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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
群雄争覇 死闘
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213話 三原軍議

 天正十一年二月三日、藤田伝五行政は大和郡山城に赴いた。時期が時期だけに筒井順慶も重要な使者であると予測し丁重に出迎えたのである。


「伝五殿がわざわざお出ましとは、何か一大事でも出来致しましたかな?」

順慶は敢えてそう問いかけた。傍らには松倉右近と箸尾宮内少輔高春が控えている。


「ご存知かとも思いまするが、あと一月もすれば羽柴、徳川が侵攻してくる事は自明でござる。殿は今、その迎撃について四苦八苦でござるよ。此度は入道殿にも馳走して頂きたく、某が急ぎ駆け付け申した」


「東西から挟み撃ちでござるか……些か苦しい戦いとなりましょうな?」


「如何にも。此度は我が明智の家運が賭かっており申す。与力衆には過大な軍役をお願いせねばなりませぬ」


「と、申されると?」

順慶は予想通り『過大な軍役』という言葉に反応した。


「されば……大和衆には此度六千にて尼崎に詰めて頂きたく……内蔵助殿を助けて頂きたい」

当然三名の表情は強張った。斎藤内蔵助利三がこの時、尼崎城将となっており、羽柴方の侵攻があった場合は、間違いなく最前線となるのだ。


「如何されたかな?」


「六千とは合点が参りませぬ。あまりにご無体」

松倉右近は即座に答えた。


「左様。和泉の筒井順国殿は雑賀の指揮下となっており申す。ただでさえ、我等の動員兵力が減っておるのです」

箸尾高春も続けて答える。


「此れはしたり……大和衆全軍であれば可能と思うておりましたが……」

伝五は三人を舐め回すように詰め寄った。


そこへ、火急の知らせが駆け付けたのだ。

「申し上げます……」


「後にせよ。今軍議中である。それに右府様からの使者がお見えじゃ」

順慶はそう答えた。


「入道殿、ご遠慮は無用に……」

伝五もそう促した。


「では申せ……」


「ははっ……松永の残党共に不穏の動きがござります。十市の一揆衆も同調する動きが……」


「伝五殿……聞いての通りでござる。羽柴や徳川からの扇動があったやもしれませぬ。過大な軍役には応じ様がござらぬ」


「入道殿、領内の一揆衆など大した数ではございますまい。早期に決着して応じて頂きたい。此度は我等にとっての正念場でござる。我が殿は何としても京の都と帝を護らねばなりませぬ」


「申されることはわかるが、六千も動員致さば領内が空になり申す」


「大和衆はその気になれば八千からの動員が可能でござろう?」

行政はこの時気づいていた。先程の注進は偽装ではないのか?そう疑っていたのである。


「兎に角、宿老共と談合させて頂きたい。我等にも都合というものがござる」


「承知致したが、某も手ぶらでは帰れませぬ。同意頂けるまで梃子でも動きませぬぞ」

行政は追い討ちするのを忘れなかった。


こうして順慶たちは一度退席した。行政は内心でほくそ笑んではいたが……





 半刻程で順慶は戻って来た。宿老である松倉右近、箸尾高春も同席した。


「伝五殿……やはり尼崎へ詰めるのは何とか許して頂けぬか?郡山からはあまりに遠く、万一の場合手に負えませぬ」


「では軍役については応じて頂けましょうな?四千程の動員なれば能うのですな?」


「とてもとても……何とか絞り出して三千にござる」


「では尼崎の件は某が何とか繕いましょう。入道殿は槇島に三千の兵を以って詰めて頂きたい。但し、領内を早期に安定させ、残り三千を早急に派遣して頂きたい。でなければ、某が殿からお叱りを受けまする」


「承知した。某が三千を率いて槇島に詰めましょう。領内には箸尾宮内を残し、早期に一揆輩を討滅させましょう。右府殿にも何とか事情を汲んで頂けるよう、伝五殿からお願い申す」


「兎に角、早急に軍役に応じられませ。これ以上の逡巡あらば、如何な我が殿とて家中に示しが付きませぬ。頼みましたぞ」


こうして行政は苦渋に満ちた顔で退出した。だが、予想通りの首尾に胸を撫で下ろしたのだった。




               ◇




 同日、瀬戸内の各所から三原へ諸将が集まっていた。小早川左衛門佐隆景が呼び集めたのである。秀吉の反攻作戦の一翼を担うため、隆景は不承不承も毛利水軍衆の動員を了承したのだった。塩飽しあく水軍衆が長宗我部に与力し、瀬戸内の水運において毛利家の権益が侵されつつあったのが要因である。

参集したのは、毛利水軍の総帥、乃美のみ兵部丞宗勝、児玉内蔵大夫就英、能島村上水軍から村上武吉、嫡男の村上元吉、来島村上水軍から村上通総、因島村上水軍からは村上吉充等である。


