220話 郡山攻防戦 壱
天正十一年二月二十三日 大和郡山城を囲んだ明智勢は攻撃を開始した。この城は筒井順慶が大和一国を治める中心地として縄張りの拡張、防御施設の強化を施しつつあった。本丸天守も建設途上であり、広い堀を三方に巡らし、強固な守りを誇っている。そこに、箸尾宮内少輔高春を中心とした箸尾一族、その他、没落しつつあった大和国内の豪族など、雑多ではあるが二千余りが籠っており、武器弾薬や兵糧も十分であったのだ。
俺は光秀からの命により、手段を選ばない攻撃を命じられていた。何としても早期に城を陥落させ、明智軍の強さを誇示するとともに、反乱などが起きぬよう強硬策を採ろうとしていたのである。
俺は早暁とともに城の北側に本陣を構え、采を振った。明智勢本隊の前衛には、藤田行政、前田利益、前田利長、安田国継の軍勢がおり、一斉に攻め寄せた。堀がないとはいっても、高さのある石垣と土塁で守られており、諸将は弓鉄砲で援護しながら外郭に取り付こうとする。 寄せ手が近づくと、城方は一斉に弓鉄砲を射掛け、架けられた梯子を倒しにかかる。城の四方からは喊声とともに鉄砲の轟音と手榴弾の炸裂音がこだまする。
「申し上げます。北側の攻め口は守り堅く、進入できませぬ」
「西側、堀を渡ること能わず、苦戦……」
「南側、池の対岸から飛び道具を射掛けつつ、城門に攻めかかっておりますが、破れませぬ」
「東の攻め口、三の丸の防御は薄く、暫しで乗り崩せるとの事……」
続々と注進が舞い込んでくる。
「相分かった。各将には無理攻めはせず、着実に進むよう伝えよ」
俺はとりあえずそう命じた。強硬な攻めをするとは言っても、無謀な突撃の繰り返しをして犠牲を積み上げるのはどうしてもできなかった。そして、徒に時間は経過し、昼になっていた。
「若殿……このままでは埒があきませぬな。死人手負いは圧倒的に我が方が多ござる」
源七が憂慮の色を浮かべた。
「何か策はあるか?」
「今宵は雨になりましょう。一旦攻勢を緩めて夜襲をするのも一手かと」
「敵も警戒しておろう?」
「そうとわかっておっても、敵は疲弊致しましょう」
「わかった……一旦攻勢を緩め、飛び道具で嫌がらせの攻撃だけ致すか?」
「では、そのように各隊に命じましょう」
こうして、初日の攻勢はほとんど成果なく終わろうとしていたのである。
◇
同日、泉州岸和田城には軍勢が参集しつつあった。寄親であり、和泉国を差配する雑賀孫市はその状況を見つつ軍議を開いていたのである。この時点で光秀からは摂津方面の対応のため、明智治右衛門光忠と連携して大坂を起点に秀吉の攻勢に対応するよう命じられていたのだ。
「孫……今どれくらい集まったかのう?」
「根来衆や和泉衆合わせて七千程やな。親父どうする?大坂に詰めるんが本筋かなあ」
「尼崎と伊丹で防ぐ段取りやろうけど厳しいやろ。どうにでも即応するためには大坂に集まるしかないな。治右衛門殿が摂津・河内衆を連れて来るやろ。ざっと七千言うとこかの……微妙な数字や」
「秀吉は尼崎に固執せずに大坂に来るか?」
「わからん。けど、野戦では現状厳しい状況になるやろな。摂津表に出て来るんは三万言う事や。出て行ったらきついの。今回は敵にも手榴弾があるらしいしのう。火力では上回るやろうが、圧倒的やない。軍の指揮や戦術的な事は羽柴には人材がおるから厄介や。早う大和国内が治まらんとな……」
「しかし、順慶入道が死んでもこない大事になるとは予想が甘かったな……十五郎、大丈夫やろか……」
