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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
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238話 光秀の憂鬱

 天正十一年二月二十八日が明けた。勝龍寺しょうりゅうじ城にいる光秀は意外な苦戦の中にいたのだった。羽柴小一郎秀長率いる羽柴勢の攻勢は思いのほか激しく、すでに二の丸を破られている。三千の守備兵の内、死人手負いは一千を超え、残りを本丸に引き上げさせていた。


「庄兵衛……亀山の幽斎殿からは何も言って来ぬか?」


「一度は出陣されたものの宮部勢の抵抗で引き揚げたまではわかっておりまするが……ですがこのまま手を拱いてはおられますまい」


「宮部に街道を封鎖されては骨が折れるか?」


「はい……宮部殿は戦上手にて」


「攻め寄せておる小一郎はどうじゃ?」


「はい。すでに二の丸が破られておりまするが、敵の被害も甚大のはず。今は攻勢が止んでおりまする。ですが、日の出と共にまた攻めて参りましょう」


「小一郎……すでに死兵と化したか。此処を死に場所に選んだという事かの。あまりに無謀が過ぎようぞ……」


「殿……それよりも摂津の情勢が気掛かり。秀吉が此方に向かうのは自明でござる。そうなれば支えられませぬ」


「治右衛門や孫市殿では食い止められぬか?」


「大坂を出陣したまではわかっており申す。茨木辺りで防ぐ腹つもりかと」


「野戦となっては不利であろうな」


「時間を稼ぐのであれば、茨木城、高槻城での防衛も視野に入れておるはず」


「郡山の十五郎の動きが最も肝要よの……」


「はい。ですが今は眼前の羽柴勢に注力せねばなりませぬ。捨て身の攻撃を続けられては我が方とて……」


「ふんっ……本圀寺ほんごくじの折を思い出すわ。ついぞ昨日の事のようであるが、戦は様変わりした。火器の発達により人が多く死ぬるようになってしもうた。それに兵力差が埋められる。斯様に苦戦するとは埒外じゃ」

光秀は永禄十二年に寡兵での籠城戦で九死に一生を得ている。三好三人衆によって足利義昭が襲われた際に光秀が中心となり防ぎ切った本圀寺の変の事を思い出したのだ。


「我等が不甲斐ないばかりに……申し訳ござりませぬ」


「庄兵衛……責めておるわけではないぞ。早く日ノ本から戦を終わらせねば、国が疲弊する。すべての力の源は人じゃ。戦はその人の命の奪い合いである。詮無き事ではあるがのう」


そして、俄かに鬨の声が挙がった。羽柴秀長勢の攻勢が始まったのである。




               ◇




 一方、尼崎の囲みから出陣した羽柴秀吉軍は茨木まで達した。そこで明智勢がすでに布陣しているのを見咎めたのである。明智治右衛門を総大将とする軍勢が淀川右岸に待ち構えていたのだ。秀吉は尾藤知宣びとうとものぶ神子田正治みこだまさはるの二千を尼崎の抑えとして置き、二万余の軍勢を率いて北上したのである。


「官兵衛……さすがは明智の宿老よのう。寡兵を補う布陣じゃ。敵の左翼からは攻める事能わぬ」


「はい……常道の布陣にござる。気掛かりは思うたよりも兵が少のうござるが……」

官兵衛は謎かけのように答えた。


「雑賀が遊兵として変幻自在に動くか?差し詰め、我等が別動隊を勝龍寺に向かわせるを狙うか?」


「ご明察かと……此処は敢えて乗るべきでしょうな。伏兵を炙り出し、殲滅すべきでござろう。雑賀の狙撃は侮れませぬ故……」


「で、如何する?」


「本体で正面の敵に討ちかかりつつ、二枚仕立ての罠に……」


「見えたぞ……狙うはまずは鉄砲衆か?」


「はい……まずは先駆けを猪突させ、雑賀を炙り出しまする。仙石隊が適任かと……そして、常陸介ひたちのすけ殿であれば……」


「わかった。では左様計らえ。権兵衛ごんべえには誂え向きであろうよ。本体の先鋒は戸田勝隆とだかつたかに命じる。あとは官兵衛が差配せよ」


「承知致しました。この旨は小一郎殿にも遣いを走らせまする」




               ◇




 同日、近江でも動きがあった。横山城が徳川三河守家康率いる三万の軍勢に囲まれたのである。家康は二十七日に岐阜を進発した。美濃衆、尾張衆の到着を待って、満を持して出陣してきたのである。

北条家と同盟した家康にとって、駿河方面に兵力が割かれる事が無くなったため、領国内には鳥居元忠、大久保忠佐他、一万の軍勢を残したのみで大兵力を近江方面に振り向けることが出来るようになっていた。


「弥八郎……横山とは何とも目障りな城じゃのう。これを乗り崩さぬ限り、悠々と近江に入れぬわ。早期に陥落能うか?」


「物見の報告では籠城するは荒木山城を大将に約三千との事。縄張りも強化されて居る由……如何な三万の大軍とはいえ、容易ではございますまい」


「明智方の備えはどうじゃ……出て来ようか?」


「横山を後詰する様子はござらぬ。長浜、佐和山には軍勢が詰めておるようですが、主力は安土に駐屯したままにて……」


「成程の……横山は力攻め致さば、早期に攻略能うな。ある程度戦えば、敵は城を捨てよう。可惜あたら全滅する道を選ぶまい。安土までの防衛線で我等の侵攻受け止める策であろうぞ」


「では博打を打ちまするか?」


「それは事の成り行き次第よ。横山を抜けば次は長浜を攻める。そこで明智方の性根がわかろう」


「では左様組み立てまする。横山攻めの陣割りは今のままで宜しいですな?」


「うむ……二の丸、三の丸には美濃衆、尾張衆を当たらせよ。三の丸への先陣は平八郎にな。彼奴も勇んで働くであろう?」


「はい……しきりに先陣させよと言うておられました故……」


「では期待しよう。ただ、無理に敵を殲滅しようとすれば此方の損害が馬鹿にならん。三の丸は死にぞこないの安藤であろう?なるべく二の丸へ追い込むよう動くよう差配せよ」


「仰せのままに……では」


こうして横山城では鬨の声が響き渡ったのである。

光秀は東西から秀吉と家康という乱世の英傑に攻め立てられることになったのである。

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