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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
229/267

228話 戦火繚乱 壱

 天正十一年二月二十六日が明けた。初春にしては寒い朝であったが、明智勢の熱気がそれを感じさせない。日輪が山の端から差し込むとともに大和郡山の地に喊声が沸き上がった。前日の軍議においては、四方より持ち場より総攻めをすることに早々に決していたのだ。各隊に雑賀鉄砲衆が分かれて配置され、城兵の狙撃を担当するのだ。鈴木孫三郎は更に用意周到であった。鉄砲衆を守るべき鉄製の大盾を用意し、大鉄砲も四十挺ほど揃えていたのだ。


 俺は城の北側に本陣を構え、未だ未完成の郡山城の天守を見据えていた。頼むから降伏してくれ……声に出していう事は出来ないが、俺はずっと祈っていたのである。


「若殿……各隊、雑賀衆の援護射撃により攻めかかりました。やはり城内からの応射は少ないように思われまする。城門が破れるのも時間の問題かと」

源七がそう告げた。


「そうか……しかし外壁を破ってからが肝心よの。先般の夜襲でもそこから敵の反撃が来たではないか?」


「それは致し方ございますまい。この期に及んで尺進せよとは言えませぬ」


「うむ……」


「それより、孫三郎殿から言伝がございます。雑賀の客将が覗うので働き場を与えてやってくれと」


「何者であるか?」


「水野六左衛門殿とお聞きしておりまする」


「何と……徳川方の水野の嫡男ではないか?」

俺は狐に摘まれた気分であった。


 そしてしばらくすると水野六左衛門勝成は現れた。


「久方ぶりでござるなあ……孫殿に誘われて来たものの、某には手持無沙汰でござるよ。雑賀鉄砲衆に混じって槍働きする訳には参らぬ」


「何故、六左衛門殿が?」


「まあお気に召さるな。今は雑賀の食客になっており申す。お恥ずかしながら糞親父に勘当されましてなあ……縁あって孫殿と意気投合致した次第。某も義理がござりますゆえ、働き場を与えて頂ければ、敵の首級の十程は取って参りましょうぞ」


「織田徳川に対する義理はござらぬのか?」


「某は不肖の息子にござれば、親父の方から願い下げでござろうよ。それに水野の家など窮屈なだけにござる。気の合う仲間と気ままに生きるのも悪くはござらぬ。それに幸か不幸か、雑賀のはみ出し者等に懐かれましてな。十名程の荒くれ者がおるのです。手柄次第で些少の褒美を出してやってもらえませぬか?」


「であればお願い申す。城の北側の攻め口、前田慶次郎殿に加勢して頂きたい」


「承知仕った。名にし負う前田殿と競って見せましょうぞ。では御免」

そう言うと六左衛門は勇んで陣所を出て行った。


「若殿……元の敵将でござりましょう?」


「そうじゃ。水野六左衛門勝成……わしはやつの事蹟を知っている。孫三郎ともさぞ馬が合うのであろうな。心配は無用じゃ……」


こうして明智勢は夜明けと同時に全面攻勢をかけたのである。




               ◇




 すでに三刻以上が経過している。すでに陽は傾き始めてはいたが、明智勢は攻勢を緩めることなく攻め続けていた。城方も防御施設を巧みに使い、外郭を破られる事無く何とか防ぎ切ってはいたが、次第に抵抗も限界に近付きつつあった。


「申し上げます。南側城門を破りましたが、敵の抵抗すさまじく一進一退でござる」

島左近清興から注進が訪れた。


「相分かった。何としても南側二の丸に橋頭保を築くよう、左近殿にはお伝えせよ。被害状況はどうか?」

俺は懸念していることを尋ねた。


「雑賀衆の援護がござりますが、敵の飛び道具は完全には防げませぬ。少なからず死人手負いはござりまする」


「負傷者は出来るだけ助けたい。出来るだけ本陣に連れて来るよう申し伝えよ」


「承知……」


「源七……他の攻め口はどうか?」


「はい。未だ外郭を破ってはおりませぬが、南側に多数が乱入できますれば自ずと自落致しましょう」


「良し。各攻め口からも左近殿に加勢を振り向けさせよ」


「ははっ……」


 こうして、大和郡山攻城戦は佳境を迎えていた。何としても今日中に成果が出せねば不味い。俺は焦っていた。だが同時に戦国の世の虚しさが心を支配していた。何故に殺し合わねばならないのか……籠城する者達は、この絶望的な戦いに、何故そこまで命を賭けるのか……そんな気持ちが沸きだしては消えた。

そして、一刻が経過し日没を迎える直前になって南側二の丸を城方が放棄したのだった。守将であった、森好高が討ち死にした事が大きかった。討ち取ったのは柳生新左衛門の子息、柳生五郎右衛門宗章である。その状況を見た城方は兵力を本丸に戻したのだった。




               ◇




 同じ頃、各方面でも動きが出ていた。羽柴小一郎秀長率いる羽柴勢一万は神速で福知山に到達した後、休むことなく進撃し二十六日には丹波亀山城を囲んだ。この城には細川幽斎を総大将として、並河掃部介易家、松田太郎左衛門政近らが五千の兵で待ち構えていたのだ。


「申し上げます。羽柴勢一万強、四方を取り囲んでおりまする」

注進がそう告げた。


「さて、小一郎はどう出るかの……今宵には動くか」

幽斎は独り言のように呟いた。


「幽斎殿、やはり羽柴勢は京に討ち入れると?」

松田政近が問いかける。


「疑いなくな……そうせねば目的を果たせぬ。問題は兵力よの……」


「しかし、出石から休みなく来ておりまする。如何な羽柴勢とて性急に事を運びましょうか?」

並河易家も疑問を投げかける。


「うむ……摂津におる秀吉との連携が肝であろうよ。遅くとも明日の夜には動こう。そこで我等が如何に受けるかであるが……わしの考えは決まって居る。可惜五千の兵を遊ばせる必要はない。敵が京に向かえば囲みを破って追捕する。小一郎を自由に動かせてはならぬ。右府殿の沽券に係る問題じゃ」


「では某が承ろう」

政近が名乗りを挙げる。


「太郎左衛門殿と掃部介殿に御頼み申す」


「しかし、亀山が手薄になりませぬか?」


「この城は二千もあれば十分持ち堪えられよう。問題はどう破るかじゃ。敵には宮部もおろう。一筋縄では行かぬ」


「夜討ちしかございますまい」

両名が同時に答える。


「常道であろうな……しかし、それも読まれるやも知れぬ。いずれにせよ敵の兵力次第」


亀山ではこのように対応策が協議されていた。


そして摂津方面では羽柴秀吉が二万四千の軍勢で尼崎を囲んだのである。有岡城の池田恒興への備えとして蜂須賀小六正勝に六千を預けて後背を守り、翌早暁からは尼崎への総攻めが始まろうとしていた。






 

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