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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
242/267

241話 火龍昇天

 天正十一年二月二十八日、畿内各所では戦乱の炎が燃え盛っていた。その中で、武者達の熱気が静まり返っている場所が存在したのだ。伊丹有岡城では、池田勝三郎恒興の四千の軍勢が戦意を貯めたまま待機していたのである。有岡城は城を囲まれている訳ではなかった。ただ、城下を隔てた至近距離には、池田勢を監視するかのように、蜂須賀小六正勝率いる六千の羽柴勢がいたのである。恒興のいる有岡城は、言わずと知れた要衝である。この城を羽柴方に奪われることは絶対にあってはならない。だが、切迫した状況が恒興の元にもたらされたのである。

 

 報告は各所を駆け回る明智忍軍の忍びからであった。即ち、尼崎城の斉藤利三と、茨木で羽柴勢との戦いに臨む明智治右衛門光忠からのものであった。両名からの注進は共に、光秀の窮地を告げるものだったのだ。それに尼崎は物見からの報告で斉藤利三が尼崎から撤退し、光忠は秀吉との不利な状況での野戦をせざるを得ないとの情報である。故に恒興は決断を迫られていたのだ。


「皆に申し伝える。これより全軍を以て出陣致し、蜂須賀勢に討ちかける」

恒興はそう告げたのだ。


「父上……然らば某が先陣を承る。蜂須賀勢などものの数ではござらぬ」

嫡男の元助はそう息巻いた。


「いや暫く……敵は六千でござる。城におればどうという事はござらぬが、野戦に及ぶとなれば別儀。この城を失う事だけは避けねばなりませぬ。義兄上、ご一考を……」

荒尾平左衛門成房あらおへいざえもんなりふさが応じた。成房は恒興の正室の弟にあたる。片桐半右衛門が討ち死にした後は恒興の片腕となっていた。


「殿のご存念をお聞かせ下され……」

宿老の伊木清兵衛忠次が核心に迫る。


「うむ……わしは池田家の家運を右府殿に賭けたのじゃ。三左衛門は御嫡子十五郎殿の昵懇衆でもある。一度は敵対したわしを右府殿は厚遇してくれた。この有岡を任せてもらっておるのじゃ。その恩義には報いねばならぬ。そして出陣の目的であるが、ただ蜂須賀と戦うのではない。たとえ一千でも援軍を離脱させ、勝龍寺に後詰させる。これは賭けであるがの……故に、元助に率いて貰いたい。何としても右府殿を助けよ。残りの軍勢で蜂須賀を引き付ける」


「承知……お任せ下され。必ずや右府殿を助け、羽柴勢を蹴散らして参る」

元助は勢いよく答えた。


「元助……恐らくであるが、治右衛門殿は苦戦しておろう。お前が着く頃には高槻辺りでせめぎあっておるやもしれぬ。故にこの援軍は大きな意味を持とうぞ。上手くすればな……」


こうして、恒興は全軍に出陣を命じたのであった。




               ◇




 茨木界隈での戦いは佳境を迎えていた。羽柴軍はこの方面に七千以上の軍勢を差し向け、雑賀衆を殲滅すべく攻めかけている。その軍略を組み立てたのは黒田官兵衛孝高であった。仙石秀久、木村重玆の軍勢を逐次投入し、雑賀衆の伏兵を炙り出した上で殲滅するというものである。そして、防戦一方であった羽柴勢は、黒田勢の戦線参加とともに反撃に転じた。この時点で雑賀衆はその全貌を曝け出してしまっていた。


 雑賀衆は鉄砲衆を主体とした軍勢であり、その火力は凄まじいが、近接戦闘は不得手である。実際に数の優位を活かして羽柴勢は反撃を開始した。そして黒田勢の別動隊がさらにその外側から包み込むように雑賀衆を包囲し、半ばその包囲網を完成させようとしていたのである。 孫市はその計略を見抜いたが、此処に至っては取り得る対応策は限られていたのだ。


