わかった、して勝龍寺では如何相成っておる?」
「ははっ……内蔵助様は一千を率いて勝龍寺に向われました。有岡からも池田元助様の軍勢が離脱したようでございます。それと……」
大吾は動揺を隠せずにいた。
「それと……茨木での戦いにおいて、雑賀孫市様、御討ち死に」
そう言うと、大吾は俯いた。
「何と……」
俺は衝撃のあまり二の句が継げなかった。
「若殿……落ち着いて下され。大坂方面の戦略も見据えねばなりませぬ」
源七が横から意見した。
「兎に角、一度進軍を止めよ。一刻程で良い。それと、孫三郎を呼んでくれ。二人で話したい」
「承知……周りを警護させまする」
源七はすぐに手配する。
俺は……何と伝えれば良い? 孫三郎……すまぬ……
そう心で詫びるしかなかった。
◇
然程時間を置くことなく、孫三郎が現れた。俺にとっては、この時間がずっと続けば良いとさえ思っていたのだが……
「十五郎……何か動きでもあったか?まあ休息する頃合いや」
いつもの飄々とした様子で孫三郎が問いかけた。
「孫……すまんが二人で話したい」
そう言って俺は街道沿いの廃屋へ誘った。甲賀衆が周りを警護する。そして、事実を知った初音は涙を堪えながら後から続いた。
「孫……すまん。心して聞いてくれ」
俺はそう前置きした。
「十五郎……俺を見くびるなよ。言わずともわかる。クソ親父が死んだか?」
孫三郎はいとも簡単に見抜き、自らそう告げた。俺は孫三郎らしい思いやりを感じた。
「ああ……大吾から知らせがあった。見事な最後やったらしい」
「死に方に見事もクソもあるかい。死んだら終わりや……どうせ恰好付けたんやろ」
孫三郎はまったく動揺を見せなかった。
「味方の雑賀衆を逃がすために、自ら黒田勢の本陣に攻め入ったそうや」
「ふんっ……そんなとこやと思ったわ。オッサンらしい死に様やないか」
「孫……すまん……」
「お前が謝る必要なんかない。けどな……お前にはこの際言っておきたい事があるんや」
「聞かせてくれ」
「お前はこの戦い……歴史を変えて未来を安寧に導く戦いをどう思てるんや?」
「それは……」
俺は答えに窮した。俺は逃げ出したい気持ちに支配されていたのも事実であったからだ。
「この時代の俺の親父は、歴史改変するという俺らの都合で死んだ訳や。親父以外にも多くの人間の運命を変えた訳や。お前は自分の責任をどない考えてるんや?」
孫三郎の言葉は俺の胸中を射抜いた。
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俺は何も言えなくなった。自分の優柔不断さが多くの血を流す結果になってしまったばかりでもある。真夜中の静けさの中で微かに聞こえる獣の声だけが、俺の心を刺し続けた。
「答えられんか?まあ当然やろ。お前に覚悟があるとは思えん」
「すまん…………」
小さな声で呟くのが精一杯だった。
「お前は誰よりも歴史に詳しい人間や。けど、世の中の現実を知ってるんか?お前は政治家の裕福な家に生まれて生きてきたわけや。俺とは育ちが違う。やから、俺らのいた未来の現実がわからんかっただけや。ここまで言ってもわからんか?」
「俺がいた環境が……」
「俺も転生してからずっと考えてたんやけどな……俺らのいた未来と戦国時代の今……同じ人間が生きてる訳やけど、本質は変わってないと思うんや」
「けど、俺らのいた時代では人権が尊重され、民主主義の世を謳歌してたやないか?」
「ハハっ……そういう事言うから、お前は『バカボン』な訳や。まあ平和ボケした日本の大学生やった訳や。仕方ないやろ」
そう言って孫三郎はため息をついた。
「十五郎……俺らはなんで死んだんや?」
「終末戦争が起こったからやろ?核兵器があったから……しか考えられん」
「そう思うか?」
「何があるんと言うんや?」
「お前は歴史学者を目指してたんちゃうんか?歴史から何を学んでたんや?」
「人類の歴史はずっと争いの連続や。先の第二次大戦で人類は学んだ。戦争なんか何も良いことはない。ましてや核兵器が蔓延した時代では、大国同士の戦争=人類滅亡を意味するやないか。だからどこも戦争になんか踏み込めんかった」
「だからなんで俺らは死んだんや?終末戦争が現実になったからやないんか?」
「それをさせんように、俺らが歴史を変えなあかんのや……」
「歴史を変えたら、人類の未来は明るいと思うか?」
「それしか方法はないやろが?」
「俺は断言したるわ……歴史だけ改変しても、人類の不幸は変わらん」
「んじゃあ、どうしろ……言うんや?俺らは歴史改変の為に戦ってるんやないのか?」
「歴史そのものを変えるのは当然や。けどな……歴史の過程で生きるの人間そのものの思考を変えんと無理やと言ってるんや。お前は平和ボケした日本しか知らんから、そんな甘い考えになる。俺らがいた未来……平和やったと思うか?先進国、否、日本だけやぞ。日本は特別な国やった」
「そら世界では小さな紛争とかあったやろうけど、建前では平和を追求してたやないか?」
「だから、お前はボケてると言ってるんや。俺らの生きてた未来でも、平和やったんは日本くらいやぞ?世界中では弱い者は虐げられて、権力者や金持ちが人を虫けらみたいに扱ってたんやぞ?地域紛争なんかも世界を操る、大資本によって起こされる。そいつらは人の命の重みなんぞ毛ほどにも感じん。己等の利益のために平気で人なんか殺すんやぞ?民主主義や人権なんぞ、己等の自己弁護のための方便や。現に、民主主義国家は独裁共産主義国家に屈服したやないか?北が日本に核攻撃をした裏には中国がいることくらい、お前でも気づくやろうが?」
「それはそうかもしれんけど……」
「俺らの一方向の思考では歴史を改変したとしても無理や。世界には数多の人種が居て、宗教がある。連綿と続いてきた歴史の中で醸成されて、DNAに染みついたもんがあるんや。人類社会に平等なんぞありえん。白人には有色人種に対する差別意識が消える事はない。中国には中華思想がある。イスラム社会には命にも代えられん宗教観がある。これらを覆さん限り、平和なんか絵空事や」
「けど、人間に染みついた思考をどう変えると言うんや?俺らの力でどうしろと言うんや?」
「やるしかない。日ノ本で世界を征服して、全人類の統一政体を作り上げて、それを維持し続けるしか方法がない。当然、当面は力による支配しかできん。俺らが悪の権化になるしかない。長い時間をかけて俺らの子孫が全人類の象徴として君臨し、そこで初めて人権や民主主義の種を育てるしかない」
「そんな事ができるとは思えん」
「いや、できる。やるしかないんや……お前にはその覚悟を持ってくれ。中途半端な未来的思考は邪魔でしかないんやぞ?でなければこの世界では生き抜く事すらできん。お前は血塗られた支配者になるしかないんや……」
この世界で父親を失った孫三郎の言葉が、俺の心を絞め続けていた……




