24話 二人の孫市
その頃、鈴木孫三郎と初音は、泉州堺の町に到着した。
孫三郎の父、「雑賀孫市」が滞在していたからである。
初音にとっては、初めての「都会」であり、何もかもが新鮮に映っていた。
南蛮船が停泊し、その周りで人々が商いをしている。
寒い冬だが、ここは人々の熱気でそうは感じない。
「初音、どや?堺の町は?今の日ノ本では一番先進的な町や」
「は‥‥‥い‥‥‥」
色々な場所で、間者働きはするが、所謂「任務」として見るモノとは何もかもが違って見えていた。
「初音~~、これから「湯屋」にいくで。俺も汚らしい身なりしとるし、旅の垢も落としたいやろ?まあ、オヤジにも会うしなぁ。
正直、髪も整えて、ぶっさいくな髭も剃らんとなぁ。
初音も今は、「女」なんやから、ちょっとはキレイにしたらええ」
孫三郎が突然、提案した。
「いや‥‥‥そんな」
「行こ、行こ。決まりや~」相変わらず、孫三郎は強引だ。
この時代の湯屋は、所謂、蒸し風呂である。しかも混浴。
素っ裸で入るわけではないが‥‥‥
初音は、この時初めて「湯屋」というものを知った。
「ほぉ~~垢も落として、ええ感じになったやないか?」
「そんな……」初音は頬を赤らめた。褒められたからではなく、孫三郎が、別人のような「好男子」に変わっていたからである。
「うっし、んじゃ、次は呉服屋に行くで。
ちっとはマシな着物でも買おか?まあ、ついて来い」
孫三郎は、強引に初音の手を引っ張り、どうやら「行き付け」っぽい店に入った。
「これはこれは‥‥‥雑賀の若様‥‥‥お久しゅうございます。
おっ、また、器量良しの娘さんや‥‥‥ははぁ」
さすがに堺の商人である。口が上手い‥‥‥
「おい、弥助。相変わらず口が上手いやないか?んな事よりなぁ、この娘に似合いそうなモン用意したってやぁ。ツケやで~。ウチのクソ親父に回しとけ」
「へい。さぁさ娘さん、こちらへ‥‥‥」
そう言って、初音は奥へ案内された。
生まれて一度も、艶やかな「着物」など来たことはない。
野山を駆け巡り、間者として働くのだ。当たり前である。
「しっかし、初音‥‥‥あんなベッピンやったんやのぉ~」
孫三郎は思っていた。
あかん、やっぱ俺は転生前の女癖は治っとらんなぁ。
「さぁ~~若様。どないですやろ?見違えるような別嬪さんや。
そこらには居りまへん。このわっしが保証しまっさかい」
「オォ~~さすがやの~弥助の見立ては。恩に着るで。
初音どや?そこの鏡で見てみぃ」
「‥‥‥」初音は恥ずかしかった。だが、普段山野を駆け巡り、命のやり取りをする、「間者」という自分からは想像できない、「今の自分」に生まれて初めて感動してもいた。
そして、二人は呉服屋を後にした。
「初音……実は、な。俺いっぺん、やってみたかったんや。
こんな風に、目立たん女を一から磨くちゅうやつや」
「一から磨く?」
「せや。お前には話してもええわなぁ。
俺が転生する前におった世界で見た、映画があるんや。
「Pretty Woman」‥‥‥ちゅうねんけどな」
「ぷりてぃ うーまん?」
「あ、すまんすまん。映画いうたら、まあ芝居みたいもんや。
Pretty Woman いうたら、かわいい女いう意味や」
「つまりやなぁ、目立たへん女を、あるオッサンが別嬪さんに育て上げるっちゅう話や。
俺はオッサンちゃうけどな」
孫三郎は、少し照れくさそうに語り、初音も「クスッ」と笑った。
そして、孫市の待つ定宿に向かったのだ。
「お~~オヤジ~~久しぶりやのぉ、今戻ったで~」
「なんやぁ~~クソガキか?ちったぁ空気読まんかい。
今、エエとこやったのに‥‥‥」
いきなりの挨拶がコレである。普段の親子関係が想像できようものだ。
「ほぉ~~オッサンまだ勃つんかい?」
「当ったりまえじゃ。何やったら、その別嬪さんとおまえの弟でも作ったろか?」
「あほ貫かせ。この子は、俺のコレや」
そういって、孫三郎は小指を立てた。
「ほぅか~~おまえみたいなクソガキにしたら、上出来や。ハハッ」
「娘さん、こいつは女癖悪いから、気ぃつけや」
「やかましいわぃ。口悪いのぉ」
「お前こそ、親に向かって、ちったぁ気ぃつけんかい」
このような問答を、初音は笑いを堪えて聞いていた。
「まぁええわ、クソ親父、ちっと話があるやけどなぁ。
初音も悪いけど、ちょっとだけ外したって」
「おぃ。しゃ~~ない。おまえらもどっか行っとけ」
そして、二人の孫市は相対した。
「親父、あれから秀吉は色々誘いかけて来とるんか?」
「おぅ。何度も遣いが来てるで。