「大将……大将の予想通りでさぁ。囲まれとります。上手く囲いを突破できればいいんですが……」

孫市の元に物見が報告した。


「このままでは無理やな……わしらは肉弾戦には強くないしのぉ」


「兄者……どないする?わしらも討ちかかるか?」

孫市の舎弟、平井孫市郎ひらいまごいちろうが問いかけた。孫市はめずらしく瞑目している。

そして目をカッと見開いた。


「相手は黒田や。策もなく寡兵で仕掛けても効果は薄いのぉ」


「ではどないする?」


「黒田を討ち取る。乾坤一擲の騎射突撃しかない。みんな聞いてくれるか?」

孫市は配下を見廻した。


「この方法は生還はほとんど望めん。やから、落ち延びたい者は遠慮せんと言うてくれ」

孫市にしては珍しく、神妙な顔で問いかけた。誰もが孫市を直視したままだ。


「大将……そら面白そうじゃ。わしらみたいな半端者が武名を挙げるええ機会や。ハハッ」

そう言って笑ったのは雪之丞という賞金稼ぎの小者であった。


「大将、此処に落ち延びたい奴なんかおりませんぜ」

「そやそや……」

皆もそう頷く。


「大将……もしわしらが生きて戻れたら、報奨金もガッポリじゃの?」

雪之丞はそう言って笑う。


「ああ……一生遊んで暮らせるかもしれんのぉ。皆、ホンマにええんやな?」


「やったろやないかぃ……」

ならず者たちは声を揃えた。


「おっし……したら策を言うぞ。わしらは全部で百三十人おる。これを三隊に分ける。五十人を二組と騎馬三十人や。幸い、黒田の本陣の後ろは空いとる。できるだけ接近して、まず一組目が撃ちかけるんや。これは囮やぞ。ほんで敵を引きつけたら二組目が別の方角から同じく撃ちかけぃ。最後にわしが率いる騎馬隊が騎射突撃を仕掛ける。黒田をブチ殺したろやないかぃ」


「合点承知……やったるでぇーーー」

雑賀衆の面々は陽気に応える。


「したら、行こかい……孫市郎はすまんが馬にわしを乗せてくれ。この孫市の最後の鉄砲放ちかもしれんしのぉ。お前の鉄砲もわしが代わりに撃ったる」


「エエエーーー?」

孫市郎は唖然として笑う。


「お前はわしの弟のくせに下手くそやからのぉ。二連の馬上筒で四発撃てるんや。わしに任しとかんかい」

孫市は有無を言わさず馬上筒を取り上げて笑った。



******



 戦場は喧騒に包まれている。黒田官兵衛は輿に乗りながら戦況を見つめていた。目論見通りに雑賀衆を囲み、殲滅戦を展開していたのである。だが、そこに黒い影が迫りつつあったのだ。


「太兵衛……以外に手間取っておるな。雑賀は接近戦には脆いかと思うたが、権兵衛や常陸介殿を相手に善戦しておる。損害も馬鹿にならぬわ」


「さようで……」

太兵衛は不貞腐れながら答える。未だ根に持っているのだ。


「恐らくあと四半刻じゃな。殿からも明智勢は兵を退く算段に入ったと報告が来た」

官兵衛は必要以上に太兵衛に語り掛ける。


「殿……此処に居っても詮無し。某も加勢して参る。宜しいな?」


「パパパパァーーーーン」

太兵衛の言葉は轟音に遮られた。官兵衛の本陣の護衛兵が血飛沫をあげながら倒れた。


「まだ伏兵がおったかーーーおのれ槍の錆にしてくれよう」

太兵衛は激高する。


「待て……慌てるでない。このまま陣形を保つのじゃ。別の方角からも来ようぞ」

流石に官兵衛の軍師としての勘がそう告げたのだ。


「敵は五十人ばかりじゃ。百人ほどを差し向けて殲滅せぃ。鉄砲組は待機させよ」

慌ただしく黒田勢は雑賀衆に向けて突撃する。

そして予想通り、反対方向からも雑賀衆が現れ一斉射撃した。


「殿をお守りせよーーーっ 敵は寡兵じゃーーー近づけるでないぞ」

太兵衛は声を張り上げる。


「太兵衛……この場を離れるでないぞ。敵の隠れたる刃が見えるわ」

官兵衛はそう告げた。官兵衛の本陣の周辺では朦々とした煙が立ち込めている。

そして雑賀衆の先陣が逃げた間隙を突いて、騎馬隊が突進してきた。


「鉄砲衆は騎馬隊を狙うのじゃ。彼奴等も後がないはずぞ」


「パパパァーーーン パパパァーーン」

黒田隊の鉄砲が放たれる。だが数も多くは無く、雑賀衆の一斉射撃とは比べるべくもない。それでも騎馬のうち数騎が撃ち落とされた。だが、その騎馬隊からは数発の手榴弾が投擲され、黒田隊の鉄砲衆の周辺で炸裂した。さらに騎上から雑賀衆の鉄砲が放たれる。


「パパパァーーン パパァーン」

数こそ多くはないが、雑賀の精鋭である。銃弾は官兵衛の至近にも弾け、輿を担いでいた兵にも当たった。輿は崩れ落ち、官兵衛は地面に叩きつけられた。なおも雑賀の騎馬隊は接近する。


「殿ーーーーっ 皆の者、殿の盾となるのじゃーー」

太兵衛はそう声を張り上げた。本陣の危機は善助や九郎右衛門にも伝わろう。頼むぞ……太兵衛はそう念じ、官兵衛の前に立ち塞がる。この時点で周囲の軍勢が気づき、駆け付けて来た。鉄砲隊からも援護射撃があり、雑賀の騎馬隊も徐々に数を減らす。


「孫市郎……鉄砲で撃たれるのは痛いもんやのぅ。これも今までの報いやな……」

その孫市の言葉に振り返った。


「兄者……撃たれたんか?」


「左の肩をやられた……心配ない。黒田に近づくんや。お前が頭下げたらわしが撃ち掛ける」

騎馬隊は一直線に黒田官兵衛に向かう。


「黒田官兵衛ーーー覚悟せいやぁーーーーっ」

孫市はそう大音声をあげるとともに馬上筒を続けざまに放ったのだった。



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