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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
222/267

221話 郡山攻防戦 弐

 天正十一年二月二十三日 夜も更けようとしていた。夕刻から降り出した雨は徐々に勢いを増しつつあった。大和郡山城に籠城する箸尾宮内少輔高春は、初日の攻勢を防ぎ切り軍議を開いていた。


「何とか防ぎ切ったな……あと三日の辛抱じゃ。さすれば羽柴殿が動こう。明智方も対応に追われるは必定よ。黒田殿からは出陣を早める故、防ぎ切るよう書状が来ておる。我が軍の士気は高い故、何としても守り切ろうぞ」

高春はそう語った。


「宮内殿……初日は防ぎ切りましたが、此度は明智方も本気でござる。城は隙間なく囲まれておりまする。我等には後がござらぬ。あらゆる防衛策を講じねば足下を掬われ兼ねませぬ」

松倉九十郎重政が答えた。重政は先日、槇島城で討ち取られた松倉右近重信の子息であり、父の仇を討たんと誓っていた。


「九十郎殿……お父上には気の毒な事をした。だが、絶え凌げば光明も開けようぞ。して、何か献策はござるか?」


「されば……今宵は雨でござる。昼間の攻撃で成果が無かった明智勢の次の一手は夜襲……やもしれませぬ。間断なく攻撃を行い、我が軍の士気を沮喪(そそうせしめるのは常道でござろう」


「確かにな……で、どう受ける?」


「敢えて警戒を緩め、敵を誘い込み殲滅致すのです。夜襲があるとすれば、やはり城の北側でござろう。一定数の敵が郭内に侵入したのを見計らい、一気に……」


「能うか?」


「敵は雨中故、外から鉄砲は使えぬでしょう。我等は敵がある程度集まった段階で城中より弓鉄砲を射掛け、あとは某が突っ込みまする」


「わかった……頼み入るぞ」


こうして、城内ではあらゆる対応策が為されていた。




               ◇




 夜も更けようとしていた。夕刻から降り出した雨は次第に雨足を強め、城を囲む堀に溶け込んで大きな音を立てる。明智軍の作戦は、城の数か所に位置する城門に対して一斉に攻撃し、敵の注意を引きつけた上で北側の城壁を越えて城内に攻め入ると言うものであった。

そして各持ち場からは一気に喊声が上がった。明智勢が城門に殺到したのである。当然、それを許すまいとして城内からは弓鉄砲が射かけられる。雨中であるため弾幕は薄いが、城門に取りつこうとした兵達は集中攻撃を受けて倒れる。それでも必死に盾で防ぎながら城門に詰め寄る。


 城の南門を攻める島左近清興の軍勢は、あわよくば城門を突破しようと試み、予想に反して突破が叶ったのだ。先鋒を務めたのは島左近の与力であった柳生新左衛門宗厳やぎゅうしんざえもんむねとしである。宗厳は名の知れた兵法者であり、家中と息子達を引き連れ突撃したのである。白兵戦に強く、城門を守る兵達もその武威を恐れたためであった。


「父上……他愛無いですなぁ。このまま一気に乗り崩しましょうぞ」

宗厳の子息の五郎右衛門宗章が勢いよく発した。


「五郎右衛門……敵を見くびるな。周りを良く見よ……我等は寡兵じゃ。すぐに敵が来る」


「暴れて見せましょうぞ」


「お前に付ける薬はないのう。当初の目的を完遂せぃ。暫く踏み止まって敵を引き付ける。ほれ見ぃ……出て来おった」


予想通り、城内の郭からは一団の軍勢が沸いて出たのである。


「城門を破られるとは何たる事。弓隊……一斉に射かけて制圧せぃ」

森九兵衛好高もりきゅうべえよしたかである。好高は筒井家の家老であった森志摩守好之の嫡子であり。松倉右近重信の女婿でもあった。


「敵は寡兵じゃーーー追い払えーーー」

好高は鬼の形相で叱咤している。


この状況を見て、宗厳は城門の中で暫く踏み止まりつつ敵を引きつける決断をした。



 その頃、城の北側では選抜れた決死隊が降りしきる雨の中城壁に取り付こうとしていた。前田利益、藤田行政、安田国継が、それぞれ精鋭を選りすぐり進撃したのである。城の他の方角での夜襲が隠れ蓑になったかと思われ、各隊は城壁を越えた。先陣を切ったのは安田作兵衛国継である。国継は馬廻り衆の先頭に立ち突撃した。見張りと思わしき雑兵を一息に斬り伏せると、後続に合図を送る。