孫三郎はため息をついた。
「右府殿は大兵力を摂津に向けて迎え撃つつもりやったんやろうけど、上手い事はいかんな……郡山は堅城やし、無理攻めしたら被害も大きいやろ。でも、早期に攻略せんとどないもならん」
「わしらが居らんで大丈夫やろか?そないに火力がある訳やないしな」
「お前でも心配か?」
「まあな……あいつは『根切り』なんちゅう非情な戦略に戸惑いもあるやろうし、葛藤しとるやろな」
「孫……行ってやったらどないや?」
「やけど……」
「お前が抜けたかてこっちの大勢に影響は少ないやろ。今から向かえば明日には郡山までいけるやろ。十五郎さんのケツ叩いて来たれ。善之助と鉄砲衆一千連れていけ。城攻めには狙撃が有効なはずや」
「ええんか?」
「ハッハッハ……行ってこい。初音さんも一緒にのぉ。お前が行ったった方がええ」
「親父……恩に着るわ。必ずはよ戻るから摂津表の事は頼んだで?」
「任しとかんかい。わかったら善は急げや」
こうして、岸和田からは郡山へ向けて雑賀衆一千が援軍に赴こうとしていた。
◇
一方、淡路国岩屋城では長宗我部弥三郎信親の元で軍議が開かれていた。信親の他に、池四郎左衛門頼和、菅平右衛門達長、讃岐水軍の山地九郎左衛門、塩飽水軍の宮本伝太夫、入江四郎右衛門、そして、志摩水軍の九鬼右馬允嘉隆である。
「さて、いよいよでござる。毛利水軍は五百隻以上が集結しつつあるとの事。塩飽諸島に攻め入り、小豆島沖までまずは支配するというのが目的でござろう。我等は断固として迎え撃つ覚悟でござるが、此度は相応の損害も覚悟致さねばなりませぬ。某の戦略はすでに決まっておりまする。優位な火力で以って序盤に敵を殲滅するしかありませぬが、どこまでそれが能うかが肝でござる」
信親はまずはそう切り出した。
「各々方の助勢は有難く思いまする。我等塩飽だけでは到底勝てませぬ。此度、我等は一歩も退くつもりはありませぬ。接近戦となった後は、我等が敵の懐に飛び込みましょう。この海域では負けはせぬ」
宮本伝太夫が述べた。
「我等塩飽にも、新型の船が二隻完成しておりまする。聞く処では長宗我部水軍も更に二隻、九鬼殿も一隻就航させたとか……やはり新鋭艦は集めまするか?」
入江四郎右衛門が問いかけた。
「編成上はそれが最も効果がござろう。海王丸は機動性が劣る故、今回は前面には出られませぬが使い道はござる」
池四郎左衛門も応える。
「大筒での艦砲射撃が計九隻か……火力は十分であろうがどこまで連動した動きができようか?」
弥三郎が問いかけた。
「弥三郎殿、某の船はまだ操船が上手くできるとは限りませぬ。供出致します故、使って下され。某は関船にて志摩水軍の戦いを御覧に入れる」
九鬼義隆は意外な申し出をした。
「宜しいのですか?」
「願わくば、大筒を積んだ船の戦い方を此度は焼き付けるつもり。お気遣い無用にござる」
「承知した。では敵の動きに合わせ、まずは新鋭艦隊で迎え撃ち、その後後方に転進。一度距離を保ちながら援護する。残りの艦隊で毛利水軍と決戦……その段取りでお願い致す」
「塩飽水軍は、新鋭艦を四郎右衛門に任せ、残りを某が指揮致そう」
「では四郎左衛門と入江殿にお任せ致す。決戦部隊の先鋒は伝太夫殿。中央は九鬼殿。そして両翼は平右衛門殿と九郎左衛門殿の淡路・讃岐水軍にお任せする」
こうして、海での迎撃作戦も練り上げられつつあったのだ。