毛利潰したら、ええ待遇するから、仕官せぇ……いうて来とる」
「で、ええ返事したんか?んな訳ないわな?」
「さあてのぉ。あの「ハゲネズミ」は妙に腰低いからなぁ。
そんな悪い気はせえへんで」
「そぉか~~やっぱりのぉ。食えんヤツやで。
俺には刀向けやがったクセにのぉ。
大方、今井のオッサンにでも聞いたんやろなぁ。
俺がチャチャ入れとるって。
んで、間者使こうて、始末するっちゅう腹やったんかのぉ」
孫三郎は、それまでに起こった「事実」を隠して語った。
「なんやと?おまえどっかで襲われでもしたんか?」
「せや。俺も色々調べたいこともあってなぁ、伊賀でな。
そこで、明智の間者等に助けてもろうた。
さっきの別嬪さん。あれは、くノ一や」
「ほぉ~~なんやキナ臭いのぉ。
やけど、おまえを襲うて、そこまでするか?」
「さあな。けど、襲われたんは事実や。返り討ちにしたったけどな。
織田家中も色々あるんやろなぁ。明智と羽柴いうたら、出世頭や。
しかも外様のなぁ。競争意識もあるやろ。
それになぁ、明智家中は鉄砲戦術が十八番や。羽柴にはそれがない。
雑賀の鉄砲衆が、喉から手が出るほど、欲しいはずや。秀吉は「野心家」や。
元々の出自もアレやし、手段なんぞ選ばんで」
「ほぉ~~逞しいこっちゃ。信長が万一死んだら、次は秀吉かもしれんぉ」
「さあな~~まあ、俺は好かんけどな」
「まあ、元々百姓で、捨てるもんがない強みやのぉ。
雑賀が味方したら、尚更、あいつは幅利かすやろ。
孫よ‥‥‥おまえも、ワシが死んだら、雑賀の頭領になるんや。
己の気分だけで、決められんのやで。
全体の「利」を考えなあかん。もちろん、「義」も大事なんはあるけどな。
難しいわい。頭領いうんは家臣らと、その身内の命を預かっとるんやからなぁ。
偶には、ボンクラな頭で考えるこっちゃ」
「そら、そうなんやけど。めんどくさいのぉ」
「いや、いくらボンクラ言うても、わしはおまえが可愛いんや。
知ってると思うけど、雑賀も内々でゴタゴタしとる。
信長に頭下げるんが嫌なヤツも多いんや。守重もなぁ」
「まずい事になりそうなんか?」
「ああ。そうなるかもしれんなぁ。あいつは俺のダチや。
それだけに、性格もようわかっとる。できたら揉めたない。
けどな、自分が嫌でも時世の流れによったら、己を殺してでも、戦わなあかん事もできよる。それが、頭領いうもんや。因果な事やで‥‥‥」
孫三郎は、知っていた。いずれ、父孫市と土橋守重が戦うことになることを。
そして、「友」を手にかける運命にあることを。
「それはそうと、おまえが細工しとった、「溝彫ってた火縄銃」。
試作や言うとった、あれなぁ、どないしても譲ってくれいうから、やったで。
善之助に頼まれてなぁ。あいつは、おまえの兄弟みたいなもんやし、断れんかった。なんや、「仕事」があるみたいやで」
「おい、どういうこっちゃ?」
「まあ、怒んなや。しゃ~ないやろ。また、秀吉が登場するんやけどなぁ。
どうも、その仕事、秀吉からの話みたいやで‥‥‥」
「ちょっと待てや。仕事いうたら、あいつのこっちゃ、狙撃とか以外に考えられんやろ?」
「そらそや。俺も今んなって、気がかりや。
おまえの話聞いてると、どうも織田の家ん中でのゴタゴタと関係ありそうやのぉ。
あいつの親父は、信長狙うとるやろ?結局は、埋められて首晒されとる。
いろんな柵あるからのぉ」
「それ、やばいやないけ?要らん事してくれたのぉ?」
「そら、すまんこっちゃ。けど、もう後の祭りや。
そやけど、秀吉が絡んどるとなったら、的はひょっとしたら、おまえが助けてもろた、明智の家とかちゃうんか?」
「そら、十二分に考えられるやんけ~。
俺も明智のモンには恩義があるんじゃ。見過ごせんで。
おい親父、この事伏せといてくれんか?
特に今井のオッサンとかには、絶対言わんといてくれ。取敢えず、善之助を探す。また勝手するけど、「義理」があるさかい、許したってくれ」
「わかったわかった。しゃ~~ない。
わしも責任感じるし、恩は返さなあかん。好きにしたらええがな。
どうせ、言うてもきかんやろが?相変わらず熱いやっちゃのう。
まあ、そこが「ええとこ」でもあるけどなぁ。
コレ‥‥‥持っていけ」
孫市は金子の入った袋を、孫三郎に放り投げた。
「おっ、ええとこあるやないか?
ついでに、さっきの別嬪さんの着物の銭も頼むわぁ。
ほな、行くわ~おおきにな」
「へっ‥‥‥相変わらずなやっちゃ」
孫市は笑いながら、「バカ息子」を見送った。