「さて方々には此度、征夷大将軍足利義昭公の依頼により上方へ水軍を以って侵攻して頂く事と相なった。畿内では惟任右府殿が台頭し、その同盟国たる長宗我部により瀬戸内が封鎖されておる。塩飽が長宗我部に同調した事により我が毛利家の通商にも支障が出ておる事は周知であろう」

隆景がまずそう述べた。


「左衛門佐殿……我等は一度主家と仰いだ以上は従おう。だが、我等海賊衆には流儀がござる。長宗我部や塩飽とはどこまで戦うのでござるか?先の伊勢松ケ島での船戦は我等の元にも聞こえてござる。かの九鬼右馬允くきうめのじょう殿が完膚なきまでに討ち払われたとか……如何な我が水軍とて相当の覚悟が必要でござろう。其処までの価値がこの戦にあると申されるのかな?」

まずは村上武吉が述べた。武吉は村上水軍の惣領であり、来島、因島水軍ほど毛利家と関係が深い訳ではない。


掃部頭かもんのかみ殿の言わんとすることはわかるが、彼奴等の跋扈ばっこを放置致さば、内海を良いように荒らされましょうぞ。それに羽柴筑前殿が畿内を制すれば、我等の立場を向上致しましょう」

村上通総が反論する。


「助兵衛殿は余程、秀吉に肩入れしておられると見える。秀吉の陽気に当てられたかのぉ。今は我等海賊衆はこの乱世を凌がねばならんのですぞ」

村上元吉がそう皮肉った。通総はつい最近まで羽柴方に寝返っていた経緯があり、能島村上水軍としては含むところも多かったのだ。


「まあまあ、我等村上水軍が此処は一丸となりましょうぞ。我等が反目し合っておっては左衛門佐殿も困られよう」

村上吉充が間を取り持つ。


「それより、殿のお考えは如何様なものですかな?我等の水軍が総力を挙げれば数だけは揃えられましょう。しかし、火力に関しては劣っておると言わざるを得ませぬ。真正面から激突致せば、双方が甚大な被害を蒙りましょう」

乃美宗勝がそう話題を振り向けた。


「うむ……実のところ、わしも頭が痛いのよ。虫の良い考えじゃが、毛利家としてはこの期に及んでも右府殿との真正面からの戦いは避けたいのじゃ。羽柴殿が勝てば良し。もし後れを取れば我等まで道連れにされては堪らぬ。家を守ることが第一である。そのためには羽柴殿の搦手を支えねばならぬ故に此度の共闘を呑んだ格好じゃ。上手くすれば瀬戸内で大幅に勢力を拡大できよう?そうなれば水軍衆にとっては僥倖となろうしの……」


「具体的にはどの辺りまで攻め込むおつもりかな?」

武吉が問いかける。


「少なくとも塩飽までは制し、備中沖までは支配せねばなるまい」


「そうなれば下手をすれば全面対決となりますぞ?」

武吉は気乗りしない様子である。


「実際のところどうじゃ?長宗我部に勝てるか?」

隆景は問いかけた。


「殿……恐らくは同舟した志摩水軍も来援致しましょう。敵の兵力は三百隻と見ます。我等の約半数にござるが、広範囲で展開できる場所では不利。松ケ島での船戦がそれを証明しておりまする。我等の勝機は小早での速度を活かした接近戦にござる。島々が多く、潮流の速い場所では互角以上の勝負ができましょう」

宗勝はそう分析した。


「上手く行けば良いがの……わしが敵であれば、そのような場所で戦わぬ様立ち回ろう。大安宅から艦砲射撃を食らっては小早などひとたまりもない。関船でさえ一発食らえばお陀仏じゃ。方々には半数が沈められる覚悟がおありか?」

武吉がさらに詰め寄る。


「掃部頭殿……戦なれば犠牲は仕方無かろう?我等、来島が先鋒を承ろう。能島は後方で控えられれば良かろう」


「ではそうさせて頂く。左衛門佐殿も宜しいかな?」

武吉は憮然として答えた。


「軍内でいがみ合って居っては敵を喜ばすばかりじゃ。掃部頭殿は我等が不覚を取ればご助勢下され。頼りにしており申す」

児玉就英はそう宥めた。


「では、わしの考えを伝え置く。まずは塩飽に侵攻する。そこで勝を得れば、自然と小豆島沖までは支配できよう。だが、万一後れを取れば、未練を見せず撤兵する。もしそうなった場合、羽柴方の勝ち目は薄いと見るべきであろう。もしわしが敵の大将であれば、岡山に大規模な別動隊を上陸させるであろう。よって、毛利家はそれ以上この戦とは関わらぬ。方々にはその腹積りでお願い申す」

最後に隆景がそう締めくくったのだった。




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