「夜討ちぞーーーこちらにも居るぞーーー」

見張りの兵が大声を挙げたが、すぐに討ち取られる。


「後続の各隊に伝えぃ。急がれたしとな……一気に郭内に突っ込むぞーーー者共ーーー勇めやーーー」

国継はそう号令した。

後続の部隊も急いで駆け入る。城内からの反撃は驚くほど少なかった。前田慶次郎利益や藤田伝五行政も、それぞれが精鋭の兵を率いて突入し、郭内に侵入した。そして、慶次郎はその五感に危険を察知したのだ。


「パパパァーーーン パパァーーーン」

雨音を凌ぐ轟音が郭を囲む城壁の鉄砲狭間から鳴り響き、無数の矢が降り注いだ。三方向からの攻撃は一瞬で明智勢の足止めする。弓鉄砲の攻撃は数度に渡り続く。だが、三方向上部からの飛び道具は盾があっても防ぐのは容易ではない。明智勢は鉄砲で撃ち抜かれ、弓矢に射抜かれた。


「不覚じゃーーー 藤田様、前田殿にはすぐに退かれるよう伝えよ。わしが殿しんがりする。何としても味方を逃がすのじゃーーー者共堪えよーーっ」

国継は意を決したが、今度はそこへ松倉九十郎重政率いる徒歩武者の一団が攻めかかって来た。


「作兵衛殿……荷が重かろう。某も助太刀致そう」

慶次郎はそう答え、踏み止まろうとした。


「慶次郎殿、敵の罠を見抜けなんだは某の不覚でござる。早う退いて下され」


「しかし作兵衛殿、このままでは危険ですぞ。撤退すら危うい。其方は死ぬつもりか?」


「某も聞こえた武辺者でござるぞ。此処で討ち死するつもりなどござらぬ。早う退かれよ。時間は貴重でござる」


「承知した……だが、一度だけでも突撃して参る。腹の虫が治まらぬ故な。では後程会おう」

慶次郎はそう言うと、二十人ばかりの徒歩武者を率いて松倉勢に突撃した。


「前田慶次郎見参なりーーーー命の要らぬ者はかかって参れーーー」

慶次郎は先頭を駆けながら朱槍を振り回し、瞬く間に二人の雑兵を血祭りにあげた。そして背後から斬りかかって来た徒歩武者を軽妙に躱すと槍を投げて串刺しにした。恐ろしいばかりの強さに松倉勢は怯む。


「他愛ないのぉ……では退くとしようか。お前達の大将に伝えぃ。この借りは返すとな」

慶次郎はそう言って凄むと、あっと言う間に駆けだして撤退にかかった。誰も追討ちしようともせず、残りの軍勢は未だ郭内に残っていた明智勢に攻撃の矛先を向けた。


 城内に駆け行っていた突撃隊は続々と引き上げて来る。皆傷つき、疲労の色が濃かった。俺はこの夜襲が失敗したことを悟り、後悔の念が渦巻いた。


「若殿……申し訳ござりませぬ。不覚でござる」

藤田伝五行政が戻って来て報告した。


「伝五殿……傷は大丈夫か?して、如何様な状況じゃ?」


「某は浅手でござる。ですが、突撃した各隊の損害は……図られ申した」


「慶次郎殿や作兵衛は?」


「わかりませぬが、作兵衛殿は先頭に居られた故……無事に退ければよろしいが……」


「そうか……一騎当千の作兵衛じゃ。信じるしかあるまい」


そして、一人また一人と傷ついた兵達が引き上げてきた。俺は胸が締め付けられる思いで待ち続けたのだった。


